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WILD BLOOD

第6話 スクープにご用心

−2−

「そんなに言うんならさ、アンタのことだ、当然、現場の写真は撮ってあるんだろ? 証拠の写真でもあれば、私も認めてやるぜ」
 晶に言われ、寧音<ねね>は一瞬、表情を凍りつかせた。カメラは寧音<ねね>が肌身離さず持っているものだ。もちろん、いついかなるときも特ダネのシャッターチャンスを逃さないためだが……。
 寧音<ねね>は少し迷いながら、机の下から封筒を取り出すと、中の写真を一枚、晶たちに見せた。それを見た晶とありすが、一様に眉をひそめる。
「何これ?」
 それはピントがぼけた写真だった。奥には毒々しい緑色が見える。そして手前に見えるのは人の頭だろうか。いずれにせよ、全体的にぶれてしまっており、何を撮ったのか判然としなかった。
「この緑色のが怪物さん?」
 ありすが指で示し、小首を傾げながら言った。さらに晶が目を凝らす。
「手前に写っているのは、誰かの頭……かな? にしても、これじゃ、何が何だか」
「倒れる瞬間にシャッターを切ったから、ぶれてしもうたんや。しかも、その後、ウチの大事なカメラ、壊れてしもうたし……」
 寧音<ねね>は弱々しく答えた。あの瞬間、A組の薫に押し倒されたのが口惜しい。もっとも、薫としてみれば、撮影に夢中で、飛んできた机にも気づかなかった寧音<ねね>を助けるための行動であって、悪気はないのだ。仕方がない。
 とはいえ、寧音<ねね>にとっては命よりも大事なカメラを壊してしまったことは、何よりも堪えていた。その相棒である寧音<ねね>のカメラは、現在、修理中だ。
「ちょっと待って〜ぇ」
 隣で晶の持っている写真をずっと見ていたありすが、突然、声を上げた。
「どうした、ありす?」
 ありすは首を曲げて、写真を横に見た。その動作につられて、隣の晶もマネをする。
「この人の頭、どこかで見たような気がするんだけど〜ぉ……」
 そう言われ、晶も手前に写っている頭のようなものをジッと見つめた。黒髪にところどころ茶色い色が混ざっていて、まるで虎縞模様だ。しばらく考えて、やがて晶が気がつく。
「これ、A組の……」
 ワンテンポ遅れて、ありすも分かったらしく、右腕を元気よく上げた。
「あっ! ありす、分かった〜ぁ! 歯がこ〜んなで、眼がこ〜んな人〜ぉ!」
 ありすはそう言うと、前歯をニッと出し、人差し指で眼を吊り上げた。本人のマネをしているつもりらしい。
「えーと、名前、なんつったっけ?」
 晶は思い出そうと眉間の辺りを叩いた。すると、寧音<ねね>がすかさず答えを明かす。
「仙月アキト」
 それは最近、一年A組のクラスに転校してきた男子生徒の名だった。
「あいつか? 確かにこんな髪の染め方をしているのは、あの男しかいないな」
 晶は納得するようにうなずいた。すると横でありすがふくれ面になる。
「ありす、あの人きら〜い! 前にすれ違ったとき、ヒッヒッヒッて変な笑い方して、じゅるじゅるってヨダレすすったの〜ぉ! まるでありすのこと食べちゃおうとするみたいによ〜ぉ! ありす、怖かった〜ぁ!」
「私もあいつにはムカついていたんだ! バスケの練習が終わった後、更衣室へ行く途中、クンクンって鼻を鳴らして人のそばに来たかと思ったら、『何だ、ペチャパイか』って言って、去って行きやがった! 今度会ったら、一度ぶん殴ってやる!」
 この二人に限らず、どうやらアキトは、全校の女子生徒たちから不興を被っているらしい。やれやれ。
 晶から写真を返してもらった寧音<ねね>は、それを見ながらメガネの奥を光らせた。
「やっぱり、直接、本人に問いただした方が早そうやね」
「ねねちゃん、怖〜い」
 笑みまで浮かべている寧音<ねね>を見て、ありすがおびえた。
「こうなったら、徹底マークしてやるわ!」
 寧音<ねね>は決心した。元々、事件の少し前から、何かと校内で問題を起こすアキトをマークしていたのだ。しかも、今回の事件とも無関係ではない。恐ろしい怪物相手に素手で立ち向かっていったアキトの姿が、寧音<ねね>の脳裏から離れることはなかった。きっと仙月アキトならば、何かを知っている。そう思うと、寧音<ねね>のジャーナリスト魂は燃え上がるのだった(笑)。
 だが、怜悧な声が寧音<ねね>を引き止めた。
「およしなさい」
 寧音<ねね>たちは、その声の主を見た。ありすの前の席に座っている髪の長い女子生徒だ。
 黒井ミサ。普段は物静かで、どこか神秘的な面を感じさせる美少女なのだが、近づきがたい雰囲気を持っており、“魔女”だとささやく者も少なくなかった。
「その男に関わると、あなたに災難が降りかかる。カードがそう教えてくれているわ」
 ミサは机の上にタロットカードを並べていた。一枚一枚、カードをめくっていく。
 その肩越しに覗き込んだのはありすだった。
「ホント〜ぉ? ミサちゃんの占い、当たるんだよね〜ぇ! ──ねねちゃん、ど〜する〜ぅ?」
 しかし、一度決めたことは行動せずにはいられないのが寧音<ねね>である。ミサの忠告など聞かず、すでに代用の使い捨てカメラを持って、廊下へすっ飛んでいた。晶がやれやれといった様子で肩をすくめる。
 ミサは特に何も反応を示さず、最後のカードをめくった。めくられたカードは、骸骨が描かれた図柄──「DEATH(死)」。それを無表情に見つめ、ミサは一言だけ呟いた。
「不吉だわ」
 と。

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