[←前頁] [RED文庫] [「WILD BLOOD」TOP] [新・読書感想文] [次頁→]
「お、お邪魔します……」
つかさはおずおずと美夜の部屋のドアを開けた。途端にグイッと腕を引っ張られ、危なく転びそうになる。つかさは美夜によって招き入れられた。
「ああ、嬉しい! お兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に寝られるなんて!」
美夜はご機嫌だった。それもそのはず。アキト一人を除け者にし、つかさと薫を独占しているのだから。つかさは、とてもじゃないが今夜は眠れそうにないと思った。
「お風呂どうだった? 兄貴のヤツに襲われたりしなかった?」
美夜はつかさからバスタオルを受け取ると、まだ濡れた髪を拭いてやりながら尋ねた。
「別にアキトが入ってこようとしたりとかはなかったけど……」
というより、つかさが美夜たちと寝ることに決めてからというもの、アキトは不機嫌だった。てっきり男は男同士、一緒に寝るものだと信じていたらしい。それはもっともな話だ。あの、男でも女でも処女なら押し倒す、という性癖さえなければ、だが。
孤立したアキトはロクに口もきかず、つかさに黙って、自分の使っていないパジャマを渡してくれた。サイズが違いすぎて、袖や裾をまくらないといけなかったがしょうがない。
「ホントにここで寝るわけ?」
美夜のベッドに腰掛けた薫が、つかさに冷ややかな視線を向けてきた。昔から姉弟のような仲だが、さすがにベッドを共にしたことはない。
こんな事態になったことを詫びようとしたつかさだが、それは薫の格好を見た途端、吹っ飛んでしまった。
影人のものだろうか、薫は男物の白いシャツを一枚、パジャマ代わりに着ていた。スラリと伸びた白い素足と襟元から覗く胸元。透けてもいないのに、下に身につけている下着まで想像してしまう。その扇情的な眺めに、つかさの脳は完全に停止した。
「ちょっと、どこ見てんのよ!?」
つかさの視線に気づき、薫は両手で胸を覆い、脚を折り曲げた。そのせいで、逆に裾の部分が際どくなる。つかさは慌てて目をそらした。
「な、何だよ、その格好!」
照れ隠しに、つかさの声は大きくなった。薫も顔が真っ赤だ。
「しょうがないでしょ! 美夜ちゃんのパジャマじゃ、私には小さいんだから!」
薫はとっさにベッドの上にあったクッションをつかみ、膝元を隠した。つかさはもう、そちらを見られない。
そんな二人を交互に見て、美夜はいたずらっぽく笑った。
「あれれ? まさかお兄ちゃんたち、恋人同士じゃないわよね?」
「違う!」
「違います!」
つかさも薫も、即座に否定した。その点に関しては一致した意見らしい。
「つかさとはね、たまたま中学の頃から一緒なだけよ!」
「まあ、知り合ったのはその前からなんだけど」
「その前からって、まさか親同士が決めた許嫁だったとか?」
美夜が茶々を入れる。
「美夜ちゃん、少女マンガの読み過ぎ!」
薫が指摘した。
つかさが昔を振り返る。
「両親が生きていた頃、よく夏休みとか冬休みとかになると、こっちにいるじいちゃんとばあちゃんの家に来ていたんだ。ウチの両親はどちらも仕事が忙しくて、学校がない日、ボクの面倒を見きれなかったんだよ。そのとき、近所でよく男の子を泣かしていた薫と知り合ったんだ」
「コラ! 誰がその原因を作っていたのよ? アンタがよくいじめられていたから、私が助けてやったんじゃない!」
つかさの説明に、薫は心外な顔をした。
「まあ、そういうわけで、ボクらは幼なじみみたいなもんなんだ。まさか、こっちで暮らすようになって、一緒の学校に通うとは思わなかったけど」
「私にとっては、もう一人、手のかかる弟がいるって感じね。見ているとイライラしてきて、放っておけなくなる」
「で、いつしかそれが恋愛感情に発展して行き──」
「だーかーら、違うって言ってるでしょ!」
どうしてもそちらへ結びつけたがる美夜に、つかさと薫は、もう一度、熱を込めて否定した。
すると美夜がニンマリする。
「それを聞いて安心したわ! これで心置きなくお兄ちゃんにアタックできるもん!」
と言って、美夜はつかさにしがみついた。つかさはその場でおろおろするばかり。薫に助けを求めようと振り返っても、我関せずといった表情だった。
「じゃあ、お姉ちゃんがそっち側で、私が真ん中、お兄ちゃんがこっちね」
美夜がたったひとつのベッドで説明した。つかさと薫が美夜を挟む格好である。
「ホントに三人で寝る気?」
薫はいつか冗談だと言うんじゃないかと期待していた。だが、美夜はあくまで本気だ。
「もちろん」
「ちょっと狭くない?」
「身を寄せ合えば何とかなるわ」
「やっぱり、ボクは床で寝ようか?」
「ダメ。お客様を床に寝かせるなんて、とんでもない! ちゃんとベッドで寝て!」
つかさの提案は即座に一蹴された。そのベッドも三人で共有ではキュウキュウである。
部屋の電気が消されると、美夜に促されながら、まず壁側に薫が寝た。次に美夜。そして、最後はつかさである。やはり三人では狭すぎて、ヘタをするとベッドから落っこちそうだ。
「ほら、もっとこっちに寄って」
美夜が落ちないように、つかさのパジャマを引っ張った。これ以上と言われても。
「早くぅ」
熱い息を耳元に吹きかけられ、つかさは身を強張らせた。美少女に密着され、脈拍が一気に上昇する。ほとんど美夜に抱きつくような格好になった。
「キャッ! お兄ちゃんたら、大胆!」
「ご、ごめん」
「つかさ、美夜ちゃんに変なことしてないでしょうねえ?」
「してない、してない! ──と思うけど」
「いいの、いいの。気にしないから。さあ、ぐっすり寝ましょう。おやすみなさ〜い」
美夜はそう言うと、頭をつかさの胸に預けるようにしてきた。もう、つかさは動けない。その向こうにいる薫は、どんな顔をしているだろうか。何か機嫌が悪そうだけど。
つかさは呼吸すらためらわれて、身を強張らせながら、真っ暗な部屋の中で美夜の体温だけを感じていた。
その頃、アキトは──
三人に阻害されて泣き寝入りするようなタイプでは、当然なかった。つかさが美夜の部屋へ入ったのを見届け、しばらく時間を置いてから、行動を起こす。
今さら言うまでもなく目的はつかさと薫への夜這いである(苦笑)。ここで引き下がっては男がすたる、くらいの決意を秘めていた。
つかさが美夜の部屋に入ったのと同時に、各部屋の照明が自動的に消灯した。どうやら、美夜の仕掛けたセキュリティ・システムが働いたらしい。スイッチを操作しても、電気は点かなかった。もしかすると、これもタイマー設定されているのかもしれない。
「何を仕掛けやがった、美夜のヤツ」
アキトは用心深く、周囲を見回した。幸い、吸血鬼<ヴァンパイア>なので、暗闇の中でも見通すことが出来る。アキトは抜き足、差し足、忍び足で美夜の部屋へ向かった。
廊下の手前でアキトの足が止まった。吸血鬼<ヴァンパイア>の眼は、普通の人間には見えない赤外線すら感知する。美夜の部屋へ至る廊下には、これみよがしに赤外線の網目が幾重にも出来ていた。どうやら、これに触れると罠<トラップ>が発動する仕組みらしい。
やはり部屋のドアへ通じる廊下は、一番厳重に罠<トラップ>が仕掛けられているようだ。
「ならば、作戦変更」
罠<トラップ>を回避すべく、アキトは別ルートを選択した。すなわち、窓からの侵入である。
ここは十三階。しっかりとした足場があるわけではないが、身の軽い吸血鬼<ヴァンパイア>ならば、わずかな凹凸に手足の指をかけ、壁伝いに移動することは可能だ。
アキトはまずバルコニーから外へ出ようと思った。
だが──
バルコニーはシャッターによって塞がれていた。もちろん、簡単にこじ開けられる代物ではない。試してみたが、ビクともしなかった。
アキトは唇を噛む。知らない間にこんな物まで設置したのかと思うと、我が妹ながら恐ろしくなってくる。
しかし、窓は何もバルコニーだけではない。考え直したアキトは自分の部屋に戻った。そして、自分の部屋の窓を開ける。
「なぬっ!?」
アキトは思わず呻いた。自分の部屋の窓に鉄格子がハマっていたからである。
ここまで徹底した美夜のセキュリティ・システムに、アキトは舌を巻いた。そして、自分への挑戦に、闘志を掻き立てられる。そういう男だ。
「こんなもの!」
アキトは力ずくで鉄格子を押し開こうとした。が──
ビビビビビビビビッ!
鉄格子をつかんだ途端、アキトの全身を電流が貫いた。鉄格子は高圧電流のおまけつきだったのである。
「うぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃーっ!」
アキトはしびれて、そのまま背中から床に倒れ込んだ。
そのとき、美夜の部屋で寝ていたつかさは、恐ろしい悲鳴と大きな物音を聞いて、何事が起きているのかと不安になった。
だが、美夜はすやすやと寝息を立てている。まるで何も聞かなかったかのように。薫も何の反応もない。
つかさは気のせいかと思い直し、懸命に眠りにつくことだけを考えることにした。
当のアキトは黒焦げになり、ひくひくと痙攣していたが、さすがは吸血鬼<ヴァンパイア>の驚異的な生命力、すぐさま復活した。ちょっぴりダメージを残しているのは致し方ないか。口から黒い煙が漏れる。それでも、こんなことでひるむアキトではない。
「高圧電流とは味なマネを! そっちがそうなら!」
次にアキトは、みんなで特上寿司を食べたダイニング・キッチンへ向かった。ここに窓はないが、他に求める物がある。アキトは天井を見上げて、ニヤリと笑った。
それは屋根裏点検用の小さな出入口だった。ここから屋根裏を伝って、美夜の部屋に忍びこもうという算段である。さすがの美夜も、ここまでは手を回していないだろう。
アキトは人ひとりがやっと通れるような蓋を外すと、天井裏へ身を潜り込ませた。アキトの眼がネコのように光る。天井裏は腹這いにならないといけない狭さだが、とりあえず何とかなりそうだった。
アキトは匍匐前進<ほふくぜんしん>で美夜の部屋を目指した。今度は美夜の罠<トラップ>もなさそうだ。
いや──
その考えは甘かったと言えるだろう。突然、アキトは殺気を感じた。
「──っ!?」
ブスッ!
いきなり眼前を上から下へ何かが貫通した。見れば、先が鋭い槍である。このまま進んでいれば、刺さっていたところだ。アキトはギョッとする。
間一髪で命拾いし、アキトは大きく息を吐き出した。それにしても、時代劇でよく見るが、どうして槍はいつも忍者や間者の鼻面近くに突き立てられるのか(笑)。
しかし、安心している場合ではなかった。アキトの全身が危険を感知する。
ザクッ! ザクッ! ザクッ!
アキト目がけて、四方八方から槍が突き出された。天井裏は非常に狭いため、アキトはそれを転がるようにして避ける。埃まみれになるなんて言っていられない。命の危険だ。
「美夜ーぁ! オレを本気で殺す気かーぁ!」
アキトは暗い天井裏で、一人、絶叫した。
[←前頁] [RED文庫] [「WILD BLOOD」TOP] [新・読書感想文] [次頁→]