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坂田たち空手部員が襲われた翌朝、つかさはいつもより早く家を出て、木暮の家に向かった。
結局、木暮は昨日も学校に来ていなかった。一昨日、コンビニ前でのトラブル(詳しくは「WILD BLOOD」第4話を参照)で知り合って以来、一度も会っていない。あれから、もっとひどいいじめでも受けたのだろうか。B組の生徒に尋ねようにも、大神が言うとおり、木暮がどうしようと関心がないに違いない。なおさら、つかさは木暮が心配だった。
クラスのみんなから疎まれ、いじめられている木暮を何としても助けたいと、つかさは思っていた。もちろん、B組の生徒たち全員に木暮をいじめないでくれと頼むのは容易ではない。だが、いじめられる側がクラスに打ち解けていくことが出来れば、徐々に陰湿な行為はなくなるだろう。つかさも内向的な自分の性格を、少しずつ直していこうと努力している。それはきっと木暮にも出来るはずだった。
つかさはB組の担任教師から、木暮の住所を聞いた。家を訪ねてみようと思ったのだ。B組の担任教師は驚いたような表情を作っていたが、むしろ最後にはつかさに頼み込むようにしていた。担任教師も木暮の状況を知っていて、どうしたらいいか悩んでいたのだろう。ならば、もっと早くに何らかの手が打てなかったものかと、つかさは怒りを感じたが、住所のメモを黙って受け取り、職員室を出てきた。
本当ならば、昨日の放課後、直接、木暮の家にいくつもりだった。だが、アキトに容疑のかかった坂田たちへの暴行事件のせいで、そんな気分ではなくなってしまった。こちらがモヤモヤした気持ちを引きずって、他人を励ますことが出来るわけがない。結局、夕べはあまり寝つけなかったが、頭を切り換えて、こうして木暮の家へと向かっていた。
「えーと、この辺かな?」
つかさは初めて訪れる町で、木暮の家を探した。電柱に町名と番地が記載されているが、どちらへ行けばいいのか、さっぱり分からない。まごまごしていると、学校にも遅れてしまいそうだ。交番で道を尋ねようにも、その交番からして見つからなかった。事前に地図で場所を調べておくんだった。
「あら?」
完全に道に迷っていたつかさに、聞き覚えのある女性の声がかけられた。つかさは振り向いて、ハッとする。
「やっぱり、あなただったのね? 後ろ姿で、何となくそうじゃないかと思ったのよ」
「ま、待田先輩!」
つかさはすぐに顔が赤くなるのを感じた。つかさに声をかけてきたのは、清楚な感じがする女子高生、待田沙也加だ。つかさのあこがれのマドンナである。
沙也加はつかさに微笑みかけてきた。
「最近、よく会うわね。この近くに住んでるの?」
「い、いえ、その……違うんです……友達の家を探していて……」
緊張のあまり、つかさはしどろもどろに答えた。
「それで道に迷ったとか?」
「は、はい……」
つかさは恥ずかしくて、顔から火を吹きそうだった。沙也加は優しく微笑む。
「住所は? 私、この近くだから、お役に立てればいいんだけど」
「いや、そんな、先輩にそこまでしてもらわなくても……」
慌てふためくつかさを見て、沙也加はおかしそうな顔をする。
「ホント、あなたはいつも遠慮するのねえ。保健室のときもそうだったわよ」
「すみません……」
「また、そうやって謝る。いいから、見せてごらんなさい」
沙也加は可愛い弟でも相手にするように言うと、手の平を差し出した。こうなっては住所のメモを見せないわけにいかない。つかさはおずおずとメモを手渡した。
「え〜と……ああ、ここね。ここなら分かるわ」
「ホントですか?」
「ええ。案内してあげるわ、着いてきて」
そう言って、沙也加は先に立って歩き始めた。つかさは驚いて、小走りで追いかける。
「そんな! そこまでしてもらわなくてもいいですよ。先輩まで遅刻したら、ボク、申し訳ありませんし……」
だが、沙也加はそんなことなど気にしないかのように歩き続けた。
「いいのよ。あなただってこんな朝早くに、行ったこともない友達の家を訪ねようとしているのは、何か理由があるからでしょ? あなたのすることが悪いことであるはずがないし、困っている後輩を助けるのは先輩の義務でもあるわ。私にも手伝わせて」
つかさは困った。こうして、あこがれの沙也加と並んで歩けるのは嬉しいが、遅刻覚悟で木暮の家を探してもらうのは心苦しい。だが、沙也加がそう決めた以上、今さら断るわけにもいかなかった。
「もし良かったら、どうしてこの友達を訪ねようとしているのか聞かせてくれるかしら?」
沙也加にそう言われ、つかさは木暮のことを話した。つかさが話す間、沙也加は一言も口を挟まずに聞き入った。
「──そう。その木暮くんって子、心配ね。でも、あなたは優しいのね。同じクラスでもないのに、ここまで真剣に心配して」
「いえ、そんな、ボクはただ……」
沙也加から褒められて、つかさは照れた。顔が火照ってしまい、どこかへ逃げ出したいような衝動に駆られる。それでいて、いつまでもこうして二人で歩いていたいと、心の片隅で願った。
「そう言えば、まだ、あなたの名前を聞いていなかったわね?」
沙也加は思い出したように言った。つかさの顔は熟れたトマトのように真っ赤になる。
「む、武藤つかさです」
「つかさ君ね。優しそうで、いい名前だわ」
名前をこんな風に褒められたのは初めてだった。いつもなら、女の子のような容貌と結びつけた感想が常である。つかさははにかんだ。
今度は沙也加が名乗ろうとした。
「私は──」
「知ってます! 二年の待田先輩! ゆ、有名ですから」
思わず勢い込んで言ってしまい、つかさは恥ずかしかった。もしかして、つかさの想いを沙也加に悟られてしまったかも知れない。だが、沙也加は何も言わず、微笑んだだけだった。
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