←前頁]  [RED文庫]  [「WILD BLOOD」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→



WILD BLOOD

第7話 ともだち以上、コイビト未満

−4−

 西城駅は、都心からはやや外れているものの、駅を隔てて大型百貨店が二つそびえ立つ都内有数の繁華街だ。南口は昔ながらの商店街が並び、バス通りに沿って賑わっている。一方、北口はここ五、六年くらいの間に次々と大型量販店が進出し、それまではあまり見受けられなかった若者を中心とした新しい顧客の獲得に成功していた。つかさたちの住む町から一番近いという利便性もあり、買い物と言えば、ここで済ますのがほとんどだ。
 西城駅に到着したつかさと薫は、北口と南口の二手に分かれて、飛田龍之介の本を探した。
 ところが、どの書店を回っても、絶版ということもあってか、目的のものを手に入れることは出来なかった。店員に尋ねても、出版社自体が潰れてまっているので、入荷が難しいと言う。終いには古本屋を回ってみてはどうかとアドバイスされた。
 その南口の古本屋を回ったのは薫だ。しかし、こちらもはかばかしい成果を上げられなかった。どうやら元々の発行部数自体が少ないらしく、本そのものが幻のようなものらしい。南口にある三件すべてを覗いてみたが、無駄骨に終わった。
「やれやれ」
 嘆息をつきながら、薫は駅前に戻った。一時間したら、つかさと落ち合う約束である。きっと、つかさも見つけられなかっただろうと思いながら、バス・ターミナルの信号を渡った。
 普段であれば、あまり背の高くないつかさを、大勢の人たちで混み合う中から見つけるのは容易いことではない。だが、この日だけは違った。
「少しの時間で済みますから」
「いや、ボクはその……」
 つかさは路上で、怪しげな男に捕まっていた。男は年の頃、二十代半ばくらい。背広を着て、髪も短く切りそろえられているが、手には何かのパンフレットを持ち、見るからに口八丁手八丁の輩だ。馴れ馴れしく話しかけては、逃げようとするつかさの行く手に回り込んでくる。
「あのバカ」
 薫は早足でそちらに近づくと、男には目もくれず、つかさの手を取った。
「あっ、薫」
 救いの主が現れ、つかさはホッとしたような顔をした。
「ほら、行くよ」
 薫はつかさの手を引いて、駅の方へと歩き出した。
 だが、男の方も簡単には引き下がらない。
「ああ、もうちょっと私の話を──」
「結構です!」
 凄みを利かせた目で振り返り、薫はピシャリと言い放った。相手も職業柄、引き際をわきまえているのだろう。薫の迫力にたじろぎながら、それ以上は追いかけてこなかった。
 薫はそのまま駅構内まで、つかさを引っ張っていった。大股で歩く薫の速さに、つかさは足がもつれそうになる。
「あ、ありがとう、薫。助かったよ」
 礼を述べるつかさに、立ち止まった薫は剣呑な目を向けた。
「まったく! ぼーっとしているから、あんな変なのに引っかかるのよ! もう子供じゃないんだから、しっかりしてよ!」
 薫はまるで子供を叱るみたいに、つかさに強く言った。つかさはしゅんとなる。
「でも、向こうも仕事なんだし、無碍に断るのも悪いかなあって思って……」
「だから、つかさはお人好しなのよ! そうやって、タチの悪いキャッチセールスに引っかかったら、どうするつもり!?」
 人が良いどころか良すぎるつかさに、薫は諭した。
「でも、何かの販売とかじゃなかったよ……」
 つかさの弱々しい抵抗。
「じゃあ、何?」
「それは……」
 言い淀むつかさ。
「それは?」
「つまり……その……芸能界でデビューしてみないか、だって」
 力なく笑うつかさの言葉に、薫は目を丸くした。そして、つくづく、この自己主張の欠片もないクラスメイトの顔を眺める。
「芸能界ぃ? デビューぅ?」
 薫はそう繰り返して、さっき男がいた方向を振り返った。かなり歩いてきたので、もう姿は見えない。
「ジョニーズかなんかのスカウト?」
 薫は男性アイドルグループを多く輩出している芸能プロダクションの名前を挙げた。
 すると、つかさは首を横に振る。
「ううん、ホシプロとかなんとか。キミなら売れっ子の女性アイドルになれるって言われた……」
 恥ずかしそうに言うつかさに対し、薫は唖然とし、そのあと吹き出してしまった。
「じょ、じょ、女性アイドル!?」
 薫は笑いを懸命に堪えようとしたが堪えきれず、思わず身体を二つに折った。学校で女の子とからかわれるのに馴れているはずのつかさも、さすがにふくれっ面を作る。
「そんなに笑うことないだろ」
 いつもは、つかさがクラスの男子にからかわれると味方してくれるのだが、今、それを面白がっているのは薫だ。つかさは少し傷ついた。
「ごめん、ごめん! だってさあ」
 薫もつかさに悪いとは思っているのだが、どうしても笑いが込み上げてしまうのだった。何とか落ち着いて、つかさに謝る。
「それで、つかさは何て答えたの?」
「もちろん、ボクは男ですって否定しようと思ったよ。でも、そこへ薫がやって来て……」
「結局、さっきの人は誤解したままなのね?」
「うん、まあ……」
「ハッキリ言えばいいのに。グズグズしてるから、どんどん相手に押し切られちゃうのよ。男なんだから、言うべきことはちゃんと言う! いい?」
 出た、薫の十八番、「男なんだから」というつかさへの叱咤。それはつかさにだって分かっている。直そうとも思っているが、なかなか気弱な性格がそうさせてはくれない。簡単に出来るのであれば、苦労はないのだ。
 それでも、いつもの薫に戻ったことは歓迎すべきことだった。生け花の失敗で、少し滅入っているのかと思ったが、この分なら安心である。つかさは買い物に誘った甲斐があったと、ホッとした。
「あら?」
 そんな二人に向かって、改札口から一人の女性が近づいてきた。その女性に気づいた途端、つかさの脈拍が、突然、早くなる。顔が火照って、手の平に汗をかいた。
「ま、待田先輩」
 それはつかさのあこがれのひと、琳昭館高校二年、待田沙也加<まちだ・さやか>だった。
 沙也加は白のワンピースに、ふわりとした感じのボンネット帽という出で立ちだった。つかさは制服姿の沙也加しか見たことがなかったが、白でまとめられた大人しめのファッションは、清楚な彼女にとてもふさわしく見える。まるで美しい絵画から抜け出してきたようだと、つかさは見取れた。
 そんなつかさに、沙也加は微笑む。
「武藤くん、だったわよね?」
「は、はい!」
 つかさは顔を赤らめながら答えた。沙也加が自分の名前を憶えてくれたことに対し、有頂天になる。
「お隣は……確か、武藤くんと保健室で一緒だった──」
「一年A組の忍足薫です」
 薫は沙也加に会釈した。沙也加が笑みをこぼす。
「ああ、忍足さんって、あの剣道で有名な」
「いえ、そんな。有名だなんて」
 薫は謙遜した。
「今日はお二人でデート?」
「え?」
 沙也加に言われ、つかさと薫はフリーズした。そして、沙也加の視線が二人の手に注がれていると気づく。先程から薫がつかさの手を引いたままの状態で、どうやら沙也加には二人が手をつないでいると見えたようだ。
「ち、違います!」
 二人は同時に強く否定し、慌てて手を離した。
 そんな二人を見て、沙也加はおかしそうに笑う。
「まあ、そんなに照れるなんて。別に隠すことなんてないわ。とってもお似合いだと思うわよ」
 沙也加は完全に誤解しているようだった。二人はブンブンと首を振って、違うとアピールする。
「いや、ボクたちはただ一緒に買い物をしに来ただけで──」
「デートだなんて、そんなことは絶対に有り得ないわけで──」
 だが、沙也加は二人の照れ隠しだと勝手に断じ、北口の方へと歩き出した。
「それじゃ、また学校で会いましょう」
 二人の弁解など聞かず、沙也加は行ってしまった。
 特にショックなのはつかさだった。右手を沙也加が去って行った方向に伸ばしたまま、泣きそうな顔になっている。
「ああ、待田先輩……」
「所詮は高嶺の花なんじゃないの?」
 打ちひしがれているつかさの横で、薫がぼそりと呟いた。すると珍しくつかさが食ってかかる。
「薫のせいだ! いつまでもボクの手を握ってたから、待田先輩に誤解されたんじゃないかぁ!」
 そうまで言われて、黙っていられる薫ではない。
「何よ、私のせいにするつもり!? そんなに待田先輩のことが好きなら、告白のひとつもしたらどうなのよ! どうせ、そんな勇気もないクセに! 私だって、つかさの彼女みたいに見られて、いい迷惑だわ! あー、ヤダヤダ! 私、一人で帰るから! アンタも勝手にすれば!」
 薫はそう言うと、プリプリと怒りながら、南口の方へと戻っていった。
 薫の剣幕に呆気にとられたつかさは、しばらくしてから我に返る。
 そもそも薫を買い物に誘ったのは、彼女を元気づけるためだ。それをこのようなケンカ別れのような形で終わらせるのは、つかさの本意ではない。ここはこちらから謝っておくべきだろう。
「まったく、もお。──薫ーっ!」
 つかさは頭をクシャクシャに掻くと、薫を追いかけようと走り出した。

<次頁へ>


←前頁]  [RED文庫]  [「WILD BLOOD」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→