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WILD BLOOD

第9話 あぶない夜は眠れない

−4−

 つかさの作ったライスピザはアッという間に平らげられた。つかさと薫はその前に美夜のホットケーキも食べたので、かなりお腹は一杯だ。美夜から冷たい麦茶を出してもらい、ようやくひと心地ついた。
「さて、食う物も食ったし、何かゲームでもして遊ぶか」
 こちらはまだ食い足りなそうなアキトが珍しい提案をした。もちろん、それに否はない。
「ゲームって何するの?」
 つかさはアキトに尋ねた。確かリビングにはテレビゲームの類は置いていなかったはずである。
 するとアキトが何やら企んだ目つきで、ニヤリと笑った。
「若い男女が集まってするゲームって言ったら、ひとつしかねえだろ? ──“王様ゲーム”だ」
「“王様ゲーム”? 何それ?」
 そっち方面にはまだ疎いつかさは、アキトの言うゲームを理解できなかった。美夜も同様。
 一方、顔を真っ赤にさせて異議を申し立てたのは薫だ。
「バカ! アンタ、何考えてんのよ!?」
 薫のえらい剣幕に、つかさと美夜はキョトンとした。だらしない笑みを漏らしているのはアキトである。
「絶対に楽しいって。ちょっとでいいからやってみようぜ」
「却下! まったく、アンタってやっぱりサイテー!」
 嫌悪感も露わに、薫はアキトに殴りかからんばかりだった。
「あのー、“王様ゲーム”って何?」
 おずおずといった感じで、王様ゲームを知らないつかさが質問した。するとアキトが答える。
「要はくじ引きをしてだな、一人の王様を決めるんだ。そして、王様が他の者に命令を下す。例えば、『王様の肩を百回揉め』とかな」
「へえ。いろいろな命令が出来るんだ。面白そうだね」
 つかさは単純に考えて言った。いつも空手部では先輩たちにどやされ、クラスの男子からもからかわれるつかさである。アキトが転校してきてから、そういうことも少なくなってきたが、遊びで誰かに命令を下す気分というのも悪くない、と想像したのだ。
「だろだろ? ほら、つかさもやりたいって言ってるぞ」
 味方を得て、アキトは増長した。
「私もやってみたいな」
 つかさに続いて、美夜も賛同した。
「おお、三対一だな。多数決で“王様ゲーム”に決定!」
 それに対し、薫は徹底抗戦する。
「ダメダメダメダメ、絶っっっっっっっ対にダメ! コイツが企んでいることなんて見え見えよ! 王様になったら、どうせロクでもない命令を出すに決まってるわ! 服を脱がそうとしたり、体に触ろうとしたり! その他にももっといやらしいことを考えているのよ、このドスケベは!」
 薫はアキトをそう断じた。そこまで言われたアキトは──顔をだらしなく緩ませ、ヨダレを垂らしそうなくらいニヤついていた(苦笑)。
「ぐへっ……げへへへへ……」
 今、明らかにアキトの頭の中では、ここではとても書けないような18禁の淫らな妄想が走馬灯のように駆けめぐっていたに違いない。その様子に、さすがのつかさも身の危険を感じた。
「や、やっぱり、ボクもパスするよ……」
「えー、それでも私、やってみたいなあ」
 ぽわ〜んと頬を赤く染めながら、美夜がポツリと呟いた。つかさと薫を見つめる瞳が、心なしか潤んでいる。さすがはアキトの妹。
「美夜ちゃん……」
 これには薫も汗を拭くしかなかった。
「も、もっとさ、健全なゲームをしようよ。トランプとかさ」
 つかさは早く“王様ゲーム”から別の思考に切り替えさせたかった。
 だが、この提案にアキトが異議を唱える。
「トランプだあ? 何を健全な高校生みたいなこと言ってんだよ?」
「私たちは歴とした健全な高校生です!」
 間髪入れず、薫が訂正する。しかし、アキトが納得するはずがなかった。
「何を時代遅れなことを。今どきの高校生はもっと進んでるぜ。これだから童貞と処女は困るんだよ」
「あっ、あっ、あのねえ……!」
 薫は反論しようとするが、顔が真っ赤になってしまっている。つかさも同じだ。確かにこの二人、今どきの高校生からすれば遅れているだろう(苦笑)。
 それに目を輝かせたのは美夜だった。
「えー、お兄ちゃんたち、まだ経験してないの? 美夜が教えてあげようか?」
 中学生にまで言われて、つかさも薫もこれ以上ないくらい羞恥に顔を染めた。まったく、とんでもない兄妹の家へ遊びに来てしまったものだ。
「とにかく、ダメなものはダメです!」
 薫は恥ずかしさを振り払うように大声を張り上げた。つかさもただひたすらにうなずく。
 アキトはまだ諦めきれない様子だったが、美夜が先に折れた。
「まあ、しょうがないわねえ。今日のところはトランプで勘弁してあげちゃう」
「なっ!? 美夜、裏切るのか!?」
 手の平を返した美夜に、アキトは気色ばんだ。
 美夜は吸血鬼<ヴァンパイア>ならではの妖しい流し目を兄に送ってみせる。このときばかりは、ただの可愛らしい女子中学生などではなかった。
「お兄ちゃんたちを兄貴に取られるのはシャクだしね。それに──」
 このとき美夜は、つかさたちには聞かれないよう囁いた。
「まだまだ時間はあるんだから。ゆっくり私のモノにしてあげるわ」
 と。



 こうして、まだ“王様ゲーム”に未練たらたらなアキトを加えて、無難なババ抜きが始まった。
 時計回りに、つかさ、美夜、薫、アキトの順である。
 アキトがカードを鮮やかにシャッフルし、それぞれに配った。
「なあ、負けたヤツは罰ゲームってのはどう?」
 懲りずにまたしてもアキトが提案した。薫が白い目で睨む。
「アンタねえ……」
「ただのババ抜きなんてつまんねーよ! 少しは何か楽しみがないと」
 アキトはゴネた。つかさは苦笑、薫はため息だ。
「で、負けたら何するの?」
 と美夜。すると、
「野球拳みたいに服を一枚ずつ脱いでいくってのはどうだ?」
 と、またしてもアキトは邪なルールを口にした。
「アンタ、どうしても私たちを脱がせたいみたいね?」
 薫の反応は冷淡だ。殺気すら感じられる。
「だから、遊びだって、遊び。まったく、処女はシャレが通じねえなあ」
「わ、悪かったわねえ!」
「まあまあ、とにかく始めようよ」
 これ以上、二人にケンカをやらせてたら、一向にトランプが出来ないと思ったつかさが、ゲームのスタートを促した。
 四人はまず手札で重複する数字を二枚一組で捨て、ジャンケンで先攻を決める。勝ったのはアキトだ。
「よっしゃ!」
 アキトは勢い込んで、薫から一枚引いた。手札と同じ数字のカードを引いたので、場に捨てる。そして、次に自分の手札一枚をつかさに引かせた。
 ババ抜きは順調に進んだ。ババであるジョーカーをつかんでいるのは、薫から引いてしまったアキト。皆、残りの手札が少ない。早く隣のつかさに引かせるか、ジョーカー一枚にしてしまわないと負けになってしまう。
「そらよ」
 つかさの番が来て、アキトは手札を裏向きに差し出した。つかさの指が迷う。
「じゃあ……これ」
 アキトは思わずニヤリとした。つかさが引いたのはジョーカーだったのだ。
 つかさは表情を曇らせたが、すぐに平静を装って、手札を切った。そして、次の美夜にカードを引かせる。
 美夜、薫と引いて、またアキトの番が来た。深くも考えず、薫からカードを一枚引く。その瞬間、アキトは絶句した。
 引いたカードはジョーカーだったのだ。
「お前ら、オレをハメてねえだろうな!?」
 思わず口に出して言ってしまったのも無理はない。たった一周でジョーカーが戻ってきたのだ。全員がジョーカーを引き当てないと、こんな偶然は起こらない。
 結局、そんな不運もあって、負けたのはアキトだった。他の三人は苦笑するしかない。
「罰ゲームの言い出しっぺが負けてりゃ、世話ないわね」
 薫が意地悪く言った。アキトは悔しさに唇を噛む。
「く、くそぉ〜、男に二言はない! 脱いでやろうじゃないか!」
 アキトはそう言うと立ち上がって、おもむろにズボンのベルトを外し、ジッパーを下げた。
「いきなり下から脱ぐなぁ!」
 薫のツッコミは素早く、伝家の宝刀ハリセンをどこからか(ホント、どこなんだよ?)抜き放った。
 すぱーん!
「ぐわぁ!」
 小気味いい音がリビングに響いた。薫のハリセンによって顔面をはたかれたアキトは、後方のソファを乗り越えるように、もんどり打って倒れ込んだ。
「ただいまー」
 そんな声が聞こえてきたのは、その直後だった。

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