[←前頁] [RED文庫] [「WILD BLOOD」TOP] [新・読書感想文] [次頁→]
「ここよ」
沙也加に案内されて五分くらいで、目的の場所へ到着した。造りの古い二階建てアパート。この二階の一室に木暮の家族が暮らしている。
足音が響く鉄製の階段を登ると、三つ目のドアが木暮家の部屋だ。やっと辿り着いた。
しかし、つかさたちが近づいた途端、アパートの内側から大きな物音がした。ガラスの割れる音やタンスのような重い物が倒れる音。つかさは思わず身構えた。
「は、春紀ーっ!」
そんな男の悲鳴も聞こえる。春紀は木暮の名だ。
次の瞬間、木製のドアが凄い勢いで吹き飛んだ。中でガス爆発でも起きたのかと錯覚したくらいである。しかし、そうではなかった。
つかさは中の様子を見ようと、近づこうとした。その腕を沙也加がつかむ。危険だと言いたいのだろう。しかし、中には春紀と、おそらくその家族が──
「グルルルルルルッ!」
「──!?」
何か巨大な肉食獣の唸り声のようなものが聞こえた。一歩踏みしめるたびに振動が伝わってくるほど大きい。それは中から外へ出ようとしていた。
つかさは右半身を後ろに引いて、腰を落とした。万が一に備えて、いつでも攻撃できるよう構えを取る。それは幼い頃より祖父から教わった古武道が体に染みついている証拠でもあった。
(来る──!)
ガッ!
ドア枠に鋭い爪と巨大な指がかけられた。人間のものではない!
鼻面が出てきた。次に頭部と巻き貝のような巨大な角。金色の眼がつかさたちをギョロリと睨んだ。
その異様な怪物は、どこか山羊を思わせた。頭はまさしく山羊のそれだ。だが、口には鋭い牙が並び、全身を覆う獣毛は毒々しい緑色である。さらに怪物は二足歩行で立ち上がり、身の丈二メートル三十はあっただろう。アパート二階の軒先になっているトタンの屋根を頭がこすっていた。
悪魔。よくオカルトの本に挿し絵がある、山羊をモチーフにした悪魔そのものに見えた。
「フシュウウウウウッ!」
怪物は息を吐き出した。たちまち周囲に悪臭が漂う。鼻が曲がりそうだ。つかさも沙也加も、思わず腕で鼻を覆った。
「ガルルルルッ……」
次に怪物は首を巡らせて、つかさたちを直視した。襲いかかるつもりか。
つかさは体内で≪氣≫を練った。この巨体に普通の打撃技が通用するとは思えない。となれば、体内のエネルギーを相手に叩きつける発勁を放つしかなかった。
普通の人間を傷つけることもできないつかさであるが、相手がそれ以外の怪物となれば話は別だった。相手の動きを冷静に捉える。
「待田先輩、危ないから下がってください!」
先程までの大人しい少年は、勇敢な格闘家に変わっていた。沙也加を危険な目に遭わせるわけにはいかない。今はつかさが守るしかないのだ。
怪物はいきなり両腕を上げた。まるで巨大な熊が立ち上がったような迫力。
「グオオオオオオオッ!」
怪物の咆哮が周囲の空気を震わせた。つかさの鼓膜にもビリビリと響く。しかし、たじろがなかった。
だが、その後ろにいた沙也加は、そうもいかなかった。あまりの恐ろしさに後ろへ下がろうとする足がもつれ、空をかいた手がつかさのベルトをつかんでしまう。
「キャッ!」
「うわっ!」
目の前の怪物に集中していたつかさは、予想もしなかったハプニングに襲われ、沙也加に引っ張られる形で、呆気なく後ろに倒れ込んだ。今、怪物の攻撃を受けたらおしまいだ。
だが、怪物は突然、身を翻すと、手すりを乗り越えて、表に着地した。たまたま通りかかった人たちが目を剥く。
「キャーッ!」
あちこちから悲鳴が上がった。それでなくとも、アパートの騒ぎを聞きつけて、近所から集まってきたばかりだ。
怪物はそれに構わず、一目散に逃亡を図った。物凄いスピードである。アッという間に怪物の巨体は見えなくなってしまった。
つかさは起きあがって、ホッと息をついた。どうやら助かったらしい。だが、あの怪物は一体何なのか?
「待田先輩、大丈夫ですか?」
つかさは沙也加に手を差し伸べながら尋ねた。沙也加は青白い顔をしていたものの、しっかりとうなずく。
「ごめんなさい。つかさ君の方こそ大丈夫?」
「はい、ボクも平気です」
「でも……あれは何なの? あんな動物、見たことないわ」
それに関しては、つかさも答えようがなかった。
「そうだ、木暮くんが!」
怪物は木暮の部屋から出てきた。木暮は無事なのか。つかさは血相を変えて、破壊された入口から中に踏み込んだ。
部屋の中は入口以上に荒らされていた。家具は何もかも横倒しにされ、壁や畳には無惨な爪痕が残されている。窓ガラスも破損していた。
「木暮くん!」
つかさは呼んだ。
すると、どこからか微かなうめき声のようなものが聞こえた。つかさは必死に倒れた襖や家具をどけてみる。
布団の下から人間の素足が出てきた。布団を剥ぐ。その下にいたのは木暮ではなく、ランニングシャツにトランクス一丁姿の年輩の男性だった。木暮の父親かも知れない。頭から出血していた。
「今、救急車を呼ぶわ!」
つかさの後ろから中に入ってきた沙也加がその様子を見て、自分の携帯電話を使って119番にかけた。その間につかさは、なおも木暮を探す。しかし、木暮はどこにもいなかった。
「木暮くん……」
つかさは不安に胸を押し潰されそうになりながら、木暮の安否を心配するのだった。
[←前頁] [RED文庫] [「WILD BLOOD」TOP] [新・読書感想文] [次頁→]