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「おい、イヌ。どういうことか、ちゃんと説明してもらおうじゃねえか」
すでに朝のホームルームが始まっている時間だったが、アキトは大神を屋上へ連れ込み、つかさの写真を撮っていたことに対して問いただしていた。
アキトは、いつもの攻撃性こそ見せていないものの、ことがつかさのことだけに、大神への追求は手厳しかった。大神を屋上のフェンスに押しつけ、断続的にスネを軽く蹴って、答えを促す。そんなことをされて、大神がいつまでも口を閉ざしていられるわけがなかった。
「や、やめてくださいよぉ、兄貴。オレと兄貴の間柄じゃないですかぁ」
大神は卑屈に出た。大神は不死身の狼男だが、吸血鬼<ヴァンパイア>であるアキトには、到底、敵わない。つかさの隠し撮りがバレてしまった以上、洗いざらいを喋るつもりだった。
「で、どうして、つかさの写真を撮っていたんだ?」
アキトはさらに凄んだ。大神は負け犬のように尻尾を巻いて逃げたくなる。
「それは……その……ちょっと、ひと稼ぎしようかと思って……」
「ひと稼ぎ?」
アキトは問いつめながら、大神の爪先をぎゅ〜っと踏んだ。詳しく話せ、というプレッシャーである。大神の顔面が引きつった。
「つ、つまりですね、武藤くんの写真を高く買い取ってくれる人物がいまして……」
「誰だ、そいつは?」
大神の爪先を踏む力がさらに強くなった。ミシッという音が聞こえた気がする。大神は早く白状して楽になりたかった。
「生徒会長の伊達さんです」
「伊達だと?」
ボキッ!
「うわああああああああっ!」
アキトは力を緩めるどころか、つい体重をかけてしまった。骨が砕けるイヤな音がして、大神は激痛にのたうち回る。そこでようやく、アキトは大神の爪先を解放した。
「おっ、悪いな。──で、伊達って誰だっけか?」
考え込むアキトに、大神は痛さも忘れて唖然とした。賢明なる読者ならいざ知らず、同じ作品の登場人物にも関わらず、どうやら本当に憶えていないらしい。
「ほら、いつだったか、兄貴とテニス勝負をした、三年生の伊達さんですよ」
大神は折れた足を抱えてピョンピョン跳ねながら、アキトに説明した。まあ、不死身の狼男だから、骨折もすぐに治るとは思うが。
大神の説明を受けて、アキトはようやく思い出した。そういえば、そんなことがあったっけ。
「ああ、オレと勝負して、コテンパンにしてやったヤツだな」
「………」
実際に伊達とのテニス勝負では、アキトは散々だった。文字通り人間離れしたパワーは凄まじかったものの、サーブやリターンのコントロールが悪く、打てばアウトの連発だったのだ。それがどういう解釈によるものか、アキトの中では自分の勝ちということになっているらしい(詳しくは「WILD BLOOD」第3話を参照)。
大神はあえて訂正しなかった。ヘタにそんなことをしたら、とばっちりを食うのは目に見えているからだ。
伊達のことを思い出したアキトは、さらに大神へ凄みを利かせた。
「それで、どうして伊達のヤツがつかさの写真を高く買い取っているんだ?」
「それは、だから……どうやら伊達さん、武藤くんのことが男だと分かっても、諦めきれないでいるみたいですよ。それをどこで嗅ぎつけてきたのか、C組の徳田さんが武藤くんの写真を持ち出してきて、一枚五百円で買わないかと」
「な、何ィ!?」
「初めは無関心を装うとした伊達さんでしたが、すぐに態度を豹変させまして。写真十枚にネガまで購入してましたよ。いやぁ、あんなボロい商売なら、オレもご相伴にあずかりたいと思いましてね──」
そこまで話したところで、いきなりアキトに胸ぐらをつかまれた。おまけに負傷した方の足まで踏まれる。大神は涙をチョチョ切らせながら絶叫した。
「あうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
「おい、イヌ! それは一体、どんな写真だ!?」
「そ、そこまでは……!」
「ぬうううううう、伊達のヤツめ!」
アキトは大神の胸ぐらを離すや、突然、走り始めた。屋上から、とある教室へ向かう。
そこで丁度、朝のホームルーム終了のチャイムが鳴った。一時限目の授業まで、あと五分だ。
がらっ!
アキトは教室のドアを勢いよく開けた。室内の生徒たちが、一斉にアキトを振り返る。
「あっ、あれ……」
アキトの顔を知っている生徒が声を上げた。というよりも、転校してきて以来、何かと騒動を起こすアキトは、琳昭館高校でも超有名人だ。知らない生徒の方が少ないと言えるだろう。
アキトは教室中の視線にひるむことなく、ずかずかと中へ踏み込んだ。そして、一人の生徒の席へ歩み寄る。その生徒は、アキトのただならぬ雰囲気に、思わず腰を浮かした。
「な、何やの?」
一年C組の徳田寧音<ねね>は、いきなりA組のアキトがやって来たことに焦った。ホームルーム中にこっそりと整理していた写真を机の中へ隠す。
その様子を寧音<ねね>のクラスメイト、桐野晶と伏見ありすが好奇の目を持って見守った。
「なんだ、アイツ、いきなり」
無礼なアキトの態度に、ボーイッシュな晶は不愉快さを隠さなかった。元々、アキトは気に食わないタイプなのだ。
それに対し、
「ひょっとして、愛の告白だったりして。キャッ、ねねちゃん、やるぅ!」
と一人で楽しんでいるのは、ロリータ・フェイスのありすである。きっとありすの頭の中では、美化されまくった少女マンガが展開されているに違いない。
アキトは寧音<ねね>の前で仁王立ちした。
「おい、レレ」
「誰が“レレ”や!? “ねね”やっちゅーの! ウチは『おでかけですかぁ〜?』って声かけてる、ホウキ持ったオッチャンかいな?」
それは“レレレのおじさん”(苦笑)。寧音<ねね>はアキトのボケに、すぐさまツッコミで返した。だが、今日のアキトは、いつものように寧音<ねね>をからかいに来たわけではなさそうだ。
「お前、つかさの写真を伊達の野郎に──」
「わーっと! ストップ!」
寧音<ねね>は大声を上げて、アキトを制した。そして、席から立ち上がる。
「その話はここではなんやから、外でしよか」
寧音<ねね>は焦りながら、教室の外へアキトを促した。寧音<ねね>に背中を押されて、アキトは廊下へ出される。一年C組の面々は、それを茫然と見送った。関心を示さなかったのは、神秘的な美少女、黒井ミサくらいのものだ。ミサはお得意の「不吉だわ」というフレーズも発しない。
「何だ、ありゃ?」
あからさまに態度の怪しい寧音<ねね>を晶は訝った。新聞部として、数々の特ダネをモノにしている寧音<ねね>が、裏では色々と危ないことや汚いことに手を染めているらしいことを、晶は、薄々、勘づいている。友達ではあるが、それで何かあったときは自業自得だと思っていた。
ところが、同じ友達でもありすの反応は違った。
「やっぱり、愛の告白かなぁ? そして、一気にキスまで? きゃーっ! ワクワク、ワクワク!」
「だから、違うって、ありす……」
晶は天然少女の発想に頭痛を覚えた。
アキトを廊下に連れ出した寧音<ねね>は、教室から離れた階段まで移動した。ここなら他の生徒に話を聞かれることもあるまい。寧音<ねね>はおもむろにスカートのポケットから一枚の写真を取りだした。
「あんさんも耳が早いでんなあ。欲しいのは、これやろ?」
寧音<ねね>がヒラヒラさせているのは、言うまでもなくつかさの写真だった。体育の時間に盗撮したものらしく、体操着姿で体育座りをしている写真だ。もし、これがブルマ姿だったら、誰もがつかさを女の子だと信じるだろう。
アキトは、寧音<ねね>がこれ見よがしに出したつかさの写真をパッと引ったくった。そして、食い入るように見つめる。寧音<ねね>は伊達と同じようなアキトの反応にニヤリとした。
「生憎、それ以外、全部、伊達はんに売ってしもうてな。売れ残りやけど、こんなんでもええならタダでやるわ」
これでうまく丸め込めると思ったのか、寧音<ねね>は企みに満ちた目を光らせながら微笑んだ。アキトはポケットの中に写真をしまい、咳払いをひとつする。
「お、オレが聞きたかったのは、どうして、つかさの写真を伊達のヤツに売りつけたりするんだってことだ。つかさは売り物じゃねえぞ」
アキトは凄んだつもりだったが、すっかり寧音<ねね>からもらった写真のせいで毒気を抜かれていた。益々、寧音<ねね>がつけあがる。
「何ゆーてんねん。需要があるから供給がある。せやから、あんさんもその写真を手に入れられたんやないか。そやろ?」
「それは、そうだが……」
「なら、何も問題あらへんやないか。──それより、伊達はんには注意しとった方がええと思うわ」
「どういう意味だ?」
「伊達はんなぁ、かなりつかさはんに入れ込んでいるみたいやで。今は同じ男だと言うことで理性が働いているみたいやけど、このままやと、いつかそれも崩れてしまうかもしれへんなぁ」
「ぬう、伊達め! オレのつかさに手を出したら、ただじゃ済まさねえぞ!」
アキトは伊達への対抗心をメラメラと燃やした。すっかりアキトの意識は伊達へ向けられたようだ。寧音<ねね>は、内心、ほくそ笑んだ。
「まあ、せいぜい気をつけや。──そうそう、まだ、つかさはんの生写真が欲しいんなら、いつでも言うてな。今度からは、特別、一枚三百円で売ったるさかい」
寧音<ねね>はちゃっかりと商売もアピールすると、一人で熱くなっているアキトを残して、一時限目開始のチャイムが鳴る教室へと戻っていった。
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