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WILD BLOOD

第8話 ひとりぼっちの神隠し

−2−

「え?」
 放課後、剣道部の部活へ行こうとしていた薫は、校舎から武道館へ行く渡り廊下で、桐野晶<きりの・あきら>と伏見ありすの二人に呼び止められ、思わず声を上げた。
 薫は一年A組、晶とありすは寧音<ねね>と同じ一年C組で、直接的な面識はない。だが、薫も晶も、片や剣道部、片やバスケットボール部のホープとして、校内では有名人だ。お互いに顔は知っている。
 二人に話しかけられたのも驚いたが、その内容も衝撃的だった。
「寧音<ねね>が昨日から行方不明?」
 びっくりした顔の薫に、晶とありすは神妙な顔でうなずいた。
「昨日の夜遅く、寧音<ねね>のお袋さんから電話があって、どこへ行ったか知らないかって言うんだ」
「ありすのところにも電話あったよ〜ぉ」
「結局、そのまま帰らなかったみたいでさ。お袋さん、すげえ心配してるんだよ。こんなこと今までに一度もなかったって。どんなことがあっても、必ず家で晩ごはんを食べる子だって言ってた」
 最後のは、寧音<ねね>に対する母親らしい見解だろう(苦笑)。
 だが、今はそんなことで笑ってもいられず、薫も深刻な顔を作った。
「寧音<ねね>が……。何か事件に巻き込まれたとか」
 薫の頭の中では、いろいろなことが駆けめぐった。何しろ、寧音<ねね>は特ダネのためなら手段を選ばない。それゆえ、危ない橋を渡っていても不思議はなかった。
 ここで、ズイッと晶が前に出てくる。
「そのことなんだけど──仙月アキトは学校に来てたか?」
「え? あいつ?」
 その顔を思い浮かべるだけでも不快になるアキトの名がいきなり出て、薫は露骨に嫌がった。そう言えば、今日も授業中、ずっと高いびきをかいていて、各教科の教師たちに睨まれていたっけ。まあ、いつものことだが。
「いたけど……それが何か?」
「寧音<ねね>のヤツ、あいつをずっと追いかけていたろ?」
 寧音<ねね>がアキトを取材しようとしていたのは、薫も知っている。この前の日曜日も、寧音<ねね>はアキトを追いかけ回していた。
「私たちは、そいつが怪しいと踏んでいるんだ」
 晶は真顔で言い切った。
 確かに、アキトは転校生のくせして、この一ヶ月足らずの間に、トラブル・メーカーぶりを遺憾なく発揮してきた。このところ、薫の身の回りで起こる事件には、すべてアキトが絡んでいる。だからといって、今回ばかりは──
「……有り得るわね」
 薫まで真顔で呟いた。ぎゃふん。
 晶とありすの二人は、薫が味方になってくれて、ホッとしたような表情を見せた。だが、それも一瞬。
「ここ一週間、寧音<ねね>は学校から帰る仙月を尾行していたんだ。ヤツの家を突き止めるためにな。でも、ヤツは尾行に気づいているらしくて、いつも巻かれてしまうって寧音<ねね>が言ってた。まあ、寧音<ねね>のやり方は、確かにわずらわしいものかもしんねえけど、そこまで自宅を秘密にするってのも変じゃねえか? ヤツには何か秘密があるんだって、私でもそう思うよ。で、ここからは想像の範疇なんだけど、寧音<ねね>のヤツ、とうとう仙月の秘密を嗅ぎつけたんじゃないかな? それも何かとてつもない秘密を。んで、それに気づいた仙月が、口封じに寧音<ねね>を……」
 そう話す晶の後ろでは、ありすが自分で自分の首を絞めるふりをしていた。
 もうすでにアキトは犯人扱いだ。しかし、薫もまた否定はしない。普段のアキトの行動パターンを見ていると、その可能性は充分に考えられた。
「仙月はどこ?」
 晶は薫に尋ねた。
「多分、《末羽軒》だと思うわ」
 帰りのホームルームが終わった後、アキトが同じクラスの武藤つかさを、ラーメンを食べに行こう、と誘っていたのを薫は憶えていた。二人がよく行くラーメン屋と言えば、この琳昭館高校に最も近い《末羽軒》だ。薫も一緒に行ったことがある。
 それを聞いた晶とありすは、互いの顔を見合わせてうなずいた。
「サンキュー。──行こう、ありす!」
 晶が渡り廊下を駆けだした。
「ああん、待ってよぉ、晶ちゃ〜ん」
 それに遅れて、ありすが追いかける。
 薫も部活どころではなかった。
「私も行くわ!」
 二人の後に、薫が続いた。



 ずぞぞぞぞぞっ!
 アキトとつかさの二人は、ラーメン店《末羽軒》のカウンター席に並んで座り、それぞれ注文したラーメンをすすっていた。
 アキトはチョリソー入り・メキシコ風みそラーメンの三人前盛り(どんなラーメンだ?)、つかさは梅干しとしらすをトッピングした磯のり塩ラーメンの普通盛り(???)である。この《末羽軒》の店主は、とにかく独創的なラーメンを作ることで、学内や近所では良い意味でも悪い意味でも有名だ。二人にとっては学校帰りの行きつけの店である。
 そこへ晶、ありす、薫の三人が乗り込んできた。
「へい、らっしゃい」
 四十がらみの店主はカウンターの内側で、椅子に足を組んで座り、スポーツ新聞をおっぴろげながら、薫たちの方を見向きもせずにくわえタバコで出迎えた。ラーメン職人としてはプロかも知れないが、あまり積極的に接客しようという態度ではない。これでよく店が潰れないものだ。
 だが、今の三人の目的はラーメンではなく、アキトだ。
「見つけたわ、仙月! さあ、寧音<ねね>をどこへやったの!?」
 三人の先頭で仁王立ちになり、晶は口一杯に麺を頬張っているアキトに詰問した。
 アキトはいきなりやってきた美少女三人に眉根を寄せる。
「何だぁ!?」
 尋ね返して、アキトは口から麺を飛ばしそうになった。その隣に座っていたつかさが、口にしていた麺をちゅるるんとすすって、アキトと晶たちを交互に見る。
 晶の後ろから、薫が前に出た。
「しらばっくれると、ためにならないわよ」
 そう脅す薫の手には、なぜか竹刀が握られ、切っ先をアキトへ向けていた。
 それに対し、アキトはラーメンの丼を離さなかった。そして、まるで一呼吸置くかのように、すべてのスープをグイッと飲み始める。
 アキト以外の全員が動きを止めた。
「んぐ、んぐ、んぐ……かあーっ!」
 最後の一滴まで飲み干したアキトは、うまそうに息を吐き出すと、ラーメンの丼をカウンターの上へおごそかに置いて、椅子ごと薫たちに向き直った。そして、真剣な眼差しで三人を見つめる。
「さて、と」
 アキトは改まった。待ちかまえる三人。
「──じゃあ、ラーメンもう一杯もらおうかな」
「こら」
 ペシッと薫が軽くアキトの頭を叩いた。やっと話す気になったかと思えば、すぐにこれだ。だから信用がないのだが。
「寧音<ねね>って……徳田さんがどうかしたの?」
 不真面目なアキトに代わり、隣のつかさが薫に尋ねた。
 ところが、薫はつかさに顔を向けられた途端、突然、ひるんだような様子を見せた。見る見るうちに頬を紅潮させていく。
「?」
 つかさには訳が分からなかった。この前の日曜日、一緒に西城へ行ってからというもの、どうもつかさに対する薫の反応がおかしいのだ。妙にアガったり、照れたりしているように見える。男勝りで、何事もハキハキしている薫にしては珍しい(薫に何があったかは、「WILD BLOOD」第7話を参照のこと)。
 勢いを失った薫の前へ、バトンタッチよろしく、さらに晶が進み出た。
「行方不明になったんだ」
 晶が単刀直入に言った。
「行方不明?」
 穏やかではない話に、つかさは驚いた。
「ああ。昨日の夜から、連絡もなく、家に帰ってないんだよ。寧音<ねね>は毎日、こいつを追い回していた。だから、私たちは何か知っているんじゃないかと思ってさ」
 そう言って、晶はアキトを睨みつけた。
 だが、ガンの飛ばし合いならアキトも負けない。
「まるでオレが誘拐でもしたような口振りだな」
 アキトは不貞腐れたような態度を取った。疑われて面白いわけがない。
 しかし、晶も追及の手を緩めなかった。
「寧音<ねね>が目障りだったんじゃないの? アンタには知られたくない秘密がある。そうでしょ?」
 ドキッとしたのは、アキトよりも隣にいたつかさだ。アキトは吸血鬼<ヴァンパイア>。こんなことが世間に知られたら、アキトはこんな風に高校生などやっていられないだろう。
 しかし、アキトは平然としたものだった。
「さあ、オレは知らないね。だいたい、何か証拠があって言ってんのか?」
 アキトはカウンター席から立ち上がると、見下ろすように晶へ顔を近づけ、歯を剥き出しにした。もちろん、それでひるむような晶ではない。彼女も薫に劣らぬくらい、男勝りな性格をしている。
「寧音<ねね>は確かに間抜けなところがあるけど、特ダネを見つける嗅覚は鋭いのよ。その寧音<ねね>が徹底マークを決めた人物。これだけでも充分な根拠だと言えるわね」
「ふざけんな。そんなもん、アテになるもんか。オレはあんなメガネのこと、何とも思っちゃいねえよ」
「それはどうだか。何とも思っていないんなら、どうして尾行を巻くようなマネをするの? 何かやましいことがあるからでしょ?」
「うるせえ。ただ、コソコソとつけ回されるのがイヤなだけだ。そんなストーカーみたいなことをされて、誰が喜ぶんだよ?」
「ほーら、やっぱり寧音<ねね>を疎ましく思っていたんじゃない?」
「あのなあ、どうしてそっちへ結びつけたがるんだ? ──よっしゃ、いいだろう。オレがあのメガネのヤツを見つけてやらあ!」
 とうとうアキトは勢いで言い切ってしまった。それを聞いた晶が口の端を歪める。
「へえ、そんなこと言っていいのかしら?」
 晶の挑発に、隣にいたつかさはまずいと思い、アキトのシャツを引っ張ってみた。が、時すでに遅し。
「なろぉ! そこまで言われて引っ込めるか! 見てろよ!」
 アキトはドンと胸を叩いて見せた。

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