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ドアがノックされた。
「つかさ? 入るわよ」
返事を待ったものか、少し間をおいて、セーラー服姿の薫が中に入ってきた。
つかさは自分の部屋のベッドに、まだ制服から着替えもせずに仰向けになって、天井を睨んでいた。薫が入ってきても、何の反応も返さない。部屋の照明は消したままだ。窓からは夕日の照り返しが射し込み、部屋のものすべてを朱に染めている。薫は静かにドアを閉めた。
あれから校内でつかさを探したが、すでに下校した後だった。そうと知った薫も剣道部の稽古を早退し(そんなことはかつてなかったので、部員たちは皆、一様に驚いた)、こうしてつかさの家へやって来たわけだが、つかさの様子を一目見て、すでにアキトの一件を知っているのだと悟り、胸を痛めた。
「つかさ……」
薫は何と言っていいのか分からなかった。つかさに何かを言うために来たはずなのに。
つかさは仰向けの姿勢のまま、右腕だけを動かし、それを自分の目の上に置くようにして覆った。そして、深いため息をつく。
「薫も知っているんだね?」
「うん……」
薫はうなずいた。そして、つかさが寝ているベッドに、そっと腰掛ける。つかさの顔を見た。右手で覆われた顔を。
「ボクは……どうしたら良かったんだろう?」
「………」
「アキトと倒れている先輩たちを見たら、カッとなってしまった……アキトが先輩たちをやったんだと思った……でも……アキトは違うって言った……自分じゃないって……ボクは……ボクはそんなアキトの言葉を信じきれなかった……」
「つかさ……」
薫は誤解していた。きっと、つかさはアキトに裏切られて、傷ついているのだと思った。しかし、そうではなかった。
「知り合って、まだ間もないけど、アキトは間違いなくボクの友達だ……そう思っていたのに……それなのに……ボクはその友達を疑った……友達の言葉を信じないで……」
薫はそっとつかさの腕に触れた。その腕の震えが伝わってくる。薫はいたたまれなくなった。
「ボクにはアキトの友達である資格はないのかも知れない……」
「つかさ……そんなに自分を責めないで……」
つかさは泣いていた。右腕で目を覆ってはいるが、頬を涙が伝っている。
薫も悲しくなった。自分では今のつかさに何もしてやれない悔しさが込み上げてくる。ずっとつかさにハッパをかけながら、励ましてきた。クラスの男子に女の子とバカにされ、祖父から教えを受けた古武道を会得しながら、空手部の先輩たちにしごかれ続けて来たつかさを。しかし、そんなつかさを変えたのは、薫ではなくアキトだった。それもたった一週間程度で。一体、自分は何だったのかと思う。アキトに出来て、自分には出来なかったこと。それが悔しくもあり、ショックでもあった。アキトに対して、つい過剰な反応を示してしまうのも、そんな薫の負い目から来ているのかも知れない。
今の薫に出来ることと言えば、悲しんでいるつかさのそばにいてやることだけだった。
やがて夕日が沈み、部屋に暗闇が訪れても、ずっと。
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