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WILD BLOOD

第7話 ともだち以上、コイビト未満

−7−

「おっ、これやろうぜ、これ!」
 アキトが足を止めたのは、いかにも安っぽい的当てゲームの前だった。七、八メートル離れたところから、張りぼての赤鬼に向かってボールを投げ、胸にある的に命中すると「がおーっ!」と手を動かしながら吠えるヤツだ。テレビゲーム全盛の中、こうして残っていること自体、すでに骨董品に近い。
「なになに、『5球パーフェクトで特大ぬいぐるみをプレゼント』? ──お前、欲しいだろ?」
「いらないわよぉ」
 薫は露骨にイヤな顔をした。飾られている景品は、目つきの悪そうなコアラのぬいぐるみである。色もくすんだネズミ色で、子供じゃあるまいし、こんなものを抱えて帰りたくない。
「まあまあ、そう言うなって」
 アキトはろくに人の話を聞いてなかった。係の男性スタッフに料金の二百円を払う。
「オレ様の剛球をとくと見ろ!」
 アキトはそう言うと、右肩をぐるぐると回した。そして、籠の中から一つゴムボールをつかむ。そして、大きく振りかぶった。
「うりゃあ!」
 すかっ!
「………」
 確かにボールは速かったが、コントロールはまったくだった。的に当たるどころか、赤鬼の張りぼてにも当たらない。大口を叩いた割には拍子抜けする結果だった。
 そう言えば、以前に生徒会長の伊達修造とテニス対決をしたときも、ほとんどサーブが入らなかったことがある(詳しくは、「WILD BLOOD」第3話を参照のこと)。運動神経は良さそうに見えるが、意外と球技が苦手なのかもしれない。
 アキトは不機嫌そうな顔で、小首を傾げた。そして、後ろにいる薫を振り返る。もちろん、薫は冷ややかな視線を注いでいた。
「大したスピードねえ」
「うるせえ! ちょっとウォームアップが出来てなかっただけだ! 今度こそは!」
 アキトはさらに入念に肩を回し、二球目を投じた。だが、またしてもボールはとんでもない方向に行き、危うく男性スタッフの顔面を直撃しかける。薫は顔を覆って、深いため息をついた。
「なろぉ! 一度ならず二度までも!」
 段々と熱くなったアキトは、次々とボールをつかむと、速射砲のように投げた。だが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるどころか、おもしろいくらいに外れまくる。終いには、次の客用に用意されていた籠のボールにまで手を伸ばした。
「ちょ、ちょっと、お客さん!」
「死にたくなかったらどいてろ!」
 男性スタッフはアキトを止めようとしたが、次々と殺人的スピードボールが飛んできて、近づくどころではなかった。ただのゴムボールが凶器と化している。
 たちまち赤鬼の足下にはアキトが投じたボールが無数に転がった。それでも命中ゼロ。
「チクショウ! これでどうだ!」
 とうとう、アキトはボールが入った籠ごと投げつけた。するとボールは散らばってしまったが、籠が赤鬼の的に命中する。
「がおーっ!」
 金棒を持った赤鬼が吠えた。
「はあはあ……ぜえぜえ……ど、どうだ、参ったか!」
 肩で息をしながら、アキトは一人、悦に浸っていた。
「バカ!」
 ぱかーん!
 そんなアキトの後頭部に、薫はボールを思い切り投げつけた。こちらは必中。アキトが頭を抑えながら、むすっとした顔で振り返る。
「なんだよお?」
「なんだよお、じゃないでしょ!? アンタ、お店を壊す気!? ただ子供みたいに熱くなるだけじゃなく、バカみたいに見境がなくなるんだから! まったく、壊したら弁償できんの!?」
「じゃあ、お前は出来んのかよ?」
 アキトは口を尖らせて言う。薫はキッと赤鬼の張りぼてを睨んだ。
「こんなのわけないわよ」
 薫は代金の二百円を置くと、ボールの入った籠を一つ取り寄せた。
「あ、あのぉ……もう投げなくていいから、早く帰って……」
 男性スタッフが弱々しく頼み込む。これ以上やられたら、本当に商売道具が壊されてしまうかもしれない。
 だが、すでに薫の顔は真剣モードだ。
「行くわよ!」
 薫は第一球を振りかぶった。女子の割にはフォームが様になっている。
 ヒュン! バン!
「がおーっ!」
 当たった。アキトも男性スタッフも、ビックリしたように薫を見る。
 薫は続けて投げた。
「がおーっ!」
「ぬっ……」
 三球目。
「がおーっ!」
「ぬぬっ……」
 四球目。
「がおーっ!」
「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬっ……」
 そして、ラスト。
「がおーっ!」
「くうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……!」
 薫の完璧な投球に、アキトはぐうの音も出なかった。悔しさに唇を噛む。
 男性スタッフは、店を壊されそうになっていたにも関わらず、あまりの見事さに拍手すらしていた。
「どう? ざっとこんなもんよ」
 薫はわざと得意げに言ってみせた。これでアキトのプライドはズタズタだ。
「おめでとうございます! パーフェクト賞です!」
 男性スタッフは薫のところまで来ると、特大のコアラのぬいぐるみを手渡そうとした。すっかり調子に乗って投げてしまった薫だが、これがあるのを忘れていた。
「い、いえ、私は結構です」
 薫は遠慮した。というか、ホントにいらない。
 しかし、男性スタッフはにんまりと笑いながら、
「どうぞ、決まりですから」
 と、半ば強引に押しつけた。薫は辟易しながらも受け取って、作り笑いを浮かべる。
 すると、その後ろでアキトが復活していた。
「よし、いいだろう! そこまで言うのなら、もう一本、勝負だ!」
 アキトはふんぞり返って、高らかに言った。薫は頭痛を覚える。
「そこまで言うのならって、私、何も言ってないんだけど?」
「次の勝負は──あれだ!」
 薫の言葉などに耳を貸さず、アキトは勝手に事態を進行させていた。
 アキトが指差したのは──これまたレトリックなエア・ホッケー。
「イヤよ! 何で私がアンタと勝負しないといけないのよ!」
 コアラのぬいぐるみを抱えているお陰で、すっかり目の前が塞がってしまい、あちこち角度を変えながら、薫は拒否した。すると、アキトがニヤリとする。
「そうか、逃げるのか。ならば仕方ない。今日のところは引き分けということにしてやろう」
 そう言われては、薫も黙っていられなかった。元々、負けん気の強い方である。
「誰が逃げるですって? ──よし、いいわ! 勝負してやろうじゃないの!」
 二人は火花を散らしながら、エア・ホッケーのゲーム台の前に立った。薫は脇にコアラのぬいぐるみを置く。
 アキトは不敵に笑った。
「女だからって、容赦はしないぜ」
「ふん。そっちこそ吠え面かかないでね」
 薫は真っ向から受けて立つつもりだ。
「何を!?」
「行くわよ!」
 薫のサーブで始まった。物凄いスピードでパックが滑走し、アキトのゴール・ポケットを襲う。
「甘い!」
 だが、アキトも素早く反応していた。手にしたスマッシャーを横へ払うようにして跳ね返す。カット・ショットだ。パックはサイド・バンクにぶつかりながら、ジグザグに相手陣内に飛び込む。
 右か左か。トリッキーなパックの動きにも薫は動じなかった。冷静に軌道を読みとり、鋭く打ち返す。
「くっ!」
 すぐに二人は勝負に熱中した。時折、力が入りすぎて、パックが外へと飛び出すほどに。だが、両者とも得点を許さない。長いラリーが果てしなく続く。パックとスマッシャーとバンクの激しくぶつかる音が屋上遊技場に響き渡った。
 二人の白熱した対決は、次第にギャラリーを集めた。行き交うパックに視線が集中する。アキトと薫が魅せる好プレイの連続に、ときには歓声と感嘆が入り交じった。
 だが、当の二人にはギャラリーなど眼中になかった。相手のスマッシュをいかに見切り、いかに得点するかだけ。息詰まる真剣勝負だ。
「何や、あれ?」
 持っていた風船を配り終わり、ひと段落ついた寧音<ねね>が、エア・ホッケー台に群がる黒山の人だかりにようやく気づいた。元々、好奇心旺盛な性格だ。何だろうと近づいてみる。
「!」
 ウサギの着ぐるみを着たまま、ぴょんぴょんと跳びはねて覗き込むと、そこで薫と勝負しているアキトを見つけた。もちろん、アキトは寧音<ねね>に気づかない──いや、ウサギの姿では気づくはずもない。
「しめた! もう逃がさへんで!」
 寧音<ねね>はかぶりものの下でほくそ笑むと、とりあえず写真を撮ろうと思い、懐を探った。だが、肝心のカメラがない。考えてみれば当たり前の話で、着ぐるみ姿のまま、カメラを持ち歩くわけにもいかず、着替えるときに更衣室へ置いてきたのだ。
 寧音<ねね>は慌てて、更衣室へと走った。
 更衣室は遊技場の片隅にあり、そんなに遠くはなかった。だが、慌てていた寧音<ねね>は、着ぐるみという動きづらさもあって、入口で蹴躓いた。
「うわわっ、とっとっとっとっとっとっとっ!」
 寧音<ねね>は倒れまいと、片足でケンケンした。そのまま突き当たりまで進む。
 ところが、天の配剤か、それとも作者の陰謀か(苦笑)、入口の突き当たりには遊技場専用の配電盤があった。勢い余った寧音<ねね>は、その配電盤に突っ込む。
「うひゃあああああっ!」
 ばちん!
 寧音<ねね>が配電盤に接触した途端、物凄い火花が散ってショートし、遊技場の電源が落ちた。

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