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伊達はアキトに向き直った。
「キミ、名前なんて言ったっけ?」
どうやら、まだ憶えていないらしい(苦笑)。
「アキトだ! お前、アルツハイマーか!?」
「失礼な。──ところでキミは、武藤つかさと親しいようだが?」
「あん?」
アキトは眉根を寄せた。
「お前、つかさを知っているのか?」
「ああ。今日、保健室で出会ってね。ぜひ、ボクのモノにしたい」
「何だとぉ!?」
アキトは目を剥いた。こめかみがピクピクと痙攣する。
「そこで勝負だ。次の一球、ボクが決めれば武藤つかさはボクのモノ、キミが決めればキミのモノってのはどうだい?」
伊達の一言に、アキトの髪は逆立った。いや、伊達にはそう見えただけかも知れない。だが、目は凶悪な光を帯び、全身は怒気のオーラに包まれたようだった。
「貴様、つかさを自分のモノにするだと?」
「………」
「……殺す!」
「ひっ!」
そのとき、伊達はアキトの本性を見た。血塗られた一族である吸血鬼<ヴァンパイア>の凶暴さを。
言い知れぬプレッシャーが伊達を押し潰す。アキトに勝負を持ちかけたことを伊達は後悔し始めた。殺される。本当に殺される。
「打てよ」
アキトは直接、伊達に襲いかかることはなく、ベースライン上でサーブを待ちかまえた。だが、その迫力はジワジワと伊達を圧し包んだ。
伊達は恐怖に足が震えだした。ひょっとしたら、触れてはいけない逆鱗に触れてしまったのかも知れない。
「修造、チャチャチャ! 修造、チャチャチャ!」
もはやグルーピーたちの声援も耳に届かない。伊達はなんとかボールをトスし、サーブを打ち込んだ。
パコーン!
ボールはサービスコート内に打ち込まれたものの、これまでのサーブからすれば威力が半減していた。
「殺す、殺す、絶対にぶっ殺す!」
アキトは全身の力を振り絞って打ち返した。
ズドーン!
打球は低い弾道で弾き返された。だが、低すぎてネットに引っかかる──と思った刹那、ボールはネットを弾き飛ばし、ダイレクトで伊達に達する。
「うわあああああっ!」
伊達は必死にラケットを前に構え、アキトのリターンを防御した。だが、その威力の凄まじさ。伊達の身体は、凄まじい衝撃のあまり、後方へ吹き飛ばされ、もんどり打って倒れた。
しかし、ボールは生きている。ふわりとアキトのコートへ。チャンス・ボール!
「つかさはなあ、つかさは──オレのモノだあああああああっ!」
アキトは怒りの絶叫を迸らせ、ルーズ・ボールに向かって跳躍した。先程のジャンピング・スマッシュ以上の高さだ!
「おおっ!?」
期せずして、ギャラリーからどよめきが起きる。
アキトは空中で身をしならせた。
「食らえ、スーパー・ウルトラ・ハイテンション・つかさLOVEスマァァァァッシュ!」
ドギューン!
テニスボールは瞬時に音速を超越し、空気の摩擦によって火の玉と化した。それを目撃した伊達が泣き叫ぶ。
「や、やめてーっ! うぎゃああああああっ!」
直撃すれば即死間違いなし。伊達は死を覚悟した。
だが、火の玉スマッシュは伊達にぶつかるのではなく、とんでもない方向へ飛んでいき、遙か彼方に消えていった。アキトが力みすぎたのだ。そして、おそらく最長不到距離。
伊達はテニス・ボールが流れ星になるのを見て、失神した。その拍子に、伊達の鼻に詰めてあった血でガビガビになった脱脂綿が転がり落ちる。
「殺す、殺す、ぶっ殺す!」
アキトはスーパー・ウルトラ・ハイテンション・つかさLOVEスマッシュ(?)を空中で打ち終えながらも、その闘争心と殺気は失われていなかった。
「アキトのバカーッ!」
着地寸前、つかさの飛び蹴りがアキトの背中をクリーン・ヒットし、アキトは顔面から着地するハメになった。つかさは怒りが収まらぬかのように、肩で荒い息をつく。思わず薫も出番を失ったほどのキレっぷりであった。
「キャーッ、修造サマーッ!」
失神した伊達に、テニスコートを取り巻いていたグルーピーたちが殺到した。各々、介抱する。コート内は収拾のつかない状況になった。
これによって、アキトと伊達の勝負はうやむやになった。おそらくはアキトのスーパー・ウルトラ・ハイテンション・つかさLOVEスマッシュ(長いって!)が場外アウトになり、伊達の勝ちには違いないだろうが。
伊達はグルーピーたちに介抱され、意識を取り戻した。そのうつろな視線の先では、つかさが気絶したアキトをテニスコートの外へ引きずっていく姿が。
焦点が結んだとき、伊達は全身をわななかせた。
「つかさクン、キミは……」
「は?」
伊達は見た。つかさが体操着のシャツの下に履いているのはブルマではない。男物の短パンだ。伊達はようやく気がついた。
「キミは……男……なのか?」
「はあ」
つかさは、何とも間の抜けた答えを返した。
「お、男……」
伊達は事切れたように、再び気を失った。
「キャーッ! 修造サマ、しっかりして!」
グルーピーたちは伊達を揺り動かしたが、今度は意識を取り戻さなかった。
こうして琳昭館高校の放課後も、ドタバタ劇で終わるのだった。合掌。
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