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「それにしても、マブい先公だったな」
昼休み、つかさの向かいに座り、購買部で買った新製品の唐辛子パン(?)にむしゃぶりつきながら、アキトは思い出したように呟いた。表情はすっかりゆるんでる。
つかさはあきれながら、箸を止めた。
「カウンセラーの毒島先生? 確かに美人だけど、アキトはアレじゃなかったの?」
「アレ?」
「だから、ほら……」
本当は「処女しか眼中にないのだろう」と言いたかったのだが、それを口にするのがはばかられた。何しろ、ここは教室で、周囲には大勢のクラスメイトがいる。特に女子生徒の目は気になった。
「だから何だよ? ハッキリ言ってみ」
アキトはニタニタと笑い出す。とっくにつかさが言いたいことなど分かっているのだ。その上でからかっているのである。
つかさは真っ赤になった。
「もういい。別に何でもない」
恥ずかしさをごまかすために、つかさは弁当のごはんをかき込んだ。アキトはそんなつかさを見て、楽しんでいた。
パンをたいらげたアキトは、イスにふんぞり返る。
「まあ、お前が言うとおり、処女であるに越したことはないが──」
アキトが喋り出すのを、何だかつかさの方がハラハラした。声が大きい。
「あれくらいの妙齢の美女ってのも楽しみ甲斐があるぜ。なんたって、男の悦ばせ方を知っているからな」
「ぐっ! ゴホン、ゴホン!」
アキトのストレートな物言いに、聞いていたつかさはむせかえってしまった。ドンドンと胸を叩く。
「大丈夫?」
すかさず、お茶が入った大きなやかんを持ってきたのは、クラスの世話係、忍足薫<おしたり・かおる>だった。やかんのお茶は、昼休みになると各クラスに用意されるもので、各自、持ってきた湯呑みやマグカップに注いでいる(もちろん、ペットボトルなどの持ち込みも可)。薫はほとんど空に近いつかさのカップにお茶を注いだ。つかさは助かったとばかりに、お茶を流し込む。
「ふーっ、苦しかったぁ。薫、ありがとう」
つかさは一息つくことができ、お茶を持ってきてくれた薫に感謝した。薫は手の掛かる弟でも見るように、ちょっと呆れるポーズを取る。
「何も、そんなに慌てて食べることないでしょ。昼休みは、まだあるんだから」
助けてもらったのは有り難いことだが、つかさは薫のお節介なところが苦手だった。つい、反論したくなる。
「違うよ。アキトが変なことを言うから」
「変なこと?」
薫はつかさからアキトへ視線を移した。またしてもアキトの下品な笑い。
「まあ、男のなんたるかがまだ分からないお前には関係ないことだ」
言葉だけでは何のことか分からないが、何となくアキトを見ていれば、ニュアンスで分かった。薫は二人に冷ややかな視線を注いだ。
「あ、そう。男同士で、楽しそうですわねえ」
「何だったら、オレが実地で教えてやってもいいぜ」
アキトはおもむろに薫のヒップを抱き寄せようとした。つかさが思わず目をつむる。
ガゴォン!
アキトの手が届く前に、薫は持っていたやかんで殴打した。その衝撃の凄まじさは、変形してしまったやかんの凹み具合が物語っている。嗚呼、学校の備品を……(苦笑)。しかも中身はまだ入っていた。
「アッチィィィィィィィィィッ!」
殴られた拍子にお茶もこぼれ、アキトはそれを頭からかぶることになった。文字通り飛び上がる。
「あら、ごめんあそばせ」
薫は口元の横に右手をかざして、悪びれもせずに言った。
薫は校内きっての剣道の達人で、その男勝りな性格は誰もが知っている。見かけは国民的美少女さながらの愛らしさだが、命が惜しい男は誰も手出ししないのが不文律だ。つかさを初め、クラスの男子生徒たちは、改めて、その凶暴性を目の当たりにして震撼した(苦笑)。
火傷しそうな熱さにアキトはギャーギャーと騒ぎまくり、一年A組の教室はのどかな昼休みなど吹き飛んでしまった。
そこへ突然の校内放送が入る。
『ピンポンパンポーン! 一年A組の仙月明人くん。一年A組の仙月明人くん。毒島先生がお呼びです。至急、カウンセリング室まで来てください。ピンポンパンポーン!』
その短い校内放送に、教室内は一瞬にして沈黙した。そして、信じられないと言う目つきで、皆が渦中の人物を見つめる。
今まで狂ったように暴れ回っていたアキトの動きがピタリと止まり、表情が泣きそうな顔から次第にだらしないニヤけ顔へと変わっていく様は、まるでスローモーションを見るようだった。
沈黙していた教室が耐えきれずにざわめきだす。
「う、ウソだろ?」
「カレン先生が、何であんなバカを?」
「何かの間違いだ……そうに決まっている……」
そういう反応を示したのは、カレンに心を奪われた多くの男子生徒たち。一方──
「今度は一体、何をしたのかしら?」
「他の先生たちも手を焼いているみたいだし……」
「ついに退学勧告とか?」
と、アキトの問題児ぶりを囁いたのは、いつも迷惑を被っている女子生徒たちだ(笑)。
もっとも、アキトはそんなクラスの反応も気にならないほど、有頂天になっていたようだが(苦笑)。
「きっと、あの壇上からオレを一目見て、気になって気になって仕方がなかったんだろう。無理もない。まあ、オレの真の魅力を分かるのは、やっぱり大人の女性ってことかな?」
アキトはカッコつけのつもりで、フッと笑い、前髪を掻き上げた。つかさと薫が顔を見合わせて、互いにゲーッと気持ち悪そうな表情をする。
「では、諸君。ここからはアダルト・タイムだ! じゃあな! ハハハハハハッ!」
救いようがないバカ(アキト)は呆然と見送るクラスメイトたちに手を振って、毒島カレンが待つカウンセリング室へ猛然とダッシュして行った。
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