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結果、三戦全敗。
「はあ〜っ……」
寧音<ねね>は深いため息をつきながら、足取りも重く、駅から自宅への帰路に着いていた。
外はすっかり日が暮れてしまい、時計の針は夜九時半を回っている。変装作戦が失敗した後、寧音<ねね>は約束通り、ファミレスで晶とありすにおごるはめになった。二人の食欲は旺盛で、予想以上の出費──寧音<ねね>本人も、黙って眺めているわけにもいかないので、もちろん、食べたわけだが──をしてしまい、かなり財布が軽くなっている。もし、アキトからスクープをモノに出来ていれば、快く支払えたのだろうが、何の成果もなしでは、ただの散財だ。
その後、来月の月報用に、寧音<ねね>が担当している記事の原稿や写真の現像をしていたら、すっかり遅くなってしまい、今し方、当直の先生に見つかって学校を追い出されてきたところである。寧音<ねね>がほとほと疲れているのも無理はなかった。
明日はどうしようか。寧音<ねね>はぼんやりと考えた。ここまで見事にアキトへの追求が失敗すると、さすがの寧音<ねね>も気落ちして、これ以上、取材をしようという気力が湧かない。いっそ、あきらめようかとも思う。どうせ、寧音<ねね>以外の誰も、一年B組の教室に怪物が出現したことを憶えてもいなければ、信じてもいないのだ。何だか、自分のやっていることが虚しく思えてくる。
そんなことを考えている寧音<ねね>が、もう一度、ため息をついてところで、携帯電話に着信が入った。
「もしもし?」
寧音<ねね>は誰からの電話かも確認せずに応答した。すると──
『不吉だわ』
「うわあああああっ!」
聞こえてきた陰気な声に、寧音<ねね>は思わず悲鳴を上げ、携帯電話を落としそうになった。改めて、着信表示を見る。数時間前、新規登録したばかりの『黒井ミサ』からだった。
「ミサはんかいな! 毎度毎度、びっくりさせなはんな!」
寧音<ねね>は周囲の目を気にしながら、ミサに抗議した。時間帯的に昼間ほどの通行人はいないが、勤め帰りらしい人々が寧音<ねね>のオーバーなリアクションを見て、振り返っていく。寧音<ねね>は恥ずかしくなって、顔を赤らめた。
しかし、電話をかけてきたミサは悪びれた様子もなく、
『徳田さん。あなたに危険が迫っている。今すぐ、そこを離れた方がいいわ』
と、冷静に告げた。内容的には、もっと慌てた様子であってもいいはずだが、相変わらずミサの口調は変わらない。
それを聞いた寧音<ねね>は、胡散臭そうに眉をひそめた。
「危険、ねえ」
周囲は駅前から住宅地へ通じる、小さな商店街の通りだ。今は店のほとんどが閉まっており、コンビニやパチンコ屋、そしていくつかの飲食店がやっているだけ。そこを駅から自宅へと勤め帰りの人々がぱらぱらと徒歩や自転車で流れている。普段と変わらぬ光景。外灯の明かりも煌々と照らされており、どこに危険が潜んでいるのか、寧音<ねね>はさっぱり分からなかった。
「どんな危険か分かるなら、それも教えてくれへんか?」
寧音<ねね>は立ち止まって、周囲に目を配りながら、ミサに尋ねた。
『残念ながら、私の占いでも、そこまでは分からないわ。でも、今いる場所が危険だということは確かよ。すぐにそこから離れた方がいいわ』
「ふ〜ん」
頭上から看板でも落ちてくるのかと、寧音<ねね>は上を見上げながら、生返事を返した。それとも凄腕のスナイパーに狙われているとでも言うのだろうか。まさか。
「まあ、夜も遅いし、ウチ、このまま真っ直ぐ寄り道もせんと帰るから心配いらへん。おおきにな、ミサはん。わざわざ知らせてくれて」
半分も感謝する気持ちがないくせに、寧音<ねね>は礼を言った。
『本当に真っ直ぐ帰るのね?』
ミサは念を押した。
「帰る、帰る。わき目もふらず、一目散や。ほな、また明日」
寧音<ねね>はかったるそうに言うと、電話を切った。
だが、その表情が、ふと真顔になる。
「待てよ? いつもいつも、ミサはんがウチに忠告してくるときは──」
寧音<ねね>は今日一日を振り返って考えた。そして、アッと声を上げ、もう一度、周囲を見渡す。今度は真剣に、そして目に入るすべてのものを一つ一つ確認するかのように。
ほどなくして──
「ビンゴ!」
寧音<ねね>は舌なめずりをした。その顔は、先程までの疲れ切ったようなものではなく、生気を取り戻したものに変わり、メガネの奥の目は獲物を狙う狩人のように鋭くなる。そして、にたりと笑った。
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