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つかさ間一髪、というところで、いきなりカメラのフラッシュがたかれた。アキトの気がそがれる。その隙をついて、つかさは思い切りアキトを突き飛ばした。
ゴツッ!
勢いあまって、アキトはコンクリートの床に後頭部を打ちつけた。さすがの吸血鬼<ヴァンパイア>も呻く。
「いてててて! ──コラ、イヌ! 何をしやがる!?」
アキトは当然、カメラのフラッシュをたいたのは、写真部に所属している大神だと思い込み、怒りの矛先を向けた。だが、大神は慌てて首を横に振る。確かに、その手にカメラはなかった。
「『濃厚キス! 一年A組のゲイ・カップル!』って、ところやね!」
見出しをつけながらニタニタと笑っているのは、メガネをかけた女子生徒だった。手にはフラッシュ付きの使い捨てカメラ。
「誰だ、おめえ?」
アキトはたんこぶが出来た後頭部をさすりながら、ぶっきらぼうに尋ねた。
「初めまして。ウチは一年C組で、新聞部の徳田寧音<ねね>や。A組の仙月アキトはんやね? 以後、お見知りおきを」
寧音<ねね>は自己紹介して、またニッと笑った。アキトは顔をしかめる。寧音<ねね>が何かをたくらんでいるのは明らかだった。
「で、オレに何か用か?」
アキトはストレートに切り出した。寧音<ねね>のメガネがキラリと光る。
「さすがは仙月はん。話が早いわ。実はあんさんに、先日の学校荒らしのことを聞こう思うてな」
寧音<ねね>の言葉に表情を変えたのは、アキトよりも、むしろつかさの方であった。思わず、動揺して、アキトを見てしまう。
だが、アキトの方はと言えば、平然としたものだった。眉ひとつ動かさない。
「オレはA組の人間だ。話を聞くなら、荒らされたB組の生徒の方がいいんじゃねえか? そこに一人いるぜ」
そう言って、アキトは大神へと促した。いきなり自分へ話を振られ、大神はおたつく。
「お、オレですか?」
しかし、寧音<ねね>の眼中には、最初からアキトしかなかった。
「それもええけど、怪物相手に戦ったあんさんの方が、面白い話、聞けそうやわ」
「!」
一気につかさと大神の緊張感が高まった。どうして彼女は、アキトが怪物と戦ったことを知っているのか。
だが、当のアキトは悠然と構えていた。
「怪物相手? 何だ、そりゃ?」
「とぼける気かいな。先日、B組の教室を荒らしていった緑色の怪物と戦ってたの、ウチはちゃ〜んと見ているんやで。──そう言えば、武藤はん。あんさんもおったな?」
「そ、それは……」
ウソをつけないつかさは、寧音<ねね>の追求にしどろもどろになった。だが、隣でいきなり、アキトが笑い飛ばす。
「ハッハッハッ! 見た見たって言うけどよ、そんな怪物が出たって話、他のヤツらから聞いたことねえぜ。新聞部だか何だか知らねえが、ねつ造記事はヤバいんじゃねえの?」
「何やて!」
ねつ造という言葉は聞きずてならなかった。寧音<ねね>がカッとなる。
「いつ、誰が、ねつ造記事なんか書いたんや! ウチは真実だけを追い求めるジャーナリストの端くれや! 死んでもそんな記事、書くかいな!」
「ほ〜う」
「仙月はん、あんさんこそ隠すとためにならんで。何なら、さっきの写真、『琳昭館月報』に載せてもええんやけど?」
寧音<ねね>は挑発するように、手に持っている使い捨てカメラを振って見せた。
慌てたのはつかさの方だ。さっきのアキトとキス寸前だった写真を『琳昭館月報』に掲載されては、全校生徒がそれを目にすることになる。特に、つかさあこがれの先輩、待田沙也加に見られでもしたら、二度と顔を合わせられない。
つかさは寧音<ねね>にやめるよう、カメラに手を伸ばした。しかし、その背後から、いきなり腕が伸びて、つかさの首に回る。アキトの仕業だ。つかさはアキトに抱き留められるような格好になった。
「掲載、大いに結構! これでつかさとの仲が校内公認になれば、オレも嬉しいぜ!」
アキトは嬉々として喜んだ。多分、本気だ。つかさは青くなって、手足をバタバタさせる。だが、アキトの腕から逃れることは出来なかった。
そんな二人を見て、寧音<ねね>は苦々しげな表情を作った。
「どうやら、脅しは利かへんようやな。まあ、ええわ。そのうち、あんさんの尻尾、絶対につかんでみせるさかい」
寧音<ねね>はそう言うと、意外にあっさりと引き下がった。そして、屋上から去っていく。
寧音<ねね>がいなくなってから、大神が血相を変えたように、アキトに向き直った。
「兄貴、ヤバくないですか?」
「そうだよ。そもそも、催眠術でみんなの記憶を消したんじゃなかったの?」
つかさもアキトの腕から逃れようともがきながら、事態の深刻さを口にした。
ところが、当のアキトはケロッとしたもので、
「まあ、催眠術も万能じゃねえからな」
と吐露した。
それじゃ困ると、つかさが慌てる。
「薫や待田先輩にも術をかけているんだよ! 大丈夫なの?」
アキトが吸血鬼<ヴァンパイア>だと知っているのは、今ここにいる三人だけ──と彼らは思っている。それを寧音<ねね>は探ろうとしているのだ。他にも催眠術が効いていない者が、同様にいるかも知れない。となれば、事件の記憶をそのまま持っているということになる。
アキトもその辺を否定しなかった。
「催眠術は相手に心の隙がないと、なかなかかかりづらいんだよ。今のメガネの場合、いっつも世の中を疑った目で見てるんじゃねえか? そういうヤツの心は、つけ込むのが難しいのさ」
「じゃあ、どうすんの!?」
アキトよりもつかさの方がハラハラしている感じだった。
「まあ、なるようになるしかねえだろ。──心配すんな。オレが生き血をすすっている現場でも押さえられない限り、吸血鬼<ヴァンパイア>だっていう正体がバレることはねえだろうよ」
以前、アキトは人々がイメージしている吸血鬼<ヴァンパイア>とは違い、頻繁に生き血を吸うようなことはないと言っていたが、アキト自身、自制心の欠片もない感じで、本当に自重できるのか、つかさは不安で一杯だった。
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