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「ヤベェ!」
リンチの現場によもや理事長が現れると思っていなかった畑山たちは、慌ててその場から逃げ出した。他人のことは構っていられない。一目散だ。
坂田は逃げなかった。途端に放心状態になったらしく、荒い息をつきながら、黙って、倒れている木暮を見つめている。そんな坂田と木暮を、梓は交互に見やった。
「不知火」
梓の言葉と同時に、一人の男が背後に立った。不知火。それが彼の名前なのか、そして、いつからそこにいたのか。精悍な顔立ちの男だが、表情は無表情だ。黒いスーツに身を固めており、まるで梓の影のようだった。
「お前は彼を保健室へ運べ」
梓の命に従い、不知火は気絶している木暮を抱え上げた。そして、梓がやって来た方向へ帰っていく。坂田は黙って、それを見送った。
その場には梓と坂田だけが取り残された。梓が坂田を見つめる。だが、それは教育者として生徒の暴挙を責めるのでも悲しむのでもなく、興味を持ったように眼の奥が光っていた。
「さて、今度はあなただけど……校内で暴力沙汰とは感心しないわね。クラスと名前は?」
「三年C組、坂田欣時」
考えもせずに、坂田は答えていた。
「坂田……じゃあ、あなたが空手部の」
「………」
「坂田くん、あなたの素行については聞いているわ。学校の内外で問題が多いそうね。何か学校や家庭に不満があるのかしら?」
「別に……」
坂田は無愛想に答え、その場からさっさと離れたかったが、梓の細いキツネ眼に見つめられると、身体が動かないような気がした。何か心の奥底まで見透かされるような、そんな眼。全身が冷たくなっていくのを感じた。
「今後、このようなことがないよう担任の先生に指導してもらうのは当然ですが、あなたの場合、もっと根本的なところから解決しないといけないようね」
「………」
「では、これから毒島先生のカウンセリングを受けていただきましょう」
いやだ、と坂田は答えるつもりだったが、なぜかその言葉を発することは出来なかった。それどころか、梓が先に立って歩くのを、逆らうことも出来ずに着いて行ってしまう。まるで自分の体ではないようだった。
カウンセリング室の前まで来ると、どういうわけかドアが壊れ、中が筒抜けになっていた。これにはさすがの梓も意外そうな顔をする。
そこへ奥から白衣姿のカレンが姿を現した。カレンは梓の顔を見るや、薄く笑って、肩をすくめる。
「先程、一年A組の生徒たちにやられてしまいました」
「一年A組の」
梓はクラス名を聞いて、鋭い目つきになった。だが、カレンはお手上げのポーズを作る。
「彼との接触を試みましたが、邪魔が入りまして。この次には何とか」
カレンの言葉に梓はうなずいた。
それからようやくカレンは梓の後ろにいる坂田に気づいたらしく、チラリと視線を投げた。梓が紹介する。
「彼は三年の坂田くん。これまでも何度か暴力事件を起こして、学校としても困っていたのです。彼の悩みを聞いて、どうすればいいのか助言してもらえませんか?」
梓はもっともらしいことを言ったが、坂田にはなぜか空々しく聞こえた。ここへ連れてきたのは、他の目的がある。そんな風に直感した。
だが、相変わらず体の自由は利かなかった。この場から逃げ出すこともできない。
そんな坂田にカレンは微笑んだ。
「じゃあ、こっちに座ってちょうだい」
カレンに促されるまま、坂田は面談用のイスに座った。その背後では、梓が壊れたドアの代わりに、あらかじめ備え付けてあったカーテンを引いて、カウンセリング室を外から遮断する。中にはカレンと坂田、そして梓の三人だけになった。途端に坂田は不安を感じる。
出口に気を取られていた坂田は、左腕の痛みに顔をしかめた。見ると、いつの間にかカレンが注射器を握っていて、坂田の左腕に何かを注入しているところだった。
「な、何を……!?」
坂田は反射的に手を払いのけようとした。だが、突然、目がかすみ、意識が遠のく。全身の力も抜ける。さっきまでの自由の束縛とはまた違う感覚だ。明らかに注射器が原因だった。
薄れゆく意識の中、見下ろしているカレンと梓の微笑が最後だった。暗闇へ堕ちる。
「さあ、あなたと仙月アキトのことを話してちょうだい」
──どうして仙月のことを?
一瞬、疑問が浮かんだが、坂田の意識はすぐになくなってしまった。
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