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WILD BLOOD

第4話 内なるケモノを解き放て!

−9−

「おら、立てよ!」
 空手部の三年、小柳は、恫喝の声を上げて、地面に倒れ伏している獲物を強引に立たせた。哀れな犠牲者は、朝のトラブルで彼ら空手部を怒らせた一年生、木暮春紀だ。すでに登校時よりも凄惨なリンチを受け、立つこともままならない。口の周りは血だらけで、涙と混じってまだらに染まっているし、何度も地面に倒されたせいで、肘から手の先まで擦り傷だらけだ。そして、おそらくは制服の下にも大きな青あざを作っているに違いない。だが、彼らはまだ許すつもりはなかった。
 木暮は不運だった。ちょうど昼休みになり、隣の教室にいるつかさと一緒に弁当を食べようと思ったのだが、朝のトラブルのせいでコンビニでおにぎりを買いそびれてしまい、昼食となるものがなかった。そこで仕方なく購買部へ行こうとしたのだが、その途中、空手部の連中に見つかってしまい、こうして校舎裏へ引っ張って来られたのだ。
 連中は朝と同じ顔ぶれだった。副主将の坂田を始めとして、自転車を傷つけられた畑山、そして浜口、小柳、奥の全部で五人。どれも空手部の猛者であり、ケンカはさらに得意なヤツらばかりだ。対する木暮は中学生と間違えられるほど小柄で、人相からしておどおどしており、とてもじゃないが歯向かえそうもなかった。
 おまけに誰も助けに現れてはくれなかった。人気の少ない校舎裏。ましてや怒号と罵声を発しながらのリンチだ。昼休み中とはいえ、そこを通りかけた生徒たちは、皆、トラブルを恐れて、来た方向へ戻っていってしまう。白昼の死角になっていた。
「お前のお陰で、オレの自転車はメチャクチャなんだよ! 一年坊主のクセして、ナメやがって!」
 一番、怒りを叩きつけているのは畑山だ。木暮のせいにしているが、半分は自転車のハンドルを曲げてしまったアキトへの腹いせでもある。小柳が後ろから羽交い締めしている木暮の腹部を、力一杯、拳でえぐった。
「うううっ!」
 だが、執拗なリンチを受けているのに、木暮は一言も発しなかった。暴行に対する苦鳴はあげるものの、許しを請うことも助けを呼ぶこともしない。それが余計に彼らを苛立たせた。まだ、木暮が泣き叫んでさえいれば、彼らの嗜虐心を満たしたであろう。朝のときもそうだ。畑山の自転車にぶつかって倒したのは偶然だと彼らも思ってはいるが、木暮はそれに対して謝ることをしなかった。ただ、黙っている。トラブルを大きくした責任は木暮の方にこそあるのだ。
「おい、どけ」
 少し離れたところで、今までリンチを傍観していた副主将の坂田が、畑山の肩を押しやるようにして、木暮から離れさせた。
 畑山たちは木暮の状態を見て、坂田がリンチの仲裁に入ったのかと思った。坂田は今朝の件に関しても、あまり乗り気ではないように見えたからだ。というよりも、最近の坂田はどこか荒々しさが失せてしまった感じさえする。その原因は彼らにも分かっているのだが、同時に坂田らしくもないとも考えていた。
 だが、次の瞬間、坂田をよく知る彼らも驚きに息を呑んだ。坂田がいきなり、木暮を殴り始めたからだ。
 坂田のパンチは半端ではなかった。木暮の首がもげるかと思ったほど、大きくねじれる。後ろで支えていた小柳すら、身体がぐらついた。
 しかし、そんなのは手始めに過ぎなかった。坂田はなおも木暮を殴った。都内でも名が轟いている琳昭館高校空手部の副主将のパンチだ。畑山たちのものとは比べものにならない。
 木暮は文字通りサンドバックと化した。生身の肉体で出来た、赤い血を流すサンドバックだ。そのむごたらしさに、周囲の四人は声を失った。
 坂田はパンチだけでは飽き足らないようだった。一歩、後ろへ下がって、膝蹴りが木暮の鳩尾を突き上げる。下手をすれば内臓破裂だ。ようやく畑山たちは、坂田が普通でないと気がついた。
「お、おい、坂田!」
 奥が坂田の肩に手を置いて、やめさせようとした。だが、坂田はそれを邪険に振り払う。そして、木暮の頭部目がけて後ろ回し蹴り!
「!」
 とっさに木暮を羽交い締めしていた小柳が後ろに倒れ込んでいなければ、大変なことになっていただろう。小柳は木暮の下敷きになり、うっ、と呻く。坂田は回し蹴りが空振りに終わり、さらに凄まじい形相を見せた。
「何しやがる!?」
「やめろ、坂田!」
 他の三人も坂田を取り押さえにかかった。だが、坂田はそれをも振り払おうと暴れる。こんなことはかつてなかった。
「おい、坂田! どうしちまったんだ!?」
「お前、ヤツを殺す気か!?」
 畑山たちの声も坂田の耳には入らないようだった。野獣のように吼え、木暮に襲いかかろうとする。
「離せ、この野郎! 離せ!」
 坂田の暴走に、四人はどうすべきか、一瞬、躊躇した。
「何をしているのです!?」
 その刹那、鋭い声がして、全員をハッとさせた。校舎の陰からベージュ色のスーツを着た細面の女性が現れる。玉石梓。琳昭館高校の理事長だ。

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