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「私がキミを呼んだのは他でもないわ。仙月アキトくん。あなた、最近、転校してきたばかりなんですって? どう、この学校の生活には慣れた?」
カレンは型通りの質問をしてきた。ちょっとアキトが意外な顔をする。
「ちょっと待った、先生! そんなことを聴くためにオレを呼んだの?」
「そうよ。こうして転校生のケアをするのも私の仕事ですもの」
アキトは糸の切れた操り人形のように四肢から力を抜き、だらしなくイスの上で姿勢を崩した。期待はずれだ。
「何だよ、つまらねえ」
「いいから、質問に答えてちょうだい」
カレンはテーブルの上にファイルとノートを広げた。上目遣いにアキトを見る。
「仙月アキト。十六歳。出身はS県××市。家族構成、ご両親は海外へ出張中。現在は区役所勤めのお兄さんと中学二年の妹さんと三人暮らし。学校の成績は全体的に芳しくないわね。でも、体育の成績はいい。──以前の学校で何か部活動でも?」
「何も」
「ウチの高校で何かやらないの? ここは武道系の部活が活発みたいだけど」
「興味ないね」
「転校して、もう友達は出来た?」
「さあ」
「色々とトラブルを起こしたと耳にしているけど。この学校に馴染めないとか?」
「別に」
「あら、だったらどうして、空手部で道場破りみたいなことをしたの? それに先日は生徒会長の伊達くんに絡んで、強引にテニスの勝負もしたそうじゃない」
「よく、お調べで」
「真面目に答えて」
「イヤだね」
「どうして?」
「そんな資料を見て、オレを知ったつもりでいるからさ。資料で判断するなら、カウンセリングは必要ねえだろう」
アキトの言葉に、カレンは一瞬、沈黙した。
「うふふ、それもそうね。こんなのたかが資料だわ」
カレンはそう言うと、開いていたファイルとノートを閉じ、テーブルの脇に追いやった。そして、肩に掛かる長い髪をさりげなく後ろへ流す。女の色香を感じさせる仕種だ。こういうところだけはアキトも見逃さない。
アキトは身を乗り出すようにして、ジッとカレンの瞳を見つめた。
「先生、もうちょっと楽しい会話をしようぜ」
「あら、今までのは楽しくなかったかしら?」
「例えば、朝礼のとき、上からオレを一目見て、恋の予感めいたものがピピーッと走った、とかさ」
「それは私がキミに興味を持ったってこと?」
「うん」
カレンの笑みは、益々、妖艶さを増した。
「あながち間違いじゃないわ。私、キミに興味があるのよ」
カレンもまた身を乗り出すようにした。するとブラウスの上からも豊満さが分かるカレンの胸がテーブルの上に乗り、その形を盛り上げる。ブラウスの合わせ目から、今にも胸がこぼれそうだった。アキトの視線がそこへ吸い寄せられる。
「おおっ!?」
「私に教えて、あなたのことを……」
カレンはテーブルの上で右手を滑らすように伸ばし、アキトの手に触れた。
このとき、アキトの血圧は一気に上昇したに違いない。アキトはおもむろに立ち上がった。
「もう、辛抱たまらん!」
アキトはまるでシャツを破り捨てるかのように脱ぎ始め、上半身裸になった。カレンが呆気にとられる。
「ど、どうしたの!?」
「お茶でびしょ濡れになったシャツを着ていたら、風邪を引きそうだから」
「でも、その格好じゃ余計に……」
「だから、先生! 先生の肉体でオレを温めてくれーっ!」
アキトはズボンも脱ごうと、ベルトをガチャガチャ外し始めた。
ミシッ……
アキトの耳だけがかろうじて捉えられる小さな音がしたのは、その刹那だった。そして、次の瞬間には──
「うわあああああっ!」
大勢の悲鳴と物が派手に壊れる音が聞こえてきた。アキトもカレンも何事かとカウンセリング室のドアを見る。そこにはアキトが鍵をかけたはずのドアを押し破って、山のように折り重なっている一年A組の男子生徒たちがいた。さらにその背後には、腕を組んで仁王立ちするクラスの女子たちが。その筆頭は爆発寸前の薫だ。また、それに隠れるようにして、つかさも顔を覗かせていた。
「お、お前ら……!?」
アキトの血の気が引いた。
カレンに呼び出されたアキトが不埒な行動に出ることなど、クラス全員、先刻承知であった。だからこうして、カウンセリング室の外で待機していたのである。もっともドアを押し破ってしまったのは、中で急転した会話の内容に、つかさを除く男子が殺到した結果なのだが(苦笑)。
「どうやら呼び出された仙月くんを心配して、皆で様子を見に来たようね。ちゃんと友達が出来ているじゃない。先生、安心したわ」
いかにもカウンセラーらしいセリフをさらりと呟くカレン。これでカレンの方からアキトを誘惑したという可能性を消しておく。ましてや、上半身裸で、今まさにズボンをも脱ごうとしていたアキトに言い逃れなど出来そうもなかった。
薫が怒りに震えながら、倒れ込む男子生徒の山を踏み越えて(むぎゅっ!)、カウンセリング室に足を踏み入れた。その手には竹刀。
アキトは後ずさったが、すぐにテーブルに阻まれた。
「ま、待て! は、話せば分かる……」
「問答無用」
薫は竹刀を構えた。廊下から覗き込むつかさは首をすくめて目をつむる。
「成敗!」
「うぎゃあああああっ!」
竹刀の乾いた音とアキトの悲鳴が校舎内に響き渡った。
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