[←前頁] [RED文庫] [「WILD BLOOD」TOP] [新・読書感想文] [第4話あとがき]
坂田は体の奥底から湯水のように湧き出る力を感じていた。こんなことはかつてない。まるで自分が無敵になったような気さえした。
すべては昨日、カレンのカウンセリングを受けてからだった。と言っても、そのときの記憶はほとんどない。理事長の梓に連れて行かれ、カレンに何か薬のようなものを打たれたというところまで憶えているが、あとは一切、空白になっていた。気がつくと、いつの間にか空手部の道場で大の字になって寝ており、外はすっかり暗くなっていた。
だが、おぼろげに憶えていることがある。それはカレンにアキトとのことを質問されたらしいということだ。アキトとの道場での一件(詳しくは「WILD BLOOD」の第2話を参照)。それは坂田にとって苦い記憶だ。あれほど完膚無きまでに叩きのめされたのは久しぶりだった。
中学時代から坂田はケンカばかりしてきた。そして、ケンカに勝つことこそ、自分の存在価値の証明だと疑わなかった。もちろん、負けることもときとしてあったが、そういうときは勝つまで相手に挑んでいったものだ。
琳昭館高校に入学後、各中学校で腕を鳴らした不良たちとやり合ったが、場数に勝る坂田がその頂点を極めた。今、空手部にいる畑山、小柳、奥、浜口も、その頃、叩きのめした連中で、以後、ウマが合うようになって、現在に至っている。上級生からも一目置かれる存在。坂田は得意になって暴れまくった。
だが、あるとき空手部で、一年生ながら達人と噂されていた間大作<はざま・だいさく>に勝負を挑んだことが一つの転機となった。間は強かった。坂田がまったく相手にならないほどに。あんな敗北は初めてだった。今のままでは、何度やっても勝てないと思い知らされた。
そのとき、間から意外な誘いを受けた。「空手部に来ないか」。素質があると言われた。
最初はふざけるなと思った。ケンカに負けたからと言って、間の言いなりにはなりたくなかった。だが、間は何度も坂田を空手部に勧誘し、強引に自らの練習を見学させたりした。
やがて、坂田は空手部の入部を決めた。間に勧められたからではない。間を倒すためだ。空手を会得して、間に再挑戦する。そのための入部だった。
それから三年。まだ、間には及ばない。だが、坂田は諦めていなかった。今、間はアメリカへ武者修行に行ってしまっているが、卒業までには決着を着けるつもりだった。このまま負けっ放しで終わらない。
しかし、ここでもう一人、とんでもない男に出会ってしまった。
仙月アキト。
ヤツの強さはケタ違いだった。とても人間とは思えない(事実、その通りなのだが)。しかも、まだ一年生だと言う。屈辱だった。
あれ以来、坂田を見る畑山たちの目が変わった気がする。間に敵わないのは仕方ない。何より空手部の主将だ。だが、転校してきたばかりの一年坊主にやられてしまうとは。
しかも、今度はそのアキトを、女のようにナヨナヨしている空手部一年の武藤つかさが倒したと聞く。毎日、坂田たちにしごかれていた、あの弱々しいつかさが。それが意味するものを考えると、坂田のプライドはズタズタに引き裂かれた。
このところ、坂田の精神状態は穏やかではなかった。すべてをメチャクチャにしたい破壊衝動が心を突き動かそうとする。だが、アキトの顔が浮かんだ途端、それはしぼんでしまうのだった。それよりも甦るのは畏怖の念。それが坂田を責め立てた。
昨日の朝も、畑山の自転車のハンドルを曲げてしまったアキトに対し、坂田はケンカを挑むことができなかった。畑山たちは何も言っていないが、きっと落胆したに違いない。だが、一番、苦々しく思っているのは坂田自身だ。どうして引き下がってしまったのか、思い出すと悔しさに歯ぎしりしたくなる。
だから昼休み、畑山たちが木暮をリンチしているとき、突然、度の過ぎた暴力行為に出てしまった。今までの鬱憤を晴らすかのように。しかし、無抵抗な木暮を殴れば殴るほど、自分がみじめに感じ、暴れたくなるのだった。
だが──
今の坂田は絶大なる力を感じ、愉悦を禁じ得なかった。これならば仙月アキトを叩きのめすことが出来る。そう信じて疑わなかった。
力は憎しみから生まれ出るようだった。実際、アキトのことを考えると、空手道場での屈辱が甦り、そこから力があふれてくるように思える。殺す。仙月アキトを殺す。
すでにアキトには呼び出しをかけていた。放課後、校舎裏に一人で来るよう下駄箱に短い手紙を入れてある。無視するかも知れないが、そのときはつかさを血祭りに上げるだけだ。ヤツにも今一度、先輩の恐ろしさを知らしめておかねばならない。
坂田はアキトを八つ裂きにした姿を想像し、また残忍な笑みを浮かべた。
その笑みは、校舎裏に辿り着いたところで跡形もなく消えた。無惨な姿で倒れている四人の男子生徒を発見したからだ。
「!」
それは畑山たちに違いなかった。アキトとの再戦を見せつけ、昔の威厳を取り戻すために呼びつけたのだ。だが、彼らはすでに何者かによってやられていた。
「まさか、仙月のヤツが!?」
坂田の到着前に四人をノックアウトすることなど、あの男には造作もないだろう。坂田の怒りは、さらに膨れ上がった。
「仙月ぃ!」
坂田の全身の筋肉が盛り上がった。血管が浮き上がり、頭は怒髪天になる。制服のシャツのボタンがちぎれ飛んだ。
その背後から何者かが襲いかかった。アキトか!?
「うるああああああっ!」
坂田は振り払うようにして、上体をひねった。襲撃者は後方へ飛び退く。
「何!?」
襲撃者の姿を見て、坂田は思わず声を上げた。アキトではない。いや、それは人間にすら見えない! それは──
謎の襲撃者は再び坂田へ躍りかかろうとしていた。相手が何であるか考えることもせず、坂田は待ちかまえる。坂田には自信があった。どんな敵にも勝てると。
「お前が畑山たちをやったのか!? てめえ、ただじゃおかねえぞ!」
坂田は吼えた。襲撃者が跳躍する。両者はもつれるようにして転がった。
「ガアアアアッ!」
「ぎゃあああああああっ!」
野獣の咆吼のごとき唸り声。人外の戦いの火蓋は切って落とされた。
[←前頁] [RED文庫] [「WILD BLOOD」TOP] [新・読書感想文] [第4話あとがき]