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「ねえ、ホントにアキト、大丈夫かなぁ?」
忽然とアキトの姿が消えてから十分後、つかさは何度目かの同じセリフを繰り返した。
ミサによれば、異界へ行ったとのことだが、いくら吸血鬼<ヴァンパイア>であるアキトでも、無事に帰って来られる保証はない。心配するのも無理はなかった。
だが、一緒にいる女子たちは薄情なものだ。薫と晶はありすから二箱目のコアラのマーチ(まだ鞄の中にはストックがありそうだ)をもらいながら、寧音<ねね>の件をどうやって彼女の母親や警察に説明するべきか相談し、ミサも少し離れたベンチで、一人、タロットカードをめくりながら、何やらぶつぶつ呟いている。彼女たちを見ていると、アキトのことはすっかり忘れられている感じだ。つかさだけがジッとしていられずに、その場をうろうろしていた。
「ねえ! みんな、心配じゃないの!?」
我慢できず、つかさは大きな声を上げた。美少女たちの視線を集める。その途端、気恥ずかしくなり、つかさはうつむいた。
すると、晶が髪をかきむしる。イライラしたときの彼女の癖だ。
「じゃあ、こっちから訊くけど、どうすればいいって言うんだい? 心配すれば、二人は戻ってくるのか? こんなこと、自分の目で見ていたって、なかなか頭で理解できないんだ! どうしようもないじゃないか!」
晶に強く言われ、つかさはひるんだ。そんなつかさを見て、益々、晶は頭に血を昇らせる。どうも、ナヨナヨした男は好かない。
しかし、晶の言うことはもっともだった。神隠しなど、普通の高校生であるつかさたちには手に余る超常現象だ。この中で、一番頼れそうなのは──
「黒井さん……」
つかさはミサの前へ回って、助けを求めた。こういうオカルトには、誰よりも詳しそうだ。そもそもアキトを異界へ送り込んだのはミサである。であれば、こちらに呼び戻す方法も本当は知っているのではないか。つかさは一縷の望みを持って、ミサの言葉を待った。
しかし、ミサは精神を集中して、タロットカードをめくるだけ。三枚を手にすると、そのカードを見た。そして、それをつかさにも見せる。
「どうやら、救いの主が現れそうね」
まずは、裸の女性が水瓶の水を大地にこぼしている図柄だった。その上には、八つの星が輝いている。
「これは……?」
このときだけ、ミサは優しく微笑んだ。
「見ての通り、The Star《星》よ。希望を表すカード。そして──」
残る二枚は、男性とライオンのような獣が戦っているカードと、二頭立ての馬車のようなものに乗った人のカードだった。
「これはForce《力》とThe Chariot《戦車》。──簡単に言うなら、勇気と勝利ね。彼、勝つわ」
それがミサの答えだった。
繰り出したアキトの拳は、寸前で止められた。その姿勢のまま、アキトはぴくりとも動かない。
やがて──
「その手には乗らねえぜ。『後ろの正面』にいるのは、お前じゃなく、メガネだろ?」
アキトの言うとおり、パンチを受けかけていたのは眠ったまま立っている寧音<ねね>だった。よくも、あのとっさの攻撃を止められたものだ。
すると、アキトの顔に張りついていたキツネのお面が、いきなり真っ二つに割れた。同時に、寧音<ねね>の身体が支えを失ったかのように倒れ込む。アキトは慌てて抱きかかえた。
「どうして……どうして……?」
アヤネの怨嗟の言葉がこだました。
アキトはニヤリと笑う。
「オレをはめようってつもりだったらしいが、生憎、目は見えなくても鼻は利くんでね。オレの勝ちだな」
ずっとアキトを翻弄し続けてきたアヤネが、初めてミスを犯した。アキトに寧音<ねね>を始末させて、一生の後悔をこの異界で味合わせるつもりが、みすみす返すことになろうとは。
寧音<ねね>を取り戻した今、長居は無用だった。アキトはよっこらせと寧音<ねね>を抱え上げる。
「さあ、ゲームには勝ったんだ。オレたちを帰してもらおうか」
アキトは姿の見えぬアヤネに言った。いや、この灰色の世界がアヤネそのもの。その答えは──
「イヤよ」
拒否だった。
「イヤよ! イヤよ! イヤよ! イヤ、イヤ、イヤ、イヤ、イヤ、イヤ、イヤ! 絶対にイヤァァァァァァァァァァッ!」
アヤネは絶叫した。アキトは呆れたようにため息を漏らす。
「やれやれ。負けを認めねえつもりか。いるよな、そういう負けず嫌いなガキ」
「イヤァァァァァァァァァァッ!」
灰色の空間に、突如として黒い物体が出現した。それは生き物のようにうごめき、アキトたちへ向かって来る。
アヤネは実力行使で、アキトたちを帰さぬつもりだ。
「チクショウ!」
アキトは寧音<ねね>を抱えながら、触手のように伸ばしてくる黒い物体の攻撃を回避した。だが、黒い物体は次から次へとぬめぬめとした触手を無数に伸ばし、アキトたちを捕らえようとしてくる。
「何なんだ、こいつは!」
悪態をつきながらも、アキトは逃げ回った。ただし、寧音<ねね>を抱えているせいで、思うように動けず、かなり押され気味だ。
そうこうしているうちに、寧音<ねね>が目を醒ました。
「な、何やあ? 地震かいな?」
寧音<ねね>は寝ぼけたような声を出した。確かに、揺れるアキトの腕の中では、地震と錯覚しても無理はない。だが、この危機的状況で発する言葉ではなかった。
「お前もとことんおめでたいヤツだな!」
今度は寧音<ねね>に憎まれ口を叩きながら、アキトは超人的ジャンプを見せた。今までいた場所が黒い物体の触手によって塗りつぶされる。しかし、寧音<ねね>には状況把握が出来ていない。
「その声は──仙月はんかいな? こら! 何しよる! 早よ、降ろさんかい!」
どうやらアキトに抱きかかえられているらしいことだけは分かり、寧音<ねね>は腕の中で暴れた。危なく落としそうになるが、何とかアキトは堪える。
「お前なあ! 本当に死にたいのか!?」
触手の攻撃ばかりか、寧音<ねね>からも抵抗に遭い、アキトは怒鳴りつけた。
しかし、今の寧音<ねね>にはメガネがない。まったくぼやけた視覚では、何がどうなっているのか分かるはずもなかった。
「死ぬって誰が!? ウチが!?」
「うるせー、黙ってろ! 舌噛んでも知らねーぞ!」
アキトは一喝して寧音<ねね>を黙らせ、津波のように押し寄せる黒い触手から逃げまどった。
だが、いつまでこうして逃げ続けられるか。どうにかして、元の世界へ戻れる出口を探すしかないのだが、吸血鬼<ヴァンパイア>の超感覚を持ってしても、ミサのように簡単には空間の歪みを見つけだせない。
まさに絶体絶命のピンチだった。
一方、児童公園では──
「ホントに大丈夫なの、アキト!?」
ミサのタロット占いに勇気づけられて、つかさが勢い込んで言った。
そこへたまたま通りかかった一人の女の子。公園を横切って家に帰ろうという近所の中学生だろうか、児童公園なんかにたむろしている高校生へ、珍しそうな視線を投げてきた。明るい茶髪をおダンゴ頭にして、瞳がクリクリッとした、なかなかの美少女だ。つかさを見て、なぜか近寄ってくる。
「ねえ、今、アキトって言った?」
美少女はつかさを見上げるようにしていった。背が低いつかさよりも、美少女の身長は頭一つ分下だ。
突然のことに戸惑ったつかさだが、素直にうなずく。
「ああ、言ったけど、それが何か……?」
すると、美少女は二パッと笑った。口許から八重歯が覗く。
「その制服、琳昭館高校だよね?」
「う、うん」
「じゃあ、お兄ちゃんが兄貴の話していた、武藤つかさ?」
初対面の美少女に名前を呼ばれて、つかさはびっくりした。
「え? き、キミは……?」
「私は仙月美夜<せんづき・みや>。仙月アキトの妹よ」
「えーっ!?」
アキトに妹(と兄)がいるとは聞いていたが、まさかこんなところで偶然に出会うとは思っていなかったつかさである。薫たちもアキトの妹と聞いて驚いた。
「う、ウソでしょ? 似ても似つかないくらい可愛いじゃない?」
「ズバリ、異母兄妹!」
「うーん、ありえる」
と、勝手な会話を始める(苦笑)。
つかさは美夜にこっそりと尋ねた。
「じゃあ、キミも普通の人間じゃなくて──」
「そ」
美夜はニッと歯を見せた。今は八重歯に見えるが、本当は乱杭歯──つまり美夜もまた吸血鬼<ヴァンパイア>なのだ。
「ところで兄貴は? 一緒じゃないの?」
美夜はつかさに尋ねた。
「それが、その……」
つかさは美夜にショックを与えないよう気遣いながら、しどろもどろに説明を始めた。
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