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アキトは伊達のサーブを待ちかまえた。
「ハッ!」
伊達はサーブを放った。大神を転倒させた威力と絶妙のコントロールを持つサーブ。だが、その軌道はアキトの目が捉えている。
「たあーっ!」
大きな掛け声とは裏腹に、アキトはラケットを振り切ることはせず、ボールに当てに行った。それだけでも伊達の強烈なサーブは相手コートに跳ね返される。とりあえず相手コートにボールを返すことだけを考えた作戦だ。
「考えたな! だが!」
アキトの意外なリターンにも伊達は動じなかった。冷静に拾いに行く。
その視界に猛然と突っ込んでくるアキトの姿が見えた。ネット・プレーをするつもりだ。アキトの反射神経と運動能力ならば、ボレーで対応できるかも知れない。そうなればアキトに決められる恐れがあった。
「くっ!」
伊達はとっさにロブを上げた。ここで1ポイントくらい取られても大勢は揺るがないが、ここまでストレートで決めてきた以上、妥協するつもりはない。緩やかなボールがアキトの頭上を越え、その後方に落ちる──はずだった。
「でやーっ!」
アキトは跳躍した。人間離れした跳躍力で。ギャラリーの誰もが空を見上げた。
「でえええええいっ!」
ドゴーン!
強烈なスマッシュが伊達のコートに叩き込まれた。伊達は一歩も動けず。その威力たるや、跳ね返ったボールがフェンスの金網に食い込むほどであった。
場内は声を失い、静寂に包まれた。それほど驚異的なスマッシュだったのだ。
「ふ、40−15(フォーティー・フィフティーン)!」
審判がようやく声を絞り出すようにして告げる。それを合図にして、会場がどよめいた。
「何、今の!?」
「信じられな〜い!」
「跳んだぞ、空を!」
「あいつ、どんな鍛え方しているんだ!?」
伊達のグルーピーも男子テニス部員たちも、アキトの超人的なジャンピング・スマッシュに度肝を抜かれていた。ただ一人、つかさだけが頭を抱えている。
「アキトのバカ……」
今のジャンピング・スマッシュは人間の域を超えている。ヘタをすれば、アキトが人間ではないと疑われてもおかしくないほどだ。もちろん、実際にアキトは人間ではなく、自称、吸血鬼<ヴァンパイア>であるが、それを知っているのはつかさだけ。親しい薫にでさえ、まだ正体を明かしていない。もし、アキトが吸血鬼<ヴァンパイア>とバレたらどうなるか。学校はおろか、世間が大パニックを起こすだろう。
「バカは何でもやることが非常識ねえ……」
いつの間にか、つかさの隣に来ていた薫が呟いた。つかさは引きつった笑顔を作るしかない。
「つかさ〜ぁ、愛してるぜ〜!」
コートではアキトが熱烈な投げキスをしていた。どうやら、スマッシュを決められたのは、つかさの愛のお陰とでも思っているらしい。おめでたいヤツだ。
一方、アキトにジャンピング・スマッシュを決められた伊達は、ショックに打ちひしがれていた。テニスの全国大会はベスト8までで、当然、試合に負けたことはある。だが、それでも負けた相手に敵わないと思ったことはない。勝負はわずかなアヤで決まることもある。だが、今のジャンピング・スマッシュは何だ? 鳥肌と冷や汗が止まらない。伊達にとっては初めての経験だ。あんなボール、返せるわけがない。
だが、伊達を百人以上のグルーピーたちが応援しているのだ。ここで無様に負けるわけにはいかない。伊達はラケットを握り直した。
そんな伊達には目もくれず、アキトはたった1ポイントがそんなに嬉しいのか、まだギャラリーに手を振っている。その視線の先を辿って、伊達は見つけた。武藤つかさの姿を。
つかさがこの試合を見ている。なおさら負けられなくなった。彼女のハートをより確実につかむためには、この伊達修造の華麗なる勝利の姿を見せつけなくては(彼女じゃないんだけどさあ……)。
もし、つかさが制服を着ていれば、伊達は誤解に気づいただろう。だが、つかさは保健室で出会ったときと同じ体操着姿。おまけにテニスコートのフェンスは地面から一メートルくらいがコンクリートの壁で、そこから上が金網になっている。つまり、つかさがブルマでなく短パンだということが伊達には分からなかった(笑)。作者の陰謀だという説もある(笑)。
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