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放課後、琳昭館高校のテニスコートには大勢のギャラリーが詰めかけていた。多くは伊達修造のグルーピーたちで、どこで用意してきたのか、「修造サマLOVE!」の横断幕を掲げ、見事な応援エールを送っている。
その一方で、練習からコートを締め出された男子テニス部の後輩たちは苦々しげだ。確かに伊達はテニス部のOBだが、こんな馬鹿馬鹿しい対決に貴重な練習時間を割いて欲しくないというのが本音である。勝負はどちらが勝とうとも構わないが、とにかく早く終わって欲しかった。
しかし、男子テニス部員たちが願うように、この試合はすぐに終わるだろう。伊達の実力からすれば、ストレート勝ちする確率は百パーセントに近い。──相手が普通の高校生ならば。
「キャーッ!」
会場のボルテージが上がった。久しぶりにテニス・ウェアに袖を通した伊達の登場だ。黄色い歓声がこだまする。伊達はコート内に入ると、ラケットを持った右手を挙げ、その歓声に応えた。さらにヒートアップするグルーピーたち。これには見慣れてきたはずの男子テニス部員たちも苦笑するしかない。
「修造、チャチャチャ! 修造、チャチャチャ!」
鳴りやまない修造コール。伊達はその歓声をシャワーのように浴びた。
そこへ──
「うるせえ、お前ら!」
一発の怒号がグルーピーを黙らせた。コート入口を塞いでいたグルーピーたちの人だかりが二つに割れる。そこから現れたのは、無謀なる挑戦者、アキトであった。
アキトは制服のままだった。手にラケットすら持っていない。だが、その闘志は燃えたぎっていた。
「よく逃げないで来たね。え〜と……」
伊達はアキトの名前を忘れていた。
「アキトだ。ちゃんと憶えろ!」
アキトは噛みつかんばかりに文句を言った。だが、伊達は平然としたもの。
「そうだったね。でも、今の時点でキミの名前を憶えておく価値はない。もし、このボクに勝つことが出来たら、そのときは心に刻んでおこう」
伊達は嘲笑うように言った。アキトはテニスコートに唾を吐き捨てる。その行為に、男子テニス部員たちも色めき立った。
「お前は気にくわねえ。ブッ潰す!」
「フッ。威勢だけはあるようだ。だが、テニスはそれだけじゃ勝てないよ」
「フン! その澄ました顔に吠え面をかかせてやるぜ!」
両者の視線は激しくぶつかり合い、火花を散らせた。
「ところで、ラケットは?」
伊達が尋ねた。
「ない!」
また即答のアキト。威張るなよ(苦笑)。
伊達は苦笑した。
「おい、誰かラケットを貸してやってくれないか?」
男子テニス部員の一人が、アキトに自分のラケットを渡した。受け取ったアキトは、素振りをして、感触を確かめる。とは言え、素人のアキトにラケットの感触もへったくれもないのだが。
「じゃあ、簡単にルールを。勝負は6ゲーム・マッチ。1ゲームは4ポイント先取で勝てるが、マッチ・ポイントで同点の場合は、2ポイント連続で決めなければならない。いいね?」
「ゴチャゴチャ言ってねえで、早く始めようぜ」
アキトはラケットを持った手をぐるぐる回した。
「分かった。じゃあ、キミのサーブから始めるがいい」
両者はそれぞれのテニスコートに立った。
「修造、チャチャチャ! 修造、チャチャチャ!」
再びグルーピーたちから巻き起こる修造コール。アキトのこめかみに青筋が浮かんだ。怒鳴りつけたくなるのを我慢して、一本目のサーブを打つ。
パコーン!
初心者ながら、アキトの第一打は見事にラケットにヒットした。だが、ボールはとんでもない高さで飛んでいき、コートを囲っているフェンスも遙かに越えて、どこかへ消えてしまった。
たちまち場内は大爆笑。いくらテニスを知らないアキトでも、あれでは話にならないと気づいたらしく、珍しく赤面した。
「あちゃ〜ぁ……」
「おいおい、キミ、頼むよ。野球じゃないんだから、場外ホームランはないだろ? ボールはコートの中に打ち込んでくれ」
伊達が笑いながら言う。アキトは歯ぎしりした。
「うるせえ! 分かってるよ! ちょっとしたウォーミングアップさ!」
うそぶくアキトに、伊達はうなずいた。
「なるほどな。で、ウォームアップは出来たかね?」
「も、もちろんだ!」
「よし。審判、今の一打はカウントしないでやってくれ。これからが本番だ」
審判はうなずいた。
仕切り直して、アキトの第一打。
伊達は身体を横に小さく揺らしながら、アキトの対角線上に構えていた。
「ヘッ、オレ様の弾丸サーブに驚くなよ」
アキトはボールをトスし、やや力を抜き加減でサーブを打った。
パコーン!
またもや命中。しかも今度は場外弾にはならず、ボールはコート上を跳ねた! 伊達は一歩も動かず。
「よっしゃあ!」
鮮やかに決まったサーブに、アキトはガッツポーズを取った。だが──
「フォルト!」
冷静な審判の判定。テニスを知らないアキトは、何だそれは、という顔をする。
遅れて、またギャラリーから笑いが起こった。今度はアキト一人が分からない。
「何だよ!? 今度はちゃんとコート上に打ち込んだぞ!」
アキトは猛然と抗議した。しかし、審判は首を横に振っている。
「やれやれ、一つ一つ説明する必要があるようだね」
伊達が呆れながら言った。そして、ネット寄りに引かれた、アキトから向かって左側のテニスコートをラケットで示す。
「いいかい? ただ相手のコートにサーブを打ち込めばいいというわけじゃない。サーブを打ったベースラインとは対角線上にある相手サービスコート──つまり、この四角い範囲に打ち込まなくてはいけないだよ。もちろん、その後はコート内のどこに打ち返しても構わないけどね。今のキミのサーブは真正面の、しかもバックコートに打ち込んでいる。あれではポイントにならない」
「くっ……」
「さあ、これで今度こそルールが分かったろ? キミのセカンド・サービスから始めたまえ」
伊達は余裕綽々といった感じで、ラケットを向けるようにして、アキトを促した。その尊大な態度が、益々、アキトをイライラさせる。さらに大音量で響く修造コール。怒りの爆発は時間の問題だった。
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