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「こらーぁ、伊達! 出てきやがれ!」
一時限目の授業が始まった直後、アキトは三年生の教室がある三階の廊下へとやって来た。もちろん、生徒会長の伊達修造に、つかさから手を引くよう勧告するためである。もっとも、ただ勧告するだけで済むならまだしも、この剣幕からして平和的な解決が望めるとは思えないが。
三階へやっては来たものの、迂闊なことにアキトは伊達のいる教室を知らなかった。だから大声で名前を呼んでみたのである。
各教室から、ざわめきが起きたのも無理はない。開始直後とはいえ授業中だ。アキトはトドメとばかりに、片っ端から教室のドアを開けて、伊達を捜した。
「おい! 伊達! 隠れてないで出てこい!」
三階はたちまち騒然となった。物凄い形相のアキトが顔を覗かせるたびに、男子生徒はビビり、女子生徒は悲鳴を上げる。これから授業を始めようとしていた教師も、注意を与えようという気勢をそがれた。
運動部所属の猛者が突然の乱入者を取り押さえようと腰を浮かしかけたが、それがアキトだと分かると大人しく席に戻った。何しろ、この琳昭館高校でも悪名高かった坂田たち空手部を一人で相手にして見せたのがアキトだ。しかも坂田たちは未だ入院中で(ただし、彼らを負傷させたのはアキトではない。詳しくは「WILD BLOOD」第5話を参照してください)、そのことは、すでに全校へ知れ渡っており、そんなアキトをなおも止めようとする勇気のある者は皆無だった。
騒ぎがさらに大きくなろうとしたとき、一人の生徒が進み出た。伊達修造だ。
「何だ、騒々しい。生徒会長として、学校の規律を乱す生徒は許せないな」
伊達の登場で、多くの女子生徒たちが嬌声を上げた。ほとんどアイドル並の人気である。伊達も自分が出て行けば、さらに好感度がアップすると踏んでの行為だった。
アキトは伊達の姿を見つけるや否や、つかつかと歩み寄った。
「伊達! てめえ!」
アキトはおもむろに伊達の胸ぐらをつかんだ。それに対して、伊達は一瞬、顔を強張らせたが、冷静さを装う。
「何だね、キミは? 失敬な」
伊達は虚勢を張った。本当は暴力が怖いのだが、大勢の女子生徒が見ている前で取り乱すことはできない。その自尊心だけは見事なものだと賞賛しておこう。
アキトは鼻先がくっつきそうなくらい伊達に顔を近づけた。
「てめえ、まだ性懲りもなく、あきらめていねえみたいだな!?」
「『性懲りもなく』? 待ちたまえ。まず、キミの名前を伺おうか」
大真面目な顔で言う伊達に、アキトは思わずズッコケそうになった。
「こら、オレだ! 一年A組の仙月アキトだ! まさか、このオレを忘れちまったってんじゃねーだろうな!?」
すると、伊達はポンと手を叩いた。
「あー、キミかぁ。悪いな。ボクは女性の名前は一度聞いたら絶対に忘れないが、男の名前はすぐに忘れてしまうタチでね」
伊達はちっとも悪びれずに言った。アキトはわなわなと身体を震わせる。
「ふざけるな! この偽善者野郎が!」
アキトが怒鳴りつけると、伊達はムッとした表情になった。
「偽善者とは聞き捨てならないな。ボクはこの高校の生徒会長だ。ボクを誹謗するということは、ボクを選んでくれた全校生徒に対する侮辱でもあるぞ」
胸を張って言う伊達に、アキトは唾棄したい気持ちになった。
「全校生徒が選んだ? どうせ、得票のほとんどは女子のモンだろうが?」
それは図星だった。全校の約半分である女子生徒の票を握っていることは、伊達の強みでもある。何でもそつなくこなし、女子生徒の人気をかっさらっていく伊達を敵視する男子は少なくない。
二人の口論に、いつの間にか他のクラスからも三年生たちの輪が出来た。女子生徒はもちろん伊達を応援している。一方、男子生徒は、伊達が一年生にへこまされるところを見ようと、好奇の眼差しを注いでいた。
観衆が増えたことに起因してか、伊達は少し演技かかった仕種を交え、フッと口許に笑みを浮かべた。不敵な笑みだ。
「まあ、それは否定しないよ。事実だからね。キミもそれが分かっているなら、ボクに刃向かうということは、女子生徒たちをも敵に回すことだと理解しているのだろう?」
「そうよ、そうよー!」
「一年生が伊達くんに盾突くなんて、いい度胸しているじゃないの!」
「ここは三年生の教室よ! 一年生は自分の教室に帰りなさいよ!」
伊達に味方する女子生徒たちが口々に加勢を始めた。四方八方から浴びせられる口撃に、アキトは孤立無援になる。ついには耳を塞がずにはいられなくなった。
「ああーっ、うるせーっ! 黙れ、お前ら!」
アキトは大声を張り上げた。アキト一人で何十人もの女子の声を圧倒する。廊下のガラスや蛍光灯が割れるのではないかと思われた。
アキトに一喝され、三年生の女子生徒たちは沈黙した。吼えかかったアキトがまるで血に飢えた野獣にでも見えたかのように、身を凍らせ、畏怖を込めて凝視する。それは女子に限らず、伊達を初めとした男子や教師も同様だ。一瞬、アキトは吸血鬼<ヴァンパイア>の本性をさらけ出しそうになったのに気づき、自戒した。
「と、とにかくだなあ、お前ら女どもは、この偽善者面した男の本性を知らなさすぎるんだ! 単純にルックスや運動神経の良さだけで、コロッと参りやがって! こいつは女を取っ替え引っ換えして、挙げ句につかさまで──」
「だぁーっ、ま、待ちたまえ!」
伊達はつかさの名前を出しかけたアキトに焦り、その口を慌てて塞いだ。そして、周りの女子生徒たちにバレなかったか、愛想笑いを振りまきつつ、気にかける。ちょっと窺ってみた感じ、女子生徒はキョトンとした表情を見せているだけだった。伊達は内心、ホッと胸を撫で下ろす。
アキトは伊達の手を払いのけた。
「おい! いきなり何をしやがる!?」
「まあまあ、“センザキ”くん、ここは男同士、二人だけの話し合いとしようじゃないか」
「“センザキ”じゃねえ! 仙月だ! おめえ、ホントに男の名前を憶える気ゼロな……」
気安く肩を抱いてくる伊達に、アキトは呆れ果てた。
「先生、すぐに戻りますから。──みんなも授業を続けてくれたまえ。さあさあ」
伊達は廊下にあふれる生徒たちを促した。女子生徒たちは伊達のことを心配しつつ、教室へと戻っていく。もう少し面白いことになることを期待していた男子生徒たちも、教師たちに尻を叩かれながら解散した。
やがて、喧騒は収まり、廊下にはアキトと伊達の二人だけが残った。
「屋上へ行こうか」
伊達は屋上に場所を変えた。授業が始まった今、屋上には誰もいない。おおっぴらにできない話をするには打ってつけの場所だった。
アキトと伊達は対峙した。まず、口火を切ったのはアキトだ。
「最初に聞いておこうか。お前、まだ、つかさのことを諦め切れていねえのか?」
その問いかけに、伊達は真剣な表情でうなずいた。
「ああ。あれからというもの、寝ても覚めても、常に武藤くんの顔が頭から離れないんだ。彼が男だと、すでに分かっているにもかかわらずね。正直、こんなに切ない気持ちになったのは初めてだよ」
伊達はポケットから生徒手帳を取り出すと、表紙の裏に挟んであるつかさの写真をジッと眺めた。寧音<ねね>から買い取った一枚である。伊達は思いあまって、その写真に頬ずりをした。
「てめえ! 何してやがる!?」
伊達の行為にアキトは実際のつかさを汚された気がして、声を荒げた。素早く伊達の生徒手帳を取り上げる。
「ああ、何をする!? 返せ!」
「うるせえ!」
アキトは生徒手帳を高く掲げて、伊達に取れないようにした。まるで子供同士のケンカだ(嘆息)。
「言っとくがなぁ、つかさはオレのモンだ。だから、お前は手を出すな」
生徒手帳をひらひらさせながら堂々と言ってのけたアキトに、伊達は怖い顔をした。
「武藤くんがキミのモノだって? いつから、そう決まったんだ?」
「つかさと初めて会ったときからオレが決めた」
なんとも勝手な話である(苦笑)。
伊達はひるまなかった。
「なるほど。でも、武藤くんはそう思っていないだろう。何しろ、武藤くんは男だ。同じ男であるキミを好きになるわけがない。きっと、ただの友人としか見ていないはずだ。違うかね?」
「多分な。だが、男同士であるのは、お前とつかさも同じだろ?」
「ぐああああっ! それを言ってくれるな!」
アキトの一言に、伊達は苦悶した。どうやら伊達が気にしていたウィーク・ポイントを直撃したらしい。アキトはニヤリとする。
「どうやら、オレとお前では、つかさを想う気持ちが決定的に違うみてえだな。オレは男同士でも、つかさのことが好きだぜ。でも、あんたは男同士ということが引っかかっている」
「そ、その通りだ。残念ながら、それは認めなくてはならないだろう」
伊達は打ちひしがれながら唇を噛んだ。アキトに負けた屈辱感を味わう。……いや、そもそも勝ったとか負けたとか、そういう問題か? お前たち、何か違うだろ?(苦笑)
「今のつかさを愛せない以上、お前が身を引くべきなんじゃねえのか?」
「ぐぬっ……」
伊達は膝を屈した。確かにアキトの言うとおりだ。伊達には同性を愛する趣味はない。
「どうやら、分かってくれたようだな、生徒会長さんよ。もう二度と、オレとつかさの前に現れんなよ」
アキトは勝ち誇ったように言うと、つかさの写真を抜き取ってから、生徒手帳を伊達に投げ返した。伊達は動けない。
「じゃあな」
アキトは去っていった。伊達は敗北感に、心神を喪失しかける。
ところが、学年でも優秀な成績はダテじゃない。そのとき、伊達の頭にひらめくものがあった。
「今の武藤くんが無理なら……」
頭を起こした伊達の顔に好色そうな笑みが戻ってきた。
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