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「どうやら、ツキはまだウチにあったようや」
その寧音<ねね>の視線の先にあったもの──それは一軒のコンビニエンス・ストアだった。多くのコンビニ店舗がそうであるように、ガラス張りになっていて、店内が透けて見える。その雑誌コーナーに見覚えのある人物が立っていた。アキトだ。
くっくっ、と寧音<ねね>は邪な笑みを漏らすと、足音を忍ばせるようにして、アキトがいるコンビニに近づいた。
アキトは制服姿ではなく、赤いシャツに黒っぽいジーパン姿だった。コンビニで立ち読みしているところを見ると、意外とこの近くに住んでいるのかも知れない。
そのアキトが読んでいるのは、成人向けのエッチなグラビア雑誌だった。あまり、高校生が読む物としていかがかと思う(その前に立ち読み自体いけません)。しかし、お陰で寧音<ねね>の存在には気づいていないらしい。
寧音<ねね>はスカートのポケットから使い捨てカメラを取り出した。先程まで、すっかりしょげていたというのに、いざターゲットを目の前にすると再び闘志が湧いてくる寧音<ねね>は、骨の髄までジャーナリスト根性が染み込んでいるようだ。
アキトに見つからないよう、一旦、コンビニの入口横に背中をつけると、気持ちを落ち着けるように、ひとつ深呼吸をした。そして、犯人の隠れ家に踏み込む刑事ドラマの主人公のごとく、自動ドアが開ききらないうちに身を滑り込ませ、入ってすぐの通路に設けられた雑誌コーナーに使い捨てカメラを向けた。まだ、アキトは油断している。
「もろうた!」
寧音<ねね>が歓喜して、声を上げた瞬間である。いきなり背後から、寧音<ねね>の首に腕が回わされ、身動きがとれなくなった。
「へ?」
何が起こったのか分からず、呆気にとられる寧音<ねね>。
「動くな!」
男の恫喝する声が耳元に響いた。寧音<ねね>の目の前には、大振りなナイフが突き出される。寧音<ねね>は、ひっ、と短い悲鳴を上げた。
怖々といった様子で、寧音<ねね>はゆっくりと後ろを振り返ってみた。寧音<ねね>を後ろから押さえているのは、フルフェイスのヘルメットをかぶった人物だった。寧音<ねね>よりも頭ひとつ分高い。顔はヘルメットのバイザーが真っ黒なため、見ることは出来なかった。
寧音<ねね>はアキトに気を取られていて気づかなかったが、コンビニに入るとき、男はその後ろにくっついてくるようにして入店してきたのだ。そして、寧音<ねね>が立ち止まった瞬間、突然、後ろから捉え、ナイフを突き出したのだった。
「金を出せ!」
男はレジにいる男性アルバイトに命じた。これでコンビニ強盗だと確定する。そして、寧音<ねね>を引きずるようにして、レジへと近づいた。
さすがのアキトもその騒ぎに気づいたが、ヘルメットの男に捕まっているのが寧音<ねね>だと分かったようで、意外な顔をして見送っていた。
レジの男性アルバイトは、警報ボタンを押そうとカウンターの下に手を伸ばしかけた。だが、コンビニ強盗はそれを鋭く見咎めたらしく、さらに寧音<ねね>の顔へナイフを近づけて見せる。
「おい! 妙なマネはするな! サツなんか呼びやがったら、この女の顔に傷がつくぜ!」
その脅し文句に、男性アルバイトの動きが止まった。相手の顔が見えない分、隙を窺うことが難しい。伸ばしかけていた手を引っ込めた。
「さあ、早くレジの金を出せ! 紙幣だけでいい!」
男はそう言って、一度、店内を振り返った。
コンビニにいた客はアキトを含めて四名。アキトと同じく雑誌コーナーで立ち読みをしていた若いサラリーマン風の男、レジに並ぼうとしていた勤め帰りらしいOL、そして、冷蔵庫の扉を開けたまま硬直している薄汚れた作業服姿の中年男性。皆、この状況に対し、どうしていいのか分からず、ただ立ち尽くしていた。
「お前らも動くなよ!」
コンビニ強盗は店内の客たちにも警告した。さらに寧音<ねね>が、
「ご、後生やから、動かんといてな」
と震える声で懇願する。人質にまで念を押されては動くわけにもいかない。──ただ一人を除いて。
いきなり、アキトが出口の方へと動いた。まるで何事もなかったかのように、寧音<ねね>たちの方も見ず。
「おい、待て! 待てってんだ、この野郎!」
すました顔で行きかけるアキトをコンビニ強盗が見逃すはずがなかった。それでもアキトは無視するかのように出て行こうとする。
「待たんかい、ボケ!」
思わず罵声を浴びせたのは寧音<ねね>だった。今の一瞬だけ、目の前のナイフのことも忘れて大きな声を出す。同級生を見捨てようとするその態度が腹立たしかった。
さすがのアキトも、それを耳にして立ち止まった。
「何だよ、オレは関係ないだろ?」
いけしゃあしゃあとアキトは言ってのけた。寧音<ねね>たちには背中を向けたまま。
「サツを呼ばれちゃ困るってんだよ!」
コンビニ強盗は苛立つように言った。明らかにアキトの態度はナメている。寧音<ねね>も黙っちゃいなかった。
「ウチを見捨てる気かいな! この薄情モン! 死んだら化けて出たるでー!」
それに対し、アキトは鼻で笑った。
「知ったことか。むしろ、オレの回りを嗅ぎ回るヤツがいなくなれば、せいせいすらあ」
「ひ、ひっ、ひっ、人でなしー!」
寧音<ねね>は歯をむき出しにして呪った。もっとも、確かにアキトは人間ではないのだが。
「じゃあな、あばよ」
アキトは平然とコンビニから出て行こうとした。だが、それを強盗が許すはずがない。
「ふざけるな!」
「キャーッ!」
強盗の怒号と寧音<ねね>の悲鳴が重なった。強盗がアキトの方へ寧音<ねね>を突き飛ばしたのだ。
アキトは振り返り、寧音<ねね>を抱き留めた。その背後から強盗がナイフを手に襲いかかってくる。寧音<ねね>の体をアキトに預けさせ、動きを封じようといううまい手段だ。
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