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「風呂かぁ……。うひゃひゃひゃひゃ」
薫が美夜と一緒にお風呂に入ると聞いて、当然、アキトがジッとしていられるわけがなかった。よからぬ想像をしたらしく、顔がスケベったらしく緩む。そんなアキトを見て、つかさは気が気じゃなかった。
「アキト、あの──」
「こうしちゃいられないぜ!」
早速、アキトは行動に移った。つかさは諦めたように嘆息をつく。
仙月家のバスルームには窓などなかった(あったとしても、ここは十三階だけど)。覗くなら入口しかない。しかし、そこは薫たちも警戒するだろう。アキトの行動パターンなど、絶対に読まれている。
だからこそアキトは裏をかく必要があった。
薫たちは、まだ美夜の部屋でバスタオルなどの準備をしている。今のうちだった。
アキトは素早く真っ裸になった。着衣は自分の部屋に放り込み、誰もいないバスルームに、電気をつけないまま入る。薫たちがバスルームに入ってきた途端、裸でご対面というわけだ(苦笑)。もちろん、その後、ただでは済まないだろうが、勝手に入ってきたのはそっちだと言い張ることが出来る。薫たちも、まさかアキトが先に入っているとは予想もしないだろう。
我ながら完璧な作戦だと自画自賛しつつ、アキトは湯船に浸かった。薫たちが来る前に、アキトの存在がバレてはまずい。
バスタブは寝そべって入るようなタイプだった。だから隠れるのはなかなか難しい。アキトは仰向けの姿勢のまま、お湯の中に隠れることにした。一応、吸血鬼<ヴァンパイア>なので、長く息を止めることは可能だ。あとはカモフラージュとして、乳白色の入浴剤を入れておくことを忘れない。
準備万端。あとは薫たちが裸でやって来るのを待つだけだ。
しばらくすると、脱衣所に人の気配を感じた。二人。薫と美夜だ。
「ねえ、大丈夫かしら。アイツに覗かれたりしない?」
薫が当然予想される心配を口にした。すると美夜が、
「平気、平気。ウチのバスルームには窓がないから、出入口はここだけ。それに脱衣所とバスルームのドアには鍵がついているから、心配ないよ。それにこの鍵は私がつけたヤツだから、絶対、兄貴には解除できないし、ドアも壊されないよう頑丈なのを設計してあるから」
悔しいが、美夜の言うことは認めざるを得なかった。だからこそ、このチャンスを逃すことは出来ない。
アキトは文字通り息を殺して待った。
「ただし、念には念を入れて……」
美夜がそう言ったが最後、しばらく会話が聞こえなくなった。服を脱いでいるような気配も感じられない。
(何をしてやがんだ? 早く入ってこい!)
アキトは心の中で叫んだ。
そのうちに──
グラッ! グラグラグラッ!
次第に風呂の温度が上昇し始めた。どうやら焚きすぎのようである。
アキトは我慢した。もうちょっとの辛抱で、薫たちは中へ入ってくる。せめてそれまでは──
しかし、いくら待っても薫たちが中へ入ってくる気配はなかった。そうこうしているうちに、風呂の湯がまるで活火山の溶岩よろしく、グラグラと沸き立つ。
息を長く止められても、さすがにこの温度を耐え抜くのは吸血鬼<ヴァンパイア>ですら至難の業だった。アキトはとうとう耐えきれずに、湯船から飛び出す。
「アッチィィィィィィィィィィィィィィィィッ!」
そのタイミングをまるで見計らっていたかのように、バスルームの電気が点けられ、ドアが開けられた。
「やっぱり潜んでいたか」
名推理的中に自信を覗かせながら、美夜があぶり出したのぞき魔──兄のアキトを蔑むように見た。もちろん、まだ服を着たままだ。その後ろでアキトのあられもない姿(笑)を直視してしまった薫は、慌てて目を覆っている。
「み、美夜ぁ! て、てめえ……」
アキトは熱湯風呂のお陰で、タコ茹で状態だった。全身が真っ赤になり、完全にのぼせ上がった状態だ。実の妹と思えない仕打ちに怒鳴りつけてやりたいところだが、それすらもままならない。
「どうせ、兄貴のことだから、私たちの裸を見ようと、先に入って待ち伏せしていると思ったわ。スケベ」
最後の一言は辛辣に言った。
「てめえ、知ってて……」
「そうよ。だからこのお風呂、短時間で温度設定が自在になるよう改造したんだから」
見かけによらず、美夜は一から部品などを組み立てて、何かを作ったりすることが得意だった。その発明品の数々に、アキトは度々、痛い目に遭わされている。それをすっかり失念していた。
「危なく死にかけたぞ!」
「兄貴が悪いんでしょ! 乙女の柔肌を覗こうとした罰よ!」
「誰もてめえの洗濯板には興味ねえ!」
それは美夜には禁句だった。
「もう一度、熱湯風呂に入りたいようねえ?」
「うぎゃああああああああっ!」
それからしばらく、美夜の拷問が続いた。数分後──
「さあ、とっとと出てって!」
妹に冷たくあしらわれ、アキトは裸のまま廊下を放り出された。脱衣所のドアがピシャリと閉められる。
「さあ、お姉ちゃん、一緒にお風呂に入りましょう♪」
中からは美夜の嬉しそうな声が漏れてきた。
「だから、止した方がいいって言おうと思ったのに」
つかさがどこからか見つけてきたバスタオルをノックアウト状態のアキトに渡しながら言った。半ば予想された結末だ。
「ゼエ、ゼエ、ゼエ……。だ、ダメと言われたら、余計に見たくなるってのが人情ってモンだろ?」
アキトは濡れた髪をバスタオルでクシャクシャに拭きながら、いかにももっともらしい発言をした。熱湯風呂のお陰で、肌がヒリヒリする。
「お前だって、女の子の裸に興味がないわけじゃないだろ?」
「それは、その……」
つかさは赤くなって、口ごもった。
「それとも、あんな洗濯板女やオトコ女よりも、あこがれのマドンナの裸の方がいいかあ?」
アキトは下卑た笑いを見せながら、つかさをからかった。
アキトが言っているのは、つかさが密かに想いを寄せている二年E組の待田沙也加<まちだ・さやか>のことだ。もし、今、目の前のバスルームに沙也加がいたら……。つかさはつい想像してしまい、勝手にのぼせ上がった。
「せ、先輩をそういう風に見るなんて、ボクには、その……」
「ウソつけ。お前が考えていることなんて、オレにはとっくにお見通しだ。この純情少年」
アキトは腰にバスタオルを巻きつけると、ややフラつきながら立ち上がった。ドアに鍵をかけられた以上、もう覗きは出来ない。ここにいてもムダだった。
ところが、立ち去ろうとしたアキトの足をバスルームから聞こえる声が止めた。
「わあ、薫お姉ちゃんの大きい!」
美夜の驚いたような声。アキトはガバッと片耳を脱衣所のドアにつけるようにして、へばりついた。
「そ、そお?」
一方の薫はドギマギした声だ。
「お洋服の上からじゃ、そんなに分からなかったけど、お姉ちゃんのオッパイ、直で見ると大きくて柔らかそう」
「キャッ! み、美夜ちゃん!」
「わぁー、やっぱり柔らか〜い!」
「ヤだぁ、もおっ!」
「私もこんな風に大きくなるかなあ?」
「み、美夜ちゃんはこれからどんどん成長するから大丈夫よ……やん! も、もういいでしょ?」
「えーっ、もうちょっといいじゃない、女同士なんだし」
何やらバスルームの中では、二人の美少女がじゃれ合っている──というか、美夜が薫に対してベタベタしているらしい。乙女の嬌声。
いつの間にか、つかさまでがドアに聞き耳を立てていた(爆)。
「お尻も可愛い♪」
「だから美夜ちゃん、触らないでってば」
「ちっちゃくて、キュッと引き締まってて……」
「キャッ!」
「エヘヘへ、手が滑っちゃったぁ」
手が滑ったって、どこへ?(爆)
「お姉ちゃん、私のも触っていいよぉ」
「み、美夜ちゃん、だからこういうことはやめない? 女同士でもさすがに……」
「そお? 私は楽しいけど?」
二人の会話を聞いていたアキトは、拳を握りしめて悔しがった。
「チクショウ、美夜のヤツ! 二人っきりになったのをいいことに、好き勝手しやがって! うらやましいヤツめ! ──この際だ! 次はオレたちも一緒に入ろうぜ」
アキトはつかさに言った。つかさには女の子の会話に触発されて発情したアキトがとても危険に見える。
ただでさえ美少女と間違えられているつかさだ。アキトと一緒に風呂へ入ったが最後、男同士でも何が起こるか……。
「絶対、ヤだ!」
つかさは頑なに拒んだ。
「つかさお兄ちゃ〜ん! そこにいるんでしょ?」
「いっ!?」
不意にバスルームから美夜に呼ばれ、つかさはギクリとした。美夜にはすべてお見通しなのかもしれない。
「お兄ちゃんも一緒に入りたい?」
美夜は無邪気に尋ねた。いや、これも挑発なのか。
もちろん、つかさに答えられるわけがなかった。
「オレなら一緒に入ってやれるぞ」
アキトが代理として名乗りを挙げた。
「却下」
美夜が即答した。
「つかさ、いるの!? 真に受けて、入って来ないでよ!」
薫がトゲトゲしい口調でクギを刺した。入って行けるわけがない。そんなことをしたら、本当に殺されるだろう。
「キャハハハハハハッ!」
美夜は心底、楽しそうに笑っていた。
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