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かくして、アキトを先頭に、つかさ、薫、晶、ありすの三人は、寧音<ねね>の捜索へ向かった。アキトは何やらぶつくさ言いながら、せかせかとした歩調で前を行く。その背中へ疑わしげな視線を注ぐ晶とありす。
つかさは心配になって、アキトの横へ並び、こっそりと声をかけた。
「大丈夫なの、アキト?」
「何が?」
言い返すアキトの口調は明らかにカッカしている。
「だから、徳田さんを捜すなんて言って、何か心当たりはあるのって訊いてんの」
つかさは後ろを振り返りつつ、言い直した。ただの売り言葉に買い言葉、何の考えもなしに行動し始めたと晶たちが知ったら、ほら見たことかと言われるに違いない。犯人扱いされてアキトが怒るのは当然だが、ここは冷静に対処するべきだとつかさは思った。
するとアキトは、
「そんなものはない」
と、あっさりのたまわった。
ある程度予想していた返答だったが、つかさは危うくコケそうになった。
「ないって──じゃあ、どうすんの!?」
晶たちに聞こえないよう、さらに早足でアキトを引っ張りながら、つかさは一人であたふたした。やっぱり、直情的に見つけると言っただけだったのだ。このまま闇雲に捜しても大変なだけなのに。それに時間が長く経過すれば、再び晶たちがアキトを責め始めるだろう。その場面を想像すると、つかさは頭が痛くなってくる。
「おい、つかさ。まさか、お前までオレを疑ってんじゃないだろうな?」
アキトは剣呑な眼を向けながら、つかさに尋ねた。つかさは首を横に振る。
「そんな、いくらアキトがドラキュラでも、そんなことはしないと信じているよ」
「だから、オレは吸血鬼<ヴァンパイア>だってば!」
相変わらずドラキュラと吸血鬼<ヴァンパイア>を混同しているつかさに、アキトは小さな声で訂正した。後ろの連中に聞かれたらマズイ。
「──とにかくだ。オレがあのメガネを見つけて、あの女どもの鼻を明かしてやる! いや、それじゃあ、オレの腹の虫が治まらねえ。全員真っ裸にして、オレの下にひれ伏せさせ、あの処女どもが味わったこともない快楽に溺れさせて、ヒーヒー言わせてやるぜ! うひひひひひひひ!」
そう言うアキトの顔は、そのシーンを夢想しているのか、だらしなくゆるんだ。それを横目に見たつかさは、はぁーっ、と力が抜けたような吐息を漏らす。もし、アキトが寧音<ねね>を発見することに成功しても、あの彼女たちがそれを許すわけがないってのは、少しでも考えれば分かることなのに。
そうこうしているうちに、一行は坂時町児童公園に辿り着いた。
住宅街の一角にぽつりと作られたこの児童公園は、子供用の滑り台や鉄棒、砂場、球体の回転遊具などが置かれている一方、ベンチや公衆トイレ、それに小さな池といったものも配置されており、八百平米くらいの比較的大きなものだ。公園にある簡素な時計塔は夕方の五時を指している。するとどこからか、定刻になると流れるようになっているのか、優しげな「夕やけ小やけ」のメロディーが聞こえてきた。
「仙月。昨日、アンタがここへ来たのも今くらいの時間?」
晶が腕組みをしながら尋ねた。
「ああ、そのくらいかな」
アキトは公衆トイレの方へ歩きながら答える。
「で、ここで寧音<ねね>を巻いたって言うのね?」
今度は薫だ。アキトは面倒くさそうに、そうだ、と言う。
「でもぉ〜、あの寧音<ねね>ちゃんを巻いちゃうなんてぇ〜、何か忍法みたいなものでもぉ使ってるんですか〜ぁ?」
トロそうな口調で感心しつつ、ありすが言った。するとアキトが振り返って、不敵な笑みを漏らす。
「ふっふっふ、知りたいか? え? 知りたいか?」
アキトはもったいぶった態度で、ありすを促した。ありすは少し怯えて、後ずさる。
「こら!」
パシッとアキトの頭が叩かれた。薫の竹刀の仕業だ。こんな外にまで持って出歩くとは、まったく剣道部の鏡!(笑)
「話したくて話したくてうずうずしてるんでしょ? だったら、とっとと話しなさいよ!」
剣道の腕前と同様、薫はズバッと言った。アキトが何か言いたげな目をすると、薫は脅すように竹刀をちらつかせる。口答えしたら、問答無用で竹刀の連続攻撃が襲って来るに違いない。
「チッ! わーったよ」
結局、アキトは折れた。というか、やっぱり寧音<ねね>の追跡を巻いた秘密をばらしたいという欲求が、かなりあるのだが(苦笑)。
アキトは公衆トイレの男子側入口の前に立った。公衆トイレと言っても、かなり大きな部類に入るだろう。造りもしっかりとしたものだ。ただし、年月が経っているせいもあって、全体的に小汚く、近寄っただけでも糞尿の染みついた臭いがしてくる。
近くに立った薫たち女子は、鼻が曲がりそうな臭いに顔をしかめた。
そんな彼女たちに、ざまあみろ、とほくそ笑むように見ながら、アキトは話し始めた。
「お前らもあのメガネから聞いているみたいだが、オレは必ずこのトイレに立ち寄って、尾行を巻いていた」
やっぱり、という顔で晶とありすが顔を見合わせた。だが、ここで口を挟むようなことはしない。
アキトは続ける。
「あいつも一応は女。男子トイレの中まで追っては来れねえ。だが、出入り口もここ一つだけ。ここさえ見張っていれば、大丈夫だって思っていただろうぜ。まあ、そこが付け目だったわけだがよ。──お前ら、この裏へ回れ」
そう言って、アキトは一人で男子トイレの中に入っていった。つかさたちは言われたとおり、公衆トイレの裏手へと回る。
「じゃあ、今からそっちへ行くぜ」
中からアキトの声がした。次に、「あらよっ!」という掛け声があがる。すると、公衆トイレの屋根と壁には換気用の隙間が開いているのだが、そこに人間の両手がかかった。まさか、と思っているうちに、今度はアキトの頭がニョキリと出る。そこからはイモリか何かの動きを見ているようだった。わずかな隙間からアキトが這い出て、ひらりと音もなく外へ着地する。アキトは得意げに両手を広げる決めポーズを取った。
「すんっごい、すんっごい!」
それを見たありす一人が喜んで拍手した。あとの三人は呆気に取られている。
「何アンタ? 中国雑伎団の出身か何か?」
薫は感心するよりもアホらしくなった。公衆トイレでこんなことをするヤツがいようとは。第一、トイレにある隙間と言っても、本当にわずかなものだ。あそこを通り抜けること自体、異常としか思えない。
しかし、アキトは平然としたものだ。
「身体の柔軟性には自信あるぜ。こういう隙間は、頭さえ通れば何とかなるし」
「ネコか、アンタは?」
晶もボソッとツッコミを入れる。
「と、とにかく、そうやってアキトは徳田さんを巻いていたわけだ」
気を取り直して、つかさが言った。
だが、これだけでは問題の解決にはならない。
「それは分かったけど──で、その後、寧音<ねね>はどうしたって言うの?」
「さあ」
あっさりとアキトが言ってのけたので、晶は思わず殴りかかりそうになった。それを感じ取ったつかさが、両者の間に割って入る。
「え、えーとさ、徳田さんがこの公園にまで来たのは確かみたいだから、ここからどこへ行ったのか、その手がかりをみんなで探してみようよ」
「ここを?」
つかさの提案に、晶がうろんな顔をする。
「だ、だって、徳田さんがどこにいるか分からない以上、ここから始めてみるのが一番いいと思うんだけど……」
ちょっぴり自信なさそうに、つかさは言ってみた。晶に反論されそうで、おっかなびっくりだ。
だが、つかさの意見に賛同する者がいた。薫だ。
「そうね。それがいいかも」
「忍足……」
晶は薫を見た。
「このまま、何の手がかりもなしにあちこち歩き回っても仕方ないわ。寧音<ねね>が消息を絶ったのはここ。つかさの言うことに一理あると思う」
心強い味方につかさはホッとした。今までも、こうして何度も助けられてきた。
つかさはありがとうという意味を込めて笑みを向けたが、薫はなぜかまたしても顔を背けてしまった。それを見たつかさは、眉をひそめると同時にガッカリする。薫とは何でも話し合える兄妹──薫としては姉弟──のように接してきたつもりなのに。
「じゃあ、手分けして探そ。何か見つけたら、すぐに知らせるように」
薫の言葉で、晶たちは三々五々に散った。すでに夕暮れ。何かの手がかりを探そうにも、あまり時間はない。それに本当に手がかりがあるのか。
「薫」
行きかける薫をつかさは引き止めた。足を止める薫。
「ねえ、何か、ボクのこと避けてない?」
つかさは自分が感じていることを薫にぶつけてみた。こんなことが出来る相手は、アキトと薫しかいない。
「別に」
薫は振り向くことなく答えた。だが、その言葉は硬い。
つかさは悲しくなった。
「どうしてウソをつくの? そんなの薫じゃないよ」
「………」
薫は黙りこくった。長い間。
「薫……こっちを向いてよ。ボクの顔をちゃんと見て」
つかさは言った。
ジジジジジジジッ……
どこからか蜩<ひぐらし>の鳴き声がしてきた。
薫はあきらめたように、つかさの方へ向き直ろうとする。
だが、しかし──
「きゃああああああああっ!」
そのとき、ありすの悲鳴が聞こえてきた。
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