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すべてを話し終えると、カレンは言った。
「今までつらい人生を送って来たのね。あなたのその悲しみと憎しみを解放してあげるわ」
初め、カレンが何を言わんとしているのか分からなかった。だが、カレンがケガの治療だと言って、何かの薬を注射すると、木暮の意識は段々と心地よいものへと変わっていった。そんな木暮にカレンが何事かをささやく。その言葉が何であったか、木暮はよく憶えていないのだが、何やら心の奥底から沸々と怒りが込み上げてくるのを感じた。それは全身を焦がさんばかりに膨れ上がり、木暮は野獣のように吼えた。心からの叫び。その瞬間、自分の中の何かを解放したように思えた。
そこからまた記憶は途切れる。気がつくと、まだ保健室のベッドに寝たままだった。外は明るく、廊下から聞こえてくる生徒たちのはしゃぐ声に、ここで一夜を過ごしたのだと知った。だが、体は痛みこそなくなったものの、重苦しくまとわりつくだるさが起きあがることを拒み、再び木暮の意識は混沌とした眠りに引きずり込まれた。
次に目覚めたのは、夕方近くのようだった。そばにはカレンがいて、木暮に起きるよう促した。まだ体がだるかったのだが、木暮は上半身を起こした。
「いらっしゃい。あなたの本当の力を見せるときが来たわ」
カレンの言葉を聞くと、まるで催眠術でもかけられたかのように、木暮はベッドから抜け出し、後を着いていった。招かれたのは二階にあるカウンセリング室だ。中にはなぜか理事長の玉石梓<たまいし・あずさ>がいた。
カレンはそのまま、木暮を開け放してある窓際まで招いた。木暮は促されるままに外を見た。校舎裏に当たるそこは、木暮が空手部の連中にリンチを受けた場所である。そして、その光景を繰り返すかのように、同じ場所に四人の空手部員たちが集まっていた。
その姿を見たとき、木暮の肉体はカーッと燃えた。そもそもの発端は、コンビニの前でたまたま自転車に接触し、倒してしまったという些細なこと。その程度のことで、どうして自分が暴力を振るわれなくてはいけなかったのか。理不尽さがよみがえり、激しい怒りが込み上げた。同じ痛みを連中にも味わわせてやりたかった。
次の瞬間、木暮は窓から身を躍らせていた。自分の行為にギョッとする。ここは二階だ。飛び降りて、ただではすまない。
だが、木暮の肉体は別のものへと変身していた。全身を緑色の獣毛が覆い、手には鋭い爪、足は羊か鹿の蹄のようだ。意識もせずに楽々と着地する。その体からみなぎる力。木暮は驚愕した。
しかし、それよりも驚いたのは空手部の連中だった。突如、現れた化け物を見て、恐慌に陥る。その反応に、木暮の意識は獲物を狩る野獣そのものに変わった。
──逃がさない!
木暮は逃げようとする連中の背後から飛びかかった。その身の軽さと素早さ。今までの木暮が持ち得ないものだった。鋭い爪で背中を切り裂く。呆気ないほどの手応え。脆すぎるほどの相手の肉体。飛び散る血は、木暮の残虐性に火をつけた。
力もスピードも、人間を上回っていた。暴力でモノを言わせてきた者たちを、比較にならない力で蹂躙することは、木暮に喜びを与えた。それは今まで心の中で望んできたことだ。そして、心の中で何度も繰り返し行ってきた行為。それが現実のものになり、木暮は狂喜した。
最後まで一方的だった。四人の空手部員たちは血を流して倒れ、苦しそうなうめき声を上げた。立場の逆転。今や強者は連中ではない。木暮だ。すぐには実感として湧かなかったが、他者を圧倒する自らの力に酔いしれた。
そこへ誰かがやって来る気配を感じた。目撃されるのはまずいと思い、木暮は反対方向の校舎の陰に身を隠した。
やって来たのは、木暮をリンチした、もう一人の空手部員だった。仲間たちが倒れているのを見つけて、驚く。そして、何事かを怒鳴っていた。
──ヤツも殺るんだ!
もう一人の自分が心の中でささやいた。五人目の空手部員が、連中のリーダー格らしいのは、何となく分かっていた。ヤツを倒してこそ、初めて復讐は遂げられる。
木暮は意を決して、飛びかかった。今の自分なら勝てるはずだ。そう信じて。
ところが、その瞬間、相手の姿にも変化が生じた。突然、筋肉が盛り上がり、着ていたシャツを破って、上半身が裸になってしまう。髪は逆立ち、背骨に沿って円錐状の大きなトゲのようなものが突き出す。トゲは両肘、両膝、そしてかかとからも、さらに大きなものが飛び出した。肌は血流が速くなったのを示すかのように真っ赤になり、体毛も濃くなる。これで金棒でも持たせたら、赤鬼そっくりだ。
だが、飛びかかった以上、今さら引くわけにもいかなかった。木暮は赤鬼のような空手部員の背後から組み付こうとした。
「うるああああああっ!」
飛びかかった木暮に対し、赤鬼は上体をひねるようにして振り払った。先程の空手部員たちとは明らかに違うパワー。木暮は素早く後ろへ飛び退いた。
「何!?」
木暮の姿を見て、赤鬼は驚いたような声を上げた。その言葉は変身したためか、濁った発音になっている。だが、木暮は相手がたじろぐのを見逃さなかった。
──ボクを怖がっている!
木暮は嬉しくてたまらなかった。今まで、相手に蔑まされることはあっても、畏怖の対象として見られたことはない。これも力を得たからこそだ。
だが、相手もまた普通ではなかった。すぐに恐怖を打ち消してしまう。同じ化け物として引けを取らないと考えたのか。左半身を大きく引き、どっしりと構えた。
「お前が畑山たちをやったのか!? てめえ、ただじゃおかねえぞ!」
赤鬼が吼えた。その眼には凶暴な光が宿る。こういった修羅場を何度も経験しているのだろう、度胸が据わっていた。
木暮の方が堪えきれない感じで飛びかかった。負けてなるものかと自分を叱咤した。
二人はもつれるようにして地面を転がった。互いから野獣のごとき叫びが発せられる。
「ガアアアアッ!」
「ぎゃあああああああっ!」
最後に上になったのは木暮の方だった。赤鬼の顔面に渾身のパンチを放ちかける。
「うらあああああああっ!」
それを赤鬼は跳ねのけた。変身後の体格は木暮の方が勝っているはずなのに。木暮はひるんだ。
体が浮き上がった木暮の足に、赤鬼は蹴りを入れた。体がぐらりと揺れる。その間に赤鬼は態勢を整えていた。
ケンカの経験。それが木暮には不足していた。自分のパワーをどう扱っていいのかが分からない。それに対して、相手は空手部に所属していることもあって、実戦慣れしていた。
──クソッ!
木暮は認めたくなかった。念願の力を持った自分が、また誰かに屈することを。力があれば、すべて自分の思うがままに出来ると信じてきた。それを幻想として終わらせたくない。
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