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雲一つない高い空がいっぱいに広がっていた。
焼けつくような夏の日差しから柔らかな秋の陽光になり、外で過ごすことが格段に気持ちよくなった季節。このすがすがしさを楽しめるのも、あと、ほんのわずかだろう。秋風はじきに肌寒くなる。
武藤つかさは、クラスメイトの仙月アキトと隣のクラスの大神憲と一緒に屋上へ出て、昼休みの弁当を食べていた。もっとも、家から祖母つばきの手作り弁当を持参しているのはつかさだけ。アキトと大神は購買部で買ってきたパンを口にしている。食べているすぐ横からアキトが弁当のおかずを狙っているので、つかさは弁当箱を隠すように食べているような有様だった。
「そう言えば、つかさ。昨日、オレを置いて、薫と一緒に帰っただろ? デートでもしたのか?」
隙あらばつかさの卵焼きをかすめ取ろうと眼を光らせながら、アキトは冷やかすように言った。これもつかさの気を逸らすための作戦らしい(苦笑)。
忍足薫<おしたり・かおる>は同じ一年A組のクラスメイトで、アイドル顔負けの美少女だ。しかし、その見かけに反して性格は男勝り。クラス委員を務めるように、面倒見のいい姉御肌で、つかさの保護者を自認しているようなところがあった。いつも姉弟のように一緒にいるつかさと薫を見れば、アキトでなくとも、二人の仲をからかいたくなる。
だが、つかさは予想外の反応を見せた。急に表情が暗く沈んだのだ。
「実は……アキトには黙っていたんだけど、昨日、木暮くんの見舞いに行ったんだ」
「青びょうたんの?」
アキトの言う“青びょうたん”とは、大神と同じ一年B組の木暮春紀<こぐれ・はるき>のことだ。
木暮はつい先日、巨大な怪物に変身し、校内で暴れ回るという事件を起こした。つかさの説得により、良心に目覚めた木暮は怪物との分離に成功したが、暴走した怪物からつかさを守ろうとして重傷を負ってしまったのである。それはつかさにとっては悔恨の出来事だった(「WILD BLOOD」の第5話を参照)。
「木暮くん、命に別状はないと言われているけど、あれからまだ意識が戻っていないんだ。昨日も行ってみたけど、面会できなかった……。木暮くんのお母さんがずっと付き添っているんだ。何だか疲れている様子だった」
つかさは自分を責めるように言った。
友達として木暮を守ると決意したばかりだった。それが自分の力不足で木暮を傷つけてしまったことが許せないのだ。
しかし、アキトは知っている。つかさに責任などないことを。あの怪物は、元々、木暮が生み出したものだ。どうして普通の人間である木暮が怪物を生み出したかまでは、さすがのアキトにも分からなかったが(真相は「WILD BLOOD」の第5話に)、いじめと虐待を受け続けていた木暮が周囲に対して、ただならぬ憎悪を抱いていたことは間違いない。今回の悲劇は、木暮自身が招いたものなのだ。
それでも、あのとき自分にもっと何かが出来たのではないかと引きずるのが、つかさらしいところであった。アキトは、それがつかさのいいところだとは認めながら、すべてを背負い込もうとする性格に歯がゆさも感じていまう。もう少し肩の力を抜いて生きられないものかと、つい思ってしまうのだ。
アキトに見舞いのことを黙っていたのも、余計な気を遣わせないようにしようとするつかさなりの配慮からだろう。しかし、それこそアキトにしてみれば、余計な気遣いだった。
アキトはつかさの弁当箱から素早く卵焼きをつまむと、口の中に放り込んだ。そして、言う。
「命に別状がねえなら大丈夫だ。お前はヤツが戻ってくるまで、待ってやるつもりなんだろ? それはヤツが帰ってくる居場所を作っていてやるってことだ。それでいいじゃねえか」
アキトはなるべく深刻にならないよう努めながら、つかさを元気づけようとした。
その言葉に、つかさは「そうだね」と、わずかながら明るさを取り戻してうなずいた。
「それにしても、兄貴の催眠術はうまくいきましたねえ」
大神が話題を変えるように、アキトを持ち上げた。すっかり舎弟が板に付いている。
「オレもあれだけの大人数に術をかけるのは初めてだったけどな」
そう言いながら、アゴをさするアキトの表情はまんざらでもなさそうだった。
木暮の事件で、学校中が大騒ぎになった。一年B組の教室を半壊させ、多くの生徒や教師たちに目撃されたのだから無理もない。さらに巨大な怪物を相手に素手で戦いを挑んだアキト。その人間離れしたパワーとスピードに、驚いた者は少なくなかっただろう。それもそのはず。アキトは見かけこそ普通の高校生──もとい、目つきの悪い不遜な少年に見えるが(苦笑)、その正体は千年以上もの時を生き続けている東洋系吸血鬼<ヴァンパイア>なのだ。
アキトが吸血鬼<ヴァンパイア>だと知れれば、学校ばかりでなく、日本中が──いや、世界中が衝撃を受けるだろう。それを防ぐためにも、事件の目撃者たちをどうにかする必要があった。
そこでアキトが用いたのは、大神の事件のとき(詳しくは「WILD BLOOD」第1話を参照)にも役立った催眠術だ。元来、吸血鬼<ヴァンパイア>は人間を魅了させる術を心得ている。獲物となる人間を外に誘い込んだり、操ったりするためのものだ。アキトは今回もそれを駆使し、事件に関する記憶を学校中の目撃者すべて──真相の近くにいた薫や二年生の待田沙也加<まちだ・さやか>も含め──、消してしまった。おかげで、多くの警察関係者やマスコミが駆けつけてきたにも関わらず、事件の真相はまったくの不明とされ、アキトの正体もまたバレずに済んだのである。
そしてそれは、木暮を助けることにもつながった。もし、学校を荒らし、空手部員たちを傷つけた怪物の正体が木暮と分かれば、退院できたとしても、警察の追求から逃れることは出来なかっただろう。そして、世間からは後ろ指をさされる。したがって、犯人が不明になったことにより、木暮の身の安全も守られたと言えた。
そう言う意味では、つかさも声には出さないものの、アキトに感謝していた。だからと言って、アキトに甘い顔をし、二つ目の卵焼きを取られるわけにはいかない。
「ダメ」
再び弁当箱へ手を伸ばしてきたアキトをぴしゃりと叩き、つかさは最後の一個である卵焼きを口の中に放り込んだ。
「この薄情者!」
アキトは卵焼きひとつごときで喚いた。そして、いきなりつかさへ襲いかかる。
「あ、アキト、何を!?」
「その口の中の卵焼き、口移しでオレによこせ!」
おバカなことをほざきつつ、アキトはキスを迫るようにつかさへ唇を近づけた。こらこら(苦笑)。
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