[←前頁] [RED文庫] [「WILD BLOOD」TOP] [新・読書感想文] [次頁→]
「兄貴〜!」
ややひそめたような声が、静かな児童公園に響いた。昼間とは打って変わった静寂が、ひんやりとした真夜中の空気を支配している。公園にポツンと立てられた外灯は切れかかっているのか、ネオンのような明滅を繰り返す。お陰で、辺りの闇は深い。
声の主らしいシルエットは、公園の中央まで来ると、ぐるりと周囲を見回した。
「兄貴〜!」
もう一度、呼び声。今度は少し大きく。
そのシルエットの肩がいきなり叩かれた。
「ひっ──!」
思わず悲鳴を上げそうになるところを、背後の影が手を伸ばして、口を塞いだ。同時に点滅していたはずの外灯が、いきなり明かりを取り戻す。二つの影は、その姿をさらした。
「イヌ、大きな声を出すな。狼男のお前がびびってどうすんだ?」
背後の男──仙月アキトは、そう言いながら舎弟となった大神憲<おおがみ・けん>の口から手を離した。
大神はホッと胸を撫で下ろす。
「勘弁してくださいよ、兄貴。心臓が止まるかと思いましたよ」
大神は情けない声で言う。本当にこれが満月の夜になれば不死身の肉体を持つ狼男に変身するとは思えない。
アキトはそれに構わず、辺りを警戒した。
「それよりも調べてきたか?」
いつになくアキトの口調は真剣だった。大神は尻ポケットからメモ帳を取り出す。
「はい──と言いたいところですが、ほとんど何も分かっていないのと同じです。まず、負傷した空手部五人の容態ですが、命に別状はないものの、まだ意識を取り戻しておらず、それによって誰に襲われたのか、未だに特定されていません。ですが、学校では生徒たちの証言から兄貴が犯人だという見方が強く、処分を含めた対応策が職員会議で話し合われたようです」
「チッ! やっぱりな」
大神の報告にアキトは唇を噛んだ。やはり真犯人を見つけなければ、無実を証明することは難しそうだ。
「しかし、信楽校長が結論を先送りにしているようで、即、兄貴が退学とかになることはなさそうです。まあ、事なかれ主義の校長のことですから、問題を大きくしたくないだけかも知れませんけど。ただ、不思議なのは、こういうことには厳しいはずの理事長までも、校長と考えを同じくしているところです」
「へえ」
「いくら校長が優柔不断でも、理事長の鶴の一声があれば、決断を迫られるでしょうからね」
「……お前、オレを退学にしたいのか?」
じろりと大神を睨むアキト。大神は慌てた。
「ち、違いますよ! 理事長の対応がいつもと違うように感じたと、それを言いたかっただけです!」
大神の弁明に、アキトは何も言わなかった。それよりも考えるのは、今後のことだ。
「イヌ、とにかく校内で怪しいヤツを探せ。学校の敷地内で起きた以上、多分、内部犯だ。特に空手部の連中に恨みを持つ者。見つけたら報告しろ」
「そうは言っても兄貴、あの連中に恨みを持っているヤツなんか、きっとゴロゴロしてますぜ。その中で絞り込むのは難しいんじゃ?」
大神が言うのももっともだった。だが、アキトは鋭い眼で言った。
「空手部五人を平気で相手に出来る人間なんていやしねえ。それが出来るのは、オレたちのような人間以外の存在だ。そんなヤツが学校の中でゴロゴロしているもんか」
と。
[←前頁] [RED文庫] [「WILD BLOOD」TOP] [新・読書感想文] [次頁→]