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WILD BLOOD

第9話 あぶない夜は眠れない

−3−

 本当に大丈夫なのか、と疑わしい視線を交わすアキトとつかさをよそに、薫は道場破りでもするような決死の覚悟で、キッチンへ向かった。
 その足が、リビングのときと同様に止まる。
「うわっ……」
 薫の代わりに絶句したのは、その後ろにいたつかさだった。
 リビングの豪華さもさることながら、キッチンもまたお金がかけられていた。いわゆるシステム・キッチンというヤツで、ウッド調のデザインに統一されている。しかも収納に優れているのか、一般家庭では邪魔な鍋・フライパン類が見受けられない。もちろん、アキトたちがほとんど料理をしないから、使っていないということもあるのだろうが(苦笑)。
 さらに同じスペースにはダイニング・テーブルもあり、料理好きな主婦なら羨望を禁じ得ない空間だろう。ずっとここにいたいと言い出す者もいるはずだ。
「凄いね。新品みたいだ」
 つかさが感嘆したように言った。それもそのはず、アキトたちがここへ越してきたのは、二週間ほど前である。それに料理らしいことはほとんどしないのだから、使って汚れることも少ない。
 あまりの高級感に呑まれた感じの薫だったが、すぐに立ち直った。そして、まずはどんな食材があるか、冷蔵庫を開けてみる。
「……何、これ?」
 薫は愕然とした。自分の家の二倍はありそうな大きな冷蔵庫の中には、ドア・ポケットにこそジュースのペットボトルや缶ビールがあるものの、肝心の棚にはほとんど何も入っていないのだ。バターやマヨネーズ、ケチャップ、ドレッシングなどを除くと、辛うじてパック詰めのベーコンとタマネギが二つ出てくる。下の冷凍庫を覗いても、アイスクリームとミックス・ベジタブルがあるだけだった。
「もうちょっとマシな食材はないわけ?」
 薫はとりあえず出してみた食材に呆れながらアキトに言った。そのアキトは知らん顔だ。
「だから言ったろ? オレたち兄妹は料理なんかしないんだって」
「それにしたって、肉とか魚とかタマゴとか、何かないわけ?」
「ない」
 アキトはキッパリと言い切った。薫は頭を抑えつけられたような気分になり、ぐぐっと言葉を漏らす。
「何か買ってくる? 来る途中にスーパーがあったよね?」
 つかさが提案した。すると、
「材料費、出してくれるのか?」
 と、アキトが呑気に言う。
「え? お兄さんから生活費もらってんじゃないの?」
 つかさが当然の疑問を口にした。アキトと美夜は顔を見合わせ、肩をすくめる。
「そんなもん、とっくに──」
「使っちゃったわよ、ねえ?」
 けろりと言ってのける兄妹に、つかさは青くなった。
「何で?」
「だってよお──」
 アキトは大きな収納棚まで移動すると、その中を開けた。中身を見たつかさと薫が目を丸くする。
「オレたちの主食はこっちだもん」
 そこには大量のレトルト食品やカップラーメン、ホットケーキ用と思われる薄力粉とベーキングパウダーの備蓄があった。
 つかさは頭を抱えて、しゃがみ込んだ。
「生活費全部?」
「そ。全部」
 これに対し、再び薫の闘志が燃え上がった。
「こうなったら、意地でも何か料理を作るわ!」
 そう言って、薫はキッチンの前に立つと、まな板を水で濡らした。
「作るったって、ロクなもんないぜ」
 アキトが、とりあえず出してみたベーコンやタマネギを眺めながら口を挟む。
 そんなアキトに、薫は包丁を向けた。
「黙って見てなさい!」
「は、はい……」
 殺気を覚えたアキトは、つかさの後ろに隠れた。
 薫はタマネギの皮を剥くと、キッチンに向き直り、ひとつ呼吸を整える。精神集中。そんな薫の後ろ姿を見ていると、つかさたちの方まで緊張してくる。
「はっ!」
 精神集中を終えた薫は、包丁を上段に振りかぶった(おいおい!)。
「えいっ!」
 ずばっ!
「痛っ!」
 その刹那、薫は左の人差し指を押さえて、包丁を取り落とした。つかさと美夜が血相を変えて、薫に駆け寄る。
「大丈夫!?」
「切ったの!?」
 薫は痛みに顔を歪ませながら、ケガした指を押さえていた。出血している。美夜がすぐに救急箱を取りに走った。
 そんな薫を見て、アキトは苦笑を抑えきれない。
「まったく、期待を裏切らねえ女だなぁ。タマネギじゃなく、自分の指を切るとは」
「ちょっとしくじっただけでしょ! ──あーっ、いたたたたっ!」
 こうして薫の料理の腕前は謎のまま終わった。
「あーあ、大口叩いた割には呆気なかったな。これでまたまともな料理を食い損ねたぜ」
 指に絆創膏を貼ってもらっている薫を横目に、アキトは皮肉を言った。薫は痛みと悔しさに唇を噛む。
「じゃあ、ボクが作るよ」
 意外な申し出をしたのは、つかさだった。またしてもアキトと美夜は驚きに目を見張る。
「お兄ちゃん、料理できるの?」
「まあ、少しね。死んだおじいちゃんが入院してた頃、ばあちゃんが付き添いで病院へ行っていたから、必然に迫られてやるようになったんだ。と言ったって、簡単な物しか作れないから、期待しないで」
「ふむ。つかさの方がマシかもな」
「………」
 呟いたアキトは、薫に本気で睨まれた。
「んーと、薫は何を作るつもりだったの?」
 つかさは薫に尋ねてみた。
「え? えーと、とりあえず、あるもの全部、炒めてみようかな、と……」
 薫の声は少し消え入りそうだった。またアキトに「芸がなさ過ぎる」と笑われそうだったからだ。
 つかさは考え込む。
「それもいいんだけど……」
 やがて、つかさは収納棚の方へ行き、中を覗いた。他にもキッチンのあちこちを探索する。
「ご覧の通り、何もないぜ」
 アキトがさすがに無理だろうと思って、声をかけた。すると、何やらゴソゴソやっていたつかさは笑顔を向ける。
「まあ、何とかしてみるよ。──アキト、これ使うよ」
 つかさが取り上げたのは、お湯や電子レンジで温めるだけのパックごはんだった。アキトがカレーライスを食べるときにと買いだめしてたものだ。
「チャーハンでも作る気か?」
 アキトは訝しげな顔をした。
 つかさはそれに答えず、パックごはんをレンジで温めた。その間に、ちぎったアルミホイルを広げ、その上にサラダ油を薄く引く。もうこの時点でチャーハンでないことは明白だ。
 次に温めたごはんを、そのアルミホイルの上にあけ、丸く形作りながら平らにしていった。ただし端は土手を作るように盛り上げておく。まるでごはんで皿を作るような感じである。
 一体、何が出来上がるのかとアキト、薫、美夜の三人が興味津々で覗き込んでいると、つかさは薄く伸ばしたごはんの上に、棚から捜してきたマスタードとケチャップを塗り始めた。
「美夜ちゃんは辛いの大丈夫?」
 作業しながら、つかさが尋ねた。
「苦手〜ぇ」
「コイツはお子ちゃまだからな。胸もペッタンコだし」
 美夜の頭をポンポンとアキトが叩く。すると美夜は黙ってアキトの足を踏みつけ、悲鳴を上げさせた。
「じゃあ、マスタードは控えめにして、ケチャップを多めにしておこうか」
 つかさは言うとおりにケチャップをふんだんに使った。
 ケチャップとマスタードを塗り終え、その上へさらにとろけるチーズを振りかけると、先程、薫が切ろうとしていたタマネギに包丁を入れた。薫のように上段へ振りかぶることもなく(苦笑)、馴れた手つきでリズム良く刻んでいく。そのまったく遅滞の見られない手並みに、覗き込んでいた三人は感心した。
 同じようにベーコンも適当な大きさに切ると、つかさはタマネギと一緒に、ごはんの上に散らした。それをさらにチーズで覆い、今度はミックスベジタブルをまぶす。赤、黄、緑の彩りによって、見た目も段々と良くなってくる。
「あとはこれをオーブンで十五分ほど焼けば出来上がりだよ」
 つかさは手際よく仕上げると、アルミホイルに乗った食材をオーブンに入れ、タイマーを回した。もう三人には何が出来上がるのか想像がついている。と同時に、出来上がりが待ち遠しかった。
 十五分後──
 ごはんで作ったピザ──いわばライスピザが焼き上がり、完成した。
 つかさは仕上げのひと手間として青のりを振りかけてから、ダイニング・テーブルに運んだ。そして、八等分に切り分ける。香ばしい匂いが食欲をそそった。
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきまーす」
 三人は我先にと手を伸ばし、アツアツのライスピザにかぶりついた。一口で表情が変わる。
「美味しい〜♪」
「まいう〜」
「かなりイケるわ、これ」
 三人の様子に、つかさも満足した。
「気に入った? よかったぁ、うまくいって」
 そう言って、つかさもライスピザを口にした。
 そんなつかさに三人の視線が集中する。そして、図らずも心の中で同じ言葉を呟いていた。
(お嫁さんに欲しい!)
 ──って、つかさはお嫁さんじゃないから!(爆)

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