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WILD BLOOD

第11話 つかさ改造計画

−2−

 登校時間、武藤つかさは曲がり角でバッタリ、クラスメイトの忍足薫<おしたり・かおる>と出くわした。二人は互いの顔を見て、ハッとする。だが、次の反応は真っ二つに分かれた。
「お、おはよう」
 つかさはぎこちなくも笑顔を作り、薫にあいさつをした。一方──
「………」
 薫はひと睨みしただけで、すぐに無視を決め込む。そのまま先に立って、すたすたと歩き始めた。
「あ、ああ、薫?」
 つかさはおどおどしながらも、薫の後を追った。後ろから様子を窺うが、薫が怒っているのは明らかだ。それでも声をかけずにいられない。
「あー、あのさ、薫……そのー……」
「ついてこないで!」
 薫はつかさを振り返らないまま、強い口調で拒絶した。つかさは思わず首をすぼめる。薫は剣道をやっているだけあって、その気迫は他を寄せつけない。
 つかさは薫に聞こえないよう、小さなため息をついた。どうやら薫は、まだ先日のことを怒っているらしい。
 先週の土曜日、つかさと薫は、クラスメイトの仙月アキトと、その妹、美夜に誘われ、兄妹が暮らすマンションへ遊びに行った。そこで二人は、美夜の策略によって一泊するはめに陥り、ベッドを共にすることになってしまったのだ(笑)。
 まず最初、二人は美夜を間に挟んで寝ていたはずだった。ところが、いつの間にか、つかさが美少女二人に挟まれる格好になり、アキトが罠<トラップ>の催眠ガスを作動させてしまったこともあって、そのまま朝まで寝込んでしまったのである。翌朝、隣にいたつかさに薫が大激怒したのは言うまでもない(「WILD BLOOD」第9話参照のこと)。
 別に二人の間で、何某かのあやまちがあったわけではない(笑)。しかし、年頃の男と女が閨<ねや>を共にしたのである。薫にしてみれば、由々しきことだった。
 それゆえ、薫はずっとつかさに対して怒っていた。教室では、つかさの後ろに薫の席があるのだが、授業中、恐ろしい殺気を感じたことすらある。つかさは何とか許してもらえないかと思っていた。
「そんなに怒らないでよ……薫が驚いたのも無理はないと思うけど……」
 恐る恐る、つかさは声をかけてみたが、薫はおもむろに振り返るや、キッと睨み返した。その形相たるや。
「……ご、ごめん」
 美夜のベッドで一緒に寝ることになったのは、別につかさのせいではないのだが、反射的に謝罪の言葉が口を衝いて出た。それで薫に許してもらえるならと。
 しかし、薫の怒りは沸点に達したままだった。
 つかさは知らない。目覚めたとき、つかさが薫の胸に顔を埋めるようにして寝ていたことを(笑)。さらに薫がパジャマ代わりに着ていたワイシャツは、すっかり前がはだけていたのである。
 薫はあのときのことを思い出すたびに、顔が真っ赤になるのを感じた。つかさがスケベ心を起こしたとは、これまでの付き合いからも思っていないが、乙女の柔肌に触れた罪は万死に値する(苦笑)。それにつかさには、疑惑のファースト・キス事件もあった(こちらは「WILD BLOOD」第7話を参照してください)。今回は到底、許し難い。
 薫はプリプリ怒ったまま、早足で歩き出した。アッと言う間に、つかさを置き去りにしていく。それでもつかさは後を追いかけた。
 イライラが余計に薫の足をせかせかさせた。同じ方向に歩く数人の通行人を追い越していく。やがて、一人の学生を抜き去った。
「おっ、不純異性交遊」
 冷やかすような声が薫にかけられた。薫の耳はピクッと反応し、鞄から、このところいつも携帯しているハリセンを抜刀する。そのまま、その学生にハリセンを叩きつけるつもりだった。
 しかし、ハリセンは空を切った。一年生ながら、すでに女子剣道では全国クラスの腕前を持つ薫の一撃をかわすとは。その人物は薫をさらに不快にさせる嘲笑を洩らした。
「どうした? いつものキレがないんじゃねえか?」
 スラリとした長身で、キリッとした二枚目なのに、薫のクラスメイト、仙月アキトは下卑た笑みを見せた。
「うるさいわねえ。朝から、そんなまずいツラ、見せないで」
 薫はツンケンして、先を急ごうとした。だが、アキトはそれに楽々とついていく。
「朝から随分とご機嫌ナナメだな。まだ、一昨日のことを怒ってんのか?」
「アンタには関係ないでしょ!」
「ああ、関係ねえ。残念なことにな」
 つかさと薫が一泊した夜、アキトは夜這いを仕掛けたのだが、美夜が自前で作った防衛システムを突破できず、リタイアさせられた。だから、美夜の部屋で何があったのか、アキトは知らない。
「まったく、オレも仲間に入れてくれってんだよな。いろいろとお楽しみだったんだろ?」
「誰がよ!?」
 もう一度、薫の対アキト用ハリセンが唸った。しかし、今朝のアキトはそれをひらりと避けてみせる。いつもはやられっぱなしなのだが。
「はっはっはっ、甘いぜ、薫! お前のハリセンは、すでに見切ったわ!」
 高笑いするアキトに、薫は頭痛を覚えた。まったく、こんなの、相手にするもんじゃない。
「おーい、つかさ」
 アキトは二十メートル後方にいるつかさに手を振った。つかさは小走りになって、アキトに追いつく。薫のこめかみがピキッとうずいた。
「おはよう、アキト」
「おう、色男。可愛い顔して、やるときゃやるねえ」
 アキトはつかさをからかった。純情なつかさは、すぐに顔を赤くする。
「そ、そんなんじゃないよ、別に。ボクらは、ただ……」
 ここでつかさは、チラリと薫の方を窺った。薫は無視して歩き続けている。会話に参加しないつもりだ。アキトは、益々、ニヤニヤした。
「『ボクらは一夜、ベッドを共にしました』だろ?」
「アキトぉ!」
 つかさは耳まで真っ赤にしながら、抗議の声を上げた。背中を向けたままの薫は、肩をわなわなと震わせている。しかし、アキトは平気な顔だ。
「何だよ、違うって言うのか?」
「い、いや、それは……」
 一緒にベッドで寝ていたのは確かである。つかさは強く否定できずにいた。
 二人の会話を訊くともなしに聞いていた薫は、とうとう黙っていられなくなった。
「つかさ! そもそも、アンタが──!」
 つかさを一喝しようとした薫だったが、振り向くと、そこにいたのはアキトだけだった。薫は振り上げた拳のやり場を失う。
 すぐさまつかさを捜すと、いつの間にか、さらに後ろにいた女子生徒のところへ駆け寄っていくところだった。
「おはようございます、待田先輩!」
 それはつかさの憧れの存在、二年生の待田沙也加<まちだ・さやか>だった。まるで聖母のような微笑みをたたえている琳昭館高校のマドンナである。沙也加は自分にあいさつしてきた可愛い一年生に微笑んだ。
「おはよう、武藤くん」
 つかさは沙也加に名前を憶えてもらっていて、有頂天になった。一ヶ月前は、声もかけられなかったというのに。
 沙也加と談笑を始めたつかさを見て、薫はスーッと目を細め、能面のような顔つきになった。その無表情さとは裏腹に、その内では激しい感情が渦巻いているのだろう。近くにいたアキトがピリピリした殺気を感じて、身を強張らせる。
 アキトは、薫よりも沙也加をあっさり選んだつかさの身を案じたが、幸か不幸か、それ以上は何も起こらなかった。薫は黙って、さっさと学校へと向かってしまう。アキトはその後ろ姿を見送りながら胸を撫で下ろし、寿命が百年は縮んだと思った。
「ふーっ、おっかねえ。こっちにまでとばっちりが来るかと思ったぜ」
 アキトは知らぬ間にかいていた汗を拭った。つかさの方を見ると、行ってしまった薫にも気づかず、幸せそうに沙也加との会話を楽しんでいる。再び、教室で二人が顔を合わせたとき、どうなるか。アキトはつかさの未来に十字を切ってやりたい気分だった。
「ん?」
 何も知らないつかさを見ているうちに、アキトは不審な人物の存在に気づいた。よくよく見れば、隣のクラスの大神憲だ。例によってカメラを手にし、やや離れた位置からシャッターを切っている。
 最初、大神は沙也加を隠し撮りしているのだと思った。写真部の大神が撮るのは、もっぱら女の子だとアキトは知っている。それもパンチラだとか生着替えとか、軽犯罪の類だ。ところが、珍しくまともに沙也加を撮っている割には、大神のいるポジションと被写体の顔の向きが合わない気がする。これでは横顔しか撮れないのではあるまいか。むしろ、つかさの顔を正面から捉えている感じがする。もちろん、つかさも沙也加も、大神に気づかない。大神はそれをいいことに、夢中で写真を撮りまくっていた。
「おい、イヌ。何やってやがんだ?」
 こっそりと近づいて、おもむろにアキトが声をかけると、大神は飛び上がらんばかりに驚いた。
「あっ、兄貴!」
 大神は血相を変えた。まずい人物に見つかってしまったといった感じだ。それをアキトは見逃さない。
 アキトは大神のカメラをつかんだ。
「何を撮ってたんだよ、イヌ?」
「い、いやー、そのー、これは……」
 苦手なアキトに問いつめられ、大神のこめかみを冷や汗が伝った。

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