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それは言うまでもなくアキトのことだった。隣には、どこかで待ち合わせをしたのか、つかさも並んで歩いている。二人は何事かを会話しており、今のところ、寧音<ねね>たちに気づいた様子はない。
「よっしゃ! 作戦開始やで!」
そう言うと、寧音<ねね>は足下にあった物体を手に取った。
「マジでやるのか?」
晶がイヤそうな顔で、もう一度、寧音<ねね>に尋ねる。
「当たり前や! ここで引き下がってどないすんねん?」
「でもさ……」
晶はあらためて、爪先から頭のてっぺんまで、寧音<ねね>の姿を見てみた。
寧音<ねね>は制服ではなく、緑色をした恐竜(怪獣?)の着ぐるみを着ていた。しかも手にしているのは、自前で緑色に染めたウシの着ぐるみの頭の部分である。その姿はとても滑稽だ。しかも目立つ。
しかし、これこそ、寧音<ねね>がこの作戦実行のために借りてきたものだった。
「アンタ、怪物は山羊みたいだって言わなかったっけか?」
晶はムダとは思いつつ、疑問を口にする。
しかし、寧音<ねね>は平然としたものだ。
「ええんや、ええんや、角さえはえてれば。ほんの一瞬、ちょっと前へ出てって、どんな反応を示すのか見るだけやから。仙月はんが怪物のことを知っとれば、きっと何らかのリアクションをするはずやろ? それがウチの狙いなんや」
確かに、そのマヌケな着ぐるみを見れば、誰でも反応するだろうが(苦笑)。
「早くしないと行っちゃうよ〜ぉ」
二人のやりとりの間に、アキトから目を離さなかったありすが、セリフに反してトロい口調で言う。
「よっしゃ! 行ってくるわ!」
寧音<ねね>はウシの頭をかぶった。これで本人は怪物になりすましたつもりだ。
アキトの前に怪物の姿で現れるというアイデア自体は悪くないが、こんな着ぐるみでどこまでリアリティが出せるのか。そもそも頭の部分は手塗りのため、体の緑色と一致していないし、頭と身体のバランスも最悪だ。
それでも寧音<ねね>は怪物もどきの格好のまま、アキトの目の前に立ちふさがろうと、ワゴン車の陰から飛び出した。幸い、アキトたちは会話に気を取られていて、まだ寧音<ねね>の方に気づいていない。
しかし──
「うわっ! とっとっとっとっ!」
着ぐるみの姿で走ったのがいけなかった。足が大きく、股下が短いため、寧音<ねね>は道路を半分渡ったところで足がもつれた。慌てて体勢を立て直そうとするが、重たい着ぐるみを着ていては、それも難しい。
どてっ!
寧音<ねね>の身体は、無様に正門の前に転がった。
それを見ていた晶とありすは、あっちゃ〜、と顔を覆う。
さすがのアキトとつかさも、目の前に大きな緑色の物体が飛び込んできて、一瞬、びっくりした。が、それが着ぐるみだと分かると、唖然としてしまう。
「何だ、こりゃ?」
「さ、さあ?」
「カエルか?」
「……色はそうだけど、全然、違うんじゃない? 第一、カエルに尻尾ないし」
アキトの問いに、つかさは肩をすくめるしかなかった。
一方、着ぐるみを着た寧音<ねね>は起きあがろうともがくが、とても一人では立ち上がれない。ただ、手足をバタバタさせるだけだ。
「おい、こんなのほっといて、中に入ろうぜ」
「う、うん」
つかさは、助け起こさないでも大丈夫かな、と心配そうだったが、アキトに促され、校門をくぐった。続いて他の生徒たちも、地面でジタバタしている怪獣のような、ウシのような着ぐるみに一瞥を向け、失笑を漏らすものの、次々と中へと入っていく。
「だ、誰か助けて〜な!」
寧音<ねね>は必死に助けを呼んだが、着ぐるみをかぶっているせいで声がくぐもってしまい、通りがかりの生徒たちには聞こえなかった。
作戦は見事に失敗。その有様を見て、晶とありすは絶句するしかなかった。一人、冷静なのはミサだけだ。
「ね、私の言ったとおりでしょ? あの男に関わると、ろくなことがないわ。いえ、今以上に危険な災いが降りかかるかも。あなたたちも、もう一度、徳田さんを説得した方がいいわ」
ミサの言葉に、晶とありすはゴクリと喉を鳴らした。どちらかというと、寧音<ねね>に降りかかる災いよりも、それを言い当てるミサの方が怖い。
そんな二人に構わず、ミサは校門へと歩き出した。校舎から予鈴のチャイムが聞こえてくる。
校門のところで突っ伏したままの寧音<ねね>は、通りがかった数人の小学生に笑い者にされながら、手に持った枝の先でツンツンとつつかれていた。
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