←前頁]  [RED文庫]  [「WILD BLOOD」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→



WILD BLOOD

第6話 スクープにご用心

−13−

「脚をしっかり伸ばしてろ!」
 とっさにアキトが命じた言葉の意味を寧音<ねね>は理解できなかったが、反射的に脚に意識が集中した。
 するとアキトは寧音<ねね>の背中と膝の裏に手を回し、素早く抱え上げた。まるで新郎が花嫁を抱え上げるような格好だ。寧音<ねね>は、突然、宙に浮くような感覚を味わい、驚く。だが、アキトはさらにその場で一回転すると、寧音<ねね>の体を爪先から放り投げるようにした。
「!」
 そこへ突進してきた強盗はたまらない。待ってましたとばかりに、ちょうど寧音<ねね>がドロップキックを浴びせる形になる。寧音<ねね>のキックは強烈に、強盗の胸元を直撃した。
「ぐえっ!」
 声にならない苦鳴。強盗の身体は後方へ弾き飛ばされた。そのまま仰向けの格好で床を滑り、頭から陳列棚に突っ込む。
 ガッ! ドサドサドサーッ!
 その衝撃で、おにぎりがこぼれるように落下した。
 アキトが握っていた寧音<ねね>の腕を強く引くと、放り出された体は引き戻され、自然に着地することが出来た。アキトに抱き留められながら、寧音<ねね>は信じられないといった様子で、床に転がったコンビニ強盗を見る。アキトと寧音<ねね>によるコンビネーション・アタック。アキトの助けがあったとは言え、ここまで見事に決まるとは思わなかった。
「『お手柄女子高生、コンビニ強盗を撃退!』ってところか? ご活躍だな」
 アキトはからかうように言った。それでようやく、寧音<ねね>は我に返る。
「な、何言うてんねん! あんさんがムチャしよったからやないか!」
 寧音<ねね>はアキトに抗議した。一歩間違えれば、大ケガをしていた可能性もある。
 だが、アキトは取り合わなかった。
「まあまあ、うまく撃退できたんだからいいじゃねえか」
「人を何だと思うてんねん? 人の体、勝手に振り回して!」
「武器の代わり──と言いたいが、それにしちゃあ重かったしな」
「何やて!」
「──!」
 小馬鹿にするアキトに、寧音<ねね>が拳を振り上げた瞬間だった。陳列棚に突っ込んだはずのコンビニ強盗が、むくりと起き上がったのだ。どうやらヘルメットをかぶっていたお陰で、あまりダメージがなかったらしい。
 手には相変わらず凶器のナイフ。寧音<ねね>は背中を向けているので、すぐには気づかない。だが、アキトの目が見開かれたのを見て、何かを察知する。
「どいてろ!」
 寧音<ねね>が後ろを振り向くよりも早く、アキトが押しのけるようにした。カウンターに吹っ飛ばされる寧音<ねね>。それでも何が起こったのかを見ようと、寧音<ねね>はアキトの方を振り返った。
「死ね!」
 コンビニ強盗は短く叫びながら、体ごとアキトにぶつかっていった。寧音<ねね>の位置から見ると、強盗が手にするナイフは、一瞬、アキトの体で見えなくなり、再び背中の辺りから現れる。
「キャーッ!」
 寧音<ねね>は悲鳴を上げた。ナイフがアキトの体を貫いたと思ったからだ。だが──
「へっ!」
 アキトは笑った。余裕というのとは違う。まるで楽しんでいるかのようだ。白い歯をこぼしたときに見えた八重歯が──本当は吸血鬼<ヴァンパイア>の乱杭歯なのだが──、なぜか寧音<ねね>の背筋を寒くさせた。
 アキトの体を貫いたと見えたナイフは、寧音<ねね>の錯覚に過ぎなかった。ナイフが突き出された一瞬、アキトは紙一重で交わし、コンビニ強盗の腕を左脇に挟み込んだのである。
 コンビニ強盗は腕を抜こうとしたが、ガッチリと固められていた。逃げられない。
「少し大人しくしてな!」
 アキトは強盗を押さえているのとは反対の右腕を振り上げると、その首筋へ手刀を叩き込んだ。その威力たるや、一瞬、コンビニ強盗は動きを硬直させると、そのままその場に倒れ込んでしまった。
 やっと店内の緊張感が解けたようだった。寧音<ねね>を初めとして、アルバイトの店員や客たちが、ホッとしたように大きく息をつく。一人、アキトだけが平然と肩をすくめた。そして、寧音<ねね>の方を見て、ニヤリと笑う。
「これでお前を二度も救ってやったな。──いや、夕方、交差点でも助けたから、三度目か」
「な、何や? 何が言いたいねん?」
 たじろぐ寧音<ねね>に、アキトはずいっと迫った。
「な〜に、話は簡単さ。ちょっとばかり礼をしてもらっても罰は当たんねえだろ」
 アキトの笑みは、益々、邪悪さを増していた。

<次頁へ>


←前頁]  [RED文庫]  [「WILD BLOOD」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→