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WILD BLOOD

第4話 内なるケモノを解き放て!

−4−

 とりあえず大事にならず、つかさはホッと胸を撫で下ろした。アキトが畑山の自転車のハンドルを曲げてしまったときは、一悶着を覚悟したが、こうして誰も傷つかずに済んだのは幸いである。──いや、一人、ケガ人がいたが。
「キミ、大丈夫?」
 つかさはまだ地面に倒れている少年を助け起こした。少年は倒れた拍子にでもケガしたのか、右肘から血が出ている。だが、その他は見たところ無事のようだ。
 立ち上がった少年は、つかさよりも少し背が低いくらいだった。つかさも決して高い方ではないが、少年は色が白く、シャツの半袖から伸びた腕が皮と骨だけみたいに細いせいで、余計に華奢に見える。だが、つかさは一つ思い違いをしていたことに気がついた。
「キミ、ウチの生徒?」
 そうなのだ。小柄な体型のせいで、てっきり中学生だと思っていたのだが、シャツの左ポケットには琳昭館高校の校章が縫い込まれていた。
 少年はうなずくと、弱々しい笑顔を作った。
「あ、ありがとう。助けてくれて」
「ううん。礼を言うなら、ボクよりもこっちのアキトに言ってあげてよ。彼が先輩たちを追い払ったようなものだから」
 するとアキトは露骨にイヤな顔をした。
「いくらオレが処女好き、童貞好きと言っても、一応、オレにだって選ぶ権利があるんだからな。こんな青びょうたんに好かれても、オレは嬉しくないぞ」
「アキト!」
 つかさは無神経なアキトに対して、怒りの声を上げた。アキトがたじろぐ。坂田の睨みよりも効果は絶大だった。
「い、いいんだ。ボク、そういうの慣れているし……」
 少年はおずおずとした様子でつかさに言った。つかさは申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんね。根はいいヤツなんだ……と思うんだけど」
「おい、つかさぁ」
 一言多いつかさに、アキトは苦笑する。
「ところでキミ、名前は? ボクは──」
「武藤つかさ君だろ?」
 つかさが名乗る前に、少年が言った。つかさは意外そうな顔をする。
「どうして、ボクの名前を?」
「だって、有名だもん。結構、キミのことを可愛いって言っている女子も多いし……」
 少年の言葉に、つかさは困ったような顔をした。
「ボクが女の子みたいだからでしょ? いや、気にしないで。そう言われるのは慣れているから」
 そうは言うものの、つかさの表情に、一瞬、翳りが浮かんだ。そんなつかさの背後から、いきなりアキトが抱きつく。
「バカだなぁ。お前にはオレがいるじゃないか」
 バカはお前だろ?(笑)
「こ、こら、アキト! 何をしてるんだ!?」
 耳元に息を吹きかけられ、真っ赤になって慌てるつかさ。
「傷ついたお前の心を、このオレの口づけで癒してやるぜ」
 アキトはつかさの首に腕を回し、キスを迫った。
「ば、バカーッ!」
 アキトの唇から逃れようと、つかさはとっさに裏拳を喰らわしていた。アキトの顔面をまともに痛打する。
「はぎゃ!」
 アキトは短い悲鳴を上げると、後ろにひっくり返った。つかさは今のうちにトドメを刺しておこうかと本気で考える(今だ、刺してしまえ!)。
 すると少年がおかしそうに笑い出した。先程までとはまったく違う、腹の底からの笑いだ。それを見て、つかさは何だかホッとした。
「そんなにおかしい?」
「はははははっ、そりゃ、お、おかしいよ! キミたち、冗談なのか本気なのか分からないんだもん!」
 少年は笑いすぎで、涙まで浮かべていた。まあ、アキトが本気でキスを迫ったのは間違いないのだが(苦笑)。
 つかさも笑った。少年の暗い顔を見ているよりは、笑顔の方がいい。
 ひとしきり笑ってから、少年はまだ名乗っていないことに気がついた。
「ボクは一年B組の木暮春紀<こぐれ・はるき>。よろしく」
 木暮ははにかんだように言った。
「B組? じゃあ、大神くんと同じクラスだ」
 つかさの言葉に、木暮はうなずいた。
「うん。武藤くんは大神君とも友達なの?」
「友達って言うか、何て言うか……」
 つかさは答えに窮して、思わずアキトの方を見た。
 大神は廃部同然の写真部に所属しているカメラ小僧だ。そして、その正体は狼男で、今ではアキトの舎弟みたいになっている(詳しくは「WILD BLOOD」の第1話を参照)。
「いいなあ。武藤くんは色々と友達がいて。ボクなんか同じクラスの人でも、友達なんかいないよ。むしろ、ボクはみんなから嫌われているんだ」
 木暮は表情を曇らせた。つかさが心配そうに顔を覗き込む。
「どうして、そんな風に思うんだい?」
「だって……みんな、ボクを変な目で見るんだ。まるで、汚いものか何かを見るように。だから、ボクに話しかけてくる人なんて滅多にいない。たまにいたとしても、それはただボクをからかいたいだけなんだ。背が小さくて、体が弱いボクをからかって、楽しんでいるんだよ」
「木暮くん……」
 つかさは胸が痛んだ。木暮は、つい最近までのつかさと同じだ。つかさも女の子と見間違われる顔立ちのせいでクラスの男子生徒にからかわれたし、空手部では先輩たちに容赦ないしごきを受けた。毎日、学校へ通うのがイヤになるくらい、周囲から疎外感を感じた。
 だが、今はアキトという友達がいる。彼は常につかさの味方をしてくれた。そして、そばにいてくれた。それはつかさにとって有り難いことだった(同じくらい迷惑なこともあるけれど)。
 それに伴い、つかさに対する周囲の接し方も変わってきた気がする。そして、自分もまた。
 木暮には信頼できる友達が必要だと、つかさは強く感じた。
「木暮くん、今からボクたちは友達だ」
 つかさは励ますように言った。木暮が顔を上げる。
「武藤くん……」
「これからは何かあったら、ボクに話してよ。ボクに出来ることだったら、何でも力になるから」
「本当?」
「うん、もちろんだよ」
 つかさは右手を差し出した。木暮は、一瞬、それを見つめ、おずおずとつかさの手を握り返す。つかさは力を込めた。それにつられて木暮も力を入れる。それは誓いの握手だった。

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