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薫と美夜が風呂から上がったのは、夜の九時近くだった。
仙月家には両親がいないが、さすがにこれ以上、長居するのははばかられた。薫はバスタオルで濡れた髪を拭きながらリビングへ行き、アキトと共に悶々としているつかさ(笑)に目配せする。
「そ、それじゃあ、ボクたちはそろそろ……」
つかさはおずおずとソファから立ち上がった。そこへすかさず美夜がやって来て、つかさを引き止める。
「えーっ、泊まってってよぉ! 美夜と一緒に寝よ」
「だから、それは……」
「美夜ちゃん。泊まれない代わりに、私とお風呂に入るだけの約束でしょ?」
薫がわがままな妹に言い聞かせるようにした。しかし、美夜は言うことを聞かない。
「イヤ! 今日はお兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に寝るの!」
美夜はなおも、つかさの腕にしがみついた。この様子では意地でも離さないだろう。
「アキト〜!」
つかさはアキトに救いを求めた。が──
「別に泊まって行くくらいなんともねーだろ?」
と、逆に勧める始末だ。風呂を覗くことに失敗したアキトは、次に夜這いでも考えているのだろう。その眼には邪な企みが窺えた。
「そうはいくもんですか! ──帰ろ、つかさ!」
アキトの思惑などとっくにお見通しの薫は、決然とした態度を見せ、美夜にしがみつかれたままのつかさの腕を引っ張った。すると、どうしたわけか、美夜があっさりと手を離す。
「もう手遅れだと思うわ」
「何が?」
薫は美夜を振り返った。すると美夜は妖しげな笑みを漏らす。
「九時まで、あと五秒……四、三、二、一……」
カチャッ! カチャンカチャンカチャン!
玄関の方で何やら機械的な音がした。その音に美夜はニンマリする。
「はい、残念でした! たった今、この部屋は完全に戸締まりされました!」
「えっ!?」
「もう誰も中へ入って来られないし、ここから外へも出られません」
「そんな!?」
薫は血相を変えて、一人、玄関へ向かった。つかさも続く。その後に余裕綽々な美夜とアキト。
薫は玄関のドアと格闘していた。押しても引いてもドアはビクともしない。鍵がかかっているのかとロックを外そうとするが、それすらも動かなかった。
「美夜ちゃんの仕業なの!?」
完全に出口を塞がれ、さすがの薫も美夜を睨みつけた。
しかし、美夜は、
「最近はオートロック式のマンションでも物騒だし、自前で完全施錠システムを作ってみたの。夜の九時から朝の七時まで、玄関のドアが完全にロックされる仕組みなのよ。ここは十三階だから窓からドロボウが侵入する恐れはないし、これで防犯システムは完璧! どう? すごい?」
と、むしろ得意満面だった。瞬間湯沸かし器の風呂といい、どうやらこの部屋全体に美夜の改造がいろいろと施されているらしい。他にどんな仕掛けがあるか、分かったものではなかった。
「じゃあ、私たちはもう……」
薫の言葉は、ショックのあまり、呟くような感じだった。
美夜がウインクする。
「そう! 明日の朝七時まで、ここから出ることは出来ないわ!」
つかさと薫の二人は帰宅を断念した。
美夜の言うように、唯一の出入り口を塞がれては、この十三階の高層から脱出する術はない。
さらに美夜を問いつめて、ドアのロックを外す方法を聞き出そうとしたが、そんなものは設計の段階から存在せず、どうしても出るのなら、ドア自体を破壊しなければならないと言われた。いくらなんでも、さすがにそれはためらわれたので、渋々と泊まっていくことに同意したのである。そのときのアキトと美夜の喜びようといったら(苦笑)。
つかさと薫は、それぞれの家に外泊する旨を電話した。
「ああ、ばあちゃん? 今日はアキトの家に泊まっていくことにしたから──え? うん、そう──大丈夫だよ──うん、そうだね。分かった。じゃあ、戸締まりと火の元に気をつけて──おやすみ」
つかさがした祖母つばきへの電話は簡単だった。大変だったのは薫の電話の方だ。出たのは弟の元気だったらしい。
「あっ、元気? お母さんは? ──え? お風呂? じゃあ、お父さんは? ──仕事かぁ。じゃあ、アンタでいいわ。お母さんに伝えといて。今日、友達の家に泊まっていくからって──は? オトコの家だろうって?」
それは間違いない(笑)。
「バカ、そんなんじゃないわよ! ──違うって言ってるでしょ! まったく、どこでそんな言葉憶えてくんのよ!? ──ああっ、うっさいわねえ! 友達ん家ったら友達ん家よ! アンタ、変なことお母さんに吹き込まないでよ! ──口止め料!? 何で私が払わなきゃいけないのよ! 私は清廉潔白です! アンタじゃあるまいし! とにかくね──」
そこで突然、横で盗み聞きしていたアキトが受話器をひったくった。
「あー、オレ、アキト。そういうわけで、薫のヤツはオレん家へ泊まっていくから。野暮なことは聞くなよ。一つ屋根の下で男女が閨<ねや>を共にすれば、することは決まってるしよ。じゃあな」
と、一方的に喋ると、アキトは電話を切ってしまった。当然、薫が黙っていられるわけがない。というよりは──
すぱーん!
再び伝家の宝刀ハリセンが唸った。どうやら背中に隠していて、襟元から抜きはなっているようだ。マメなことである(苦笑)。
頭をはたかれたアキトは撫でさすりながら、薫を振り返った。
「何すんだよ?」
「何すんだ、じゃないわよ! あんないい加減なことを弟に吹き込んで! 元気のヤツが真に受けたらどうすんの!?」
「お前がうだうだやってたから、オレが代わりにスパッと言ってやったんだろ。それにデタラメかどうかは、これから次第だぜ。へっへっへっへっ」
アキトの好色な眼が薫を舐め回した。薫は怖気に震える。
「あー、ヤダヤダ、こんなケダモノ! こいつを野放しにしたままじゃ、寝られやしないわ!」
「お姉ちゃん、安心して。私の部屋なら、兄貴は近づけないから」
心配する薫に、美夜が自信満々に言い切った。
アキトと美夜が壮絶な火花を散らす。
「ほほう。どうやら自慢の罠<トラップ>が仕掛けてあるようだな」
「まあね。もし、私の部屋へ忍び込もうと思っているなら、今のうちに忠告しておくわ。命が惜しかったら、大人しく自分の部屋で寝ていることね」
「言ってくれるじゃねえか。誰がお前の罠<トラップ>なんぞにビビるもんか」
「そう? なら勝手にどうぞ。明日の朝、吠え面かくのは兄貴の方だと思うけど」
美夜の不敵な挑戦に、アキトの闘志はさらに燃え上がった。
「見てろよ! ──さあ、つかさ。オレたちも部屋へ行こうぜ」
アキトはつかさを促した。だが、つかさは表情を強張らせる。
「え? アキトの部屋に?」
つかさの体は、明らかに拒絶反応を示していた。
「おい?」
つかさの態度に、アキトは苛立ちが混じった。
確かに男同士ではあるが、美少女顔負けのつかさに対し、アキトはこれまでも幾度となく手籠めにしようとしてきた経緯がある。友人として大いに信頼はしているが、アキトの性癖に関しては疑ってかからねばならない。それが短い間の付き合いで、つかさが学んだことだ。
つかさはアキトから、思わず後ずさった。
これを見て、美夜が歓ばないわけがない。
「お兄ちゃんも私の部屋で寝よ!」
美夜の提案に、つかさと薫は虚を衝かれた。さっきのは冗談とばかり思っていたのだ。
「み、美夜ちゃん、それは……」
「美夜ちゃん! つかさも一応、男なのよ!」
別に「一応」をつけなくても男だと、つかさは抗議したかったが、言葉を呑み込んだ。
「知ってるよ」
「だったら、年頃の男女が一緒の部屋で寝るなんて、そんな特別な関係でもないのにするもんじゃないわ!」
「私、お兄ちゃんのお嫁さんになるから、別にかまわないもん!」
美夜は甘えるように、つかさに抱きついた。これにはつかさばかりか、見ていた薫までが恥ずかしくなってくる。
「み、美夜ちゃん!」
「エヘヘ、何てね。まあ、今日はお姉ちゃんも一緒なんだし、何もしないで大人しく寝るつもりよ。つかさお兄ちゃんだって、いくら何でも、二人の女の子の前で変なことはしないでしょ?」
「そ、それはそうだけど……」
つかさは完全に美夜のペースに乗せられていた。なぜかバスルームでの薫と美夜を思い出し、頭がボーっとしてくる。
「じゃあ、決まりね!」
美夜はキャッキャと喜んだ。何だか美夜に言いくるめられた感じだが、アキトとの同室というリスクを選ぶ気にもなれない。
するとつかさは、物凄い形相でこちらを睨んでいるアキトに気づいた。
「あ、その、アキト……」
「そうかい、そうかい。まあ、男同士で寝るより、女二人に挟まれて寝る方がいいに決まっているよな? せいぜい楽しむこったな!」
アキトは完全にヘソを曲げていた。つかさは、段々、罪悪感を覚える。
「アキト、ボクは──」
だが、そこをすかさず美夜が遮り、つかさをグイグイと引っ張った。
「さあ、お兄ちゃん。私の部屋はこっちよ」
つかさは言われるがまま、美夜の部屋へと連れて行かれた。
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