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WILD BLOOD

第4話 内なるケモノを解き放て!

−3−

 そんな会話をしているうちに、学校まで二百メートルのところまで来ていた。
「おい、どうしてくれるんだ!?」
 そんな怒号が聞こえてきたのは、コンビニの前に差し掛かったときだった。
 見れば、四、五人の高校生が、一人の少年を取り囲んで、何やら因縁をつけているようだった。高校生たちの制服は琳昭館高校のものである。しかも、つかさたちには見覚えがあった。
「せ、先輩たち!?」
 それはつかさが所属する空手部の上級生たちだった。少し離れたところには、副主将の坂田もいて、傍観している。
 つかさは慌てて駆け寄った。
「どうしたんですか!?」
 つかさは先輩たちに尋ねた。こんな路上で一人を取り囲むなんて尋常じゃない。それに相手は小柄な少年で、まだ中学生くらいに見えた。
 つかさの登場に、先輩たちの表情は、余計、険悪になった。
「武藤、お前は引っ込んでろ。コイツが畑山の自転車に傷をつけやがったんだ」
「しかも新品だぜ。落とし前つけてもらって、何が悪い?」
 空手部の浜口に続いて、自転車の持ち主である畑山も言い張った。確かに、近くに真新しい自転車が横倒しになっている。だが、一見してどこが傷ついているのかは分からない。
 責められている少年は、おそらく、すでに殴られたりしたのだろう。身を縮めるようにして倒れ込み、臆病そうに目線をしきりに動かす。その挙動は、天敵に襲われた小動物のように見えた。そして、つかさには、ほんの少し前の自分にダブる。
「は、畑山先輩、きっと彼だってわざと自転車を傷つけたわけじゃないと思います。もう許してあげてください」
 つかさは畑山に懇願した。
 一瞬、今まで先輩に意見したこともなかったつかさの言葉に、畑山を初めとした、坂田の取り巻きたちは驚いたようだったが、すぐに険しい顔に戻った。
「しかしな、コイツは自転車を自分で倒しておいて、一言も謝ってねえんだぜ。──誰か、コイツが謝ったのを聞いたか?」
「いいや」
 畑山の問いに、皆、即座にかぶりを振る。
「な? 他人の自転車を倒して、すみませんの一言もねえってことは、わざとってことじゃねえか、武藤? 謝罪の気持ちってのがないんだよ!」
 畑山は声を荒げた。他の者も同意する。ただ、坂田だけが相変わらず、みんなよりも少し離れたところにいて、黙っていた。
 つかさはもう一度、渦中の少年を見た。ダメだ。完全におびえてしまっている。これでは謝罪の言葉すら、口に出すのは難しいだろう。
「武藤よ、オレたちが何か間違っているって言うのか? 間違っているって言うなら、何がどう間違っているのか、ちゃんとオレたちに説明してくれよ! なあ?」
 先輩たちの怒りの矛先は、つかさに向きつつあった。今度はつかさの方がたじろぐ。
「い、いや、その……」
 つかさを救ったのは、チリンチリン、という自転車のベルの音だった。
 皆が音の方向を振り向いた。そして、ギョッとする。
 そこにいたのは、畑山の自転車に跨ったアキトだった。
「先輩、なかなかいいチャリンコですなあ」
 アキトはハンドルを握って、まるで自分の物のように左右に振りながら、感想を漏らした。畑山たちは慌てて、自転車に乗っているアキトを取り囲んだ。
「お、お前は……!」
「お、おい! 勝手にオレの自転車に触るな!」
 畑山たちはアキトを取り囲みながらも、手出しできないでいた。その理由は、数日前、彼らが四人がかりでアキトを痛めつけようとして、逆に瞬殺されたからである(詳しくは「WILD BLOOD」の第2話を参照)。
 畑山たちが手をこまねいているのを見て取って、アキトは余裕しゃくしゃくだ。畑山たちの声が聞こえていないかのように、自転車のあちこちを眺め続ける。
「確かにいいチャリンコだが……ちょっとデザインが平凡かな?」
 そう言うと、アキトはハンドルを逆手に握った。そして、あらよっと軽いかけ声を発し、難なく自転車のハンドルを曲げてしまう。おいおい(苦笑)。
「あーっ!?」
 悲鳴のような大声を持ち主の畑山があげたのも無理はない。新品の自転車のハンドルは、まるで猛牛の角を思わせるかのように、真上へ向けられてしまったのである(笑)。
 どんな怪力の持ち主でも、あんなに簡単に自転車のハンドルを曲げられるわけがない。これもアキトが吸血鬼<ヴァンパイア>であり、超人的な力を持つがゆえだ。
「うん! これでカッコ良くなったんじゃねえか?」
 周囲の慌てぶりにも我関せず、アキトは満足そうに言った。そして、おもむろに自転車から降りて、持ち主の畑山にタッチし、ハンドルを預ける。だが、畑山はショックのあまり茫然自失でハンドルを握ることもできず、そのまま自転車は派手な音を立てて、再び横倒しになった。
「ありゃま」
 倒れた自転車に対してアキトは悪びれもせず、それどころか、つかさに向かってペロリと舌を出した。たちまち、畑山以外の三人が殺気立つ。
「てめえ!」
「ふざけたマネを!」
 どうやら望んでいた展開になりそうだと、アキトは不敵に笑った。やはり吸血鬼<ヴァンパイア>の血がそうさせるのか。
 だが──
「やめろ!」
 鋭い制止の声が場の空気を震わせた。今まで、なりゆきを見守っていた空手部副主将、坂田欣時である。その一声に、三人の空手部員たちは拳を振り上げたまま止めた。
 アキトが坂田の方を見て、ニヤリと笑った。坂田はそれを真っ向から睨み返す。
 当然、三人は収まりがつかない様子だった。
「坂田、なぜ止める!?」
「お前、畑山のチャリがあんなことになって、黙ってろって言うのか!?」
 三人は坂田を問いつめた。それに対し、坂田は顎をしゃくって、コンビニの店内を示す。
 コンビニの中からは、店員と客が一同のなりゆきを固唾を呑んで見守っていた。これだけの騒ぎになれば無理もない。もちろん、通りがかって足を止めている者も少なくなかった。
「ここでケンカすれば、学校や警察に通報されるぞ。それでも良ければ、オレは止めねえがな」
 坂田は冷静に言ってのけた。たびたび、学校でも問題を起こしている彼らにとって、これ以上のトラブルはまずい。渋々ながら、アキトに殴りかかろうとした拳を下ろす。
「行くぞ」
 四人は坂田に促され、黙って、その場から去って行った。だが、去り際、坂田の鋭い眼がアキトを射抜く。今回は引き下がるが、次は容赦しないといったところか。普通の者ならばすくみ上がりそうな坂田の睨みにも、アキトは平然としており、むしろ口の端をつり上げて見せるほどだった。

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