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「ど、どうしたんですか?」
すっかり寧音<ねね>だとは知らないつかさが、心配そうな声で尋ねた。寧音<ねね>はしゃがれた声で、
「じ、持病の癪が……」
と、さらにうめく。古典的な芝居だ(苦笑)。
「どうしよう、アキト。救急車、呼んだ方がいいかな?」
つかさはアキトに相談した。
その言葉に、寧音<ねね>は少し慌てた。そんなことをされては大変だ。
「ど、どこかのベンチで休めれば、おさまると思うのじゃが……」
「じゃあ、この先の駅前にベンチがあるから、そこまでお連れします」
つかさはそう言うと、寧音<ねね>に背中を見せて、しゃがんだ。おんぶしようと言うのだろう。一方、アキトは病気の年寄りを見ても何も感じないのか、面白くなさそうな顔で突っ立っているだけだ。
寧音<ねね>はアキトを見上げた。
「どうせなら、そちらのお兄さんにお願いできないかの?」
「は? オレが?」
さもイヤそうな顔をするアキト。しかし、クラスの中でも背の低いつかさよりは、確かにアキトの方が長身で、頼りになりそうだ。
「アキト、頼むよ」
つかさは吸血鬼<ヴァンパイア>の友人に頼み込んだ。つかさとしてみれば、祖母つばきと二人暮らしのため、他人事とは思えないのだろう。
アキトもそれを分かってか、ひとつ大きなため息をつくと、つかさの代わりに背中を貸した。
「ほらよ」
「かたじけないのう」
寧音<ねね>は感謝すると、よいこらせと、アキトの背中におぶさった。
(くっくっくっ、作戦成功!)
まずは第一段階をクリアし、寧音<ねね>は内心、ほくそ笑んだ。
ほどなくして、信号が青になり、寧音<ねね>を背負ったアキトとつかさは、横断歩道を渡り始めた。
ところが──
さわさわ
道路を半ばまで渡ったところで、突然、アキトの手が、背負っている寧音<ねね>のヒップを撫で回し始めた。いきなりのことに、さすがの寧音<ねね>も悲鳴を上げる。
「キャーッ!」
それはとても腰が曲がったおばあさんの悲鳴ではなく、うら若き乙女のものだった。
びっくりして二人が振り返るのも構わず、寧音<ねね>はアキトの背中から飛び降りた。
「な、何すんねん!」
赤面し、思わず関西弁で口走った寧音<ねね>。慌てて口を押さえたが、もう遅い。しかも、飛び降りた拍子に、カツラまで脱げてしまっていた。
「あっ!」
街角で助けたおばあさんの正体が、新聞部の徳田寧音<ねね>だと分かり、アキトとつかさが同時に声を上げた。
マズい、と思った寧音<ねね>は、きびすを返して逃げようとした。そこへ──
ブォーン!
トラックの大きなホーン・クラクションが、寧音<ねね>の身を硬直させた。ちょうど右折してきた大型トラックが寧音<ねね>の眼前に迫る。いきなり、寧音<ねね>が横断歩道を戻りだしたので、運転手の反応が遅れたのだ。
「キャーッ!」
「バカ野郎!」
次の瞬間、寧音<ねね>の襟元が強い力で引かれた。その数瞬後、寧音<ねね>の目の前を視界いっぱいの大型トラックが通過する。寿命が縮む思いがした。
間一髪のところを助けたのはアキトだった。もし、アキトが引き戻さなかったら、今頃、寧音<ねね>は大型トラックに跳ねられていただろう。最悪の場合、ペシャンコだ。
大型トラックはサイドミラーで寧音<ねね>の無事を確認したのか、黒い排気ガスを撒き散らしながら、そのまま走り去っていった。
一方、横断歩道の上に引き倒される格好になった寧音<ねね>は、歯の根を鳴らして、ガタガタと震えた。
「アキト!」
緊張に固くなっていた表情を崩して、つかさは寧音<ねね>の危機を救ったアキトに笑顔を見せた。アキトもそれにウインクで返す。
「──それにしても、コイツ」
アキトは震え上がっている寧音<ねね>を見下ろした。寧音<ねね>がそれに気づく。
「ひいいいいっ!」
まるで化け物でも見たかのように寧音<ねね>は驚くと、尻餅の格好から器用に手足を動かして、クモか何かのようにバックした。そして、もう一度、アキトを凝視してから、今度は立ち上がって、学校の方へと逃げ出していった。
「何だよ、ありゃ?」
「さ、さあ?」
呆れるアキトに、つかさも冷や汗を流しながら、首を傾げて見せるしかなかった。
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