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「やっぱり、こっちの方がオレ向きかも」
ファインダーを覗き込み、しきりにシャッターを押しながら、大神憲は一人呟いた。
大神が構えたカメラのレンズの先には、練習中の女子テニス部員たち。皆、ラケットを手にし、声を合わせながら素振りをしていた。
「ムフフフ、これこれ」
素振りのたびに短いスカートが揺れ、アンダースコートに包まれた下半身が見えそうになる。大神はその一点にズームアップして、シャッターを切りまくった。ほとんどカメラ小僧──いや、カメラ小僧そのものである。
もちろん、あからさまにこんなことをしていれば、女子テニス部員や顧問の先生に見咎められてしまう。だから大神は、テニスコートから少し離れた茂みの中から、こっそりと隠し撮りを敢行していた。
このポジションは、前々から大神が見つけておいた場所だ。ここからならば、女子テニス部員たちから見つかることもない。大神はすっかり趣味を満喫し、悦に入っていた。
そんな大神の背後から、にゅうっと手が伸びた。
「おい、イヌ」
「ヒッ!」
大神は情けないくらいにビクついた。このパターンは今朝に引き続き二度目である。後ろを振り返ろうとするや否や、猛烈な力で身体ごと引っ張られた。
「あたっ!」
勢い余って、大神はひっくり返ってしまった。その仰向けになった大神を上から覆い被さるように見下ろす人物。言うまでもない。今、大神がもっとも会いたくなかった男、仙月アキトだ。
「何を寝転がってやがんだ!」
自分で引き倒しておきながら、アキトは苛立った声を出した。その瞬間、大神はアキトの機嫌がすこぶる悪いことを察知する。同時に、これから自分の身に理不尽な災厄が降りかかるだろうことを覚悟した。
「とっとと起きろ!」
アキトは倒れた大神を強引に起こした。吸血鬼<ヴァンパイア>と狼男。この主従関係は、未来永劫、つきまとうのであろうか。それを思うと、大神はげんなりする。
「何ですか、兄貴?」
どうせロクでもない用事だろうと思いながら、大神はアキトに尋ねた。アキトは、来い、という風に顎をしゃくる。
「お前の鼻を貸せ」
「ハナ?」
「つかさが伊達の野郎に連れ去られた」
薫は、「伊達さんに連れられて、どこかへ行った」と説明したはずだが、すでにアキトの中では「伊達に連れ去られた」ことになっていた(苦笑)。もっとも、このときばかりは的を射ていたと言えるが。
「だから、お前のその鼻でつかさを捜し出せ」
「そんな、ムチャクチャなぁ!」
どうやらアキトは、大神を警察犬のように使うつもりらしい。確かに狼男である大神は、常人よりも嗅覚が優れていると言えなくもないが、それを追跡で用いたことはない。それに東京という雑踏の中を捜すのだ。ちゃんと追いかけられる自信など毛頭なかった。
だが、だからといってアキトが容赦してくれるはずもない。大神は半ば引きずられるようにして、昇降口まで連れて行かれた。
アキトはつかさの下駄箱から上履きをつかみ出すと、それをおもむろに大神の顔に押しつけた。いきなりのことに大神は抗おうとする。
「うわっぷ! な、何をするんですか、兄貴!?」
「バカ野郎! ちゃんとつかさを捜せるように、臭いを憶えさせてやろうってんじゃねえか! コラ、顔を背けるな!」
アキトは上履きから逃げようとする大神の頭を抑えつけると、強制的に臭いを嗅がせた。これでは拷問だ。しかし、アキトには逆らえない。
「イヌ、しっかりと嗅いだか? よし、じゃあ、つかさの居所を捜し出せ!」
アキトから解放された大神は、渋々ながら歩き始めた。一応、上履きと同じ臭いを追いかけようと鼻をひくつかせてみるが、案の定、まったく感知できない。だからといって、それを正直に言うわけにもいかなかった。そんなことをすれば、逆上したアキトに殺されてしまう。
とりあえず、校門から外へ出て、どちらへ行こうかと大神は考えた。後ろではアキトが苛つきながら待っている。大神は意を決して、左の方向を指差した。
「こっちです」
大神が左を選んだのは、最寄り駅がある繁華街の方角だから、という単純な理由からだ。もちろん、それは口に出さないでおく。あくまでも臭いを追う課程での判断だと、アキトには思わせておくことにした。
「つかさ、待ってろよ! 今、オレが行くからな!」
アキトは焦燥感を覚えつつ、大神の誘導に従った。大神は二人で歩きながら、胃がキューッと締めつけられるような気分を味わう。この期に及んで適当に歩いているとバレたら、アキトにどんな目に遭わされるか。
どうやってこの窮地から脱するか、そんなことを考えているうちに、早くも大神とアキトは駅前へ到着してしまった。残念ながら、ここまでの間につかさの姿も、伊達の姿も発見できていない。ここから先はどうすればいいのか。大神のこめかみを冷や汗が伝った。
「おい、イヌ! 今度はどっちに行けばいいんだ?」
アキトは何も知らずに大神をせっつく。大神は少しでも何かの手がかりはないかと、その場をうろうろしながら見渡した。
「えーと、えーと……」
焦れば焦るほど、何もアイデアが浮かばない。結局はアキトの餌食になるしかないのかと、自分の未来を悲観した。
するとそこへ琳昭館高校のセーラー服を着た女子生徒のグループが通りかかった。
「あれ? 仙月はんやないか」
それは徳田寧音<ねね>を初めとする、一年C組の四人だった。寧音<ねね>の他には、桐野晶、伏見ありす、黒井ミサ。
「ゲッ、また、こいつかよ!」
と、朝に引き続いて顔をしかめたのは晶だ。日頃から軽薄なアキトを軽蔑している。
「あー、ねねちゃんに愛の告白をしに来たひと〜ぉ!」
と、のんびりしたテンポで歓声をあげたのはありすである。「違うだろ」と、すぐさま晶がツッコミを入れておく。
そして、
「不吉だわ」
と、無表情に呟いたのは黒井ミサだ。いつもながら神秘的なオーラを発している。
そんな四人と出くわして、アキトの顔がパッと輝いた。
「おお、オカルト女! いいところで会ったな!」
アキトは意外にもミサに声をかけた。本当なら、ミサには異界へ突き飛ばされたり、お札でえらい目に遭わされたりといろいろあって(詳しくは「WILD BLOOD」第8話を参照)、唯一、苦手としているタイプなのだが、このときばかりは違った。
「オカルト女、お前の力を貸してくれ! 今すぐ、つかさの居所を知りたいんだ! お前のオカルトの力で捜してくれねえか! 頼む!」
アキトはミサに向かって拝み倒した。ここまで必死なアキトを見るのは、一同も初めてである。無表情なミサを除いて、みんな、驚いた。
ミサはしばらく土下座しているアキトを見つめていたが、やがて、
「……いいわよ」
と、あっさり了承した。
ところが、そこへ割って入ったのが寧音<ねね>である。
「ちょっと待ったぁ!」
寧音<ねね>は鞄から愛用のそろばんを取り出すと、ジャラララ〜、パチパチ、と珠を爪で弾いた。
「仙月はん、悪いけどタダでミサはんの力を貸すわけにはいかへんなあ」
「な、なに!?」
「出た! 大阪商人!」
横で晶が呆れ顔を作った。ありすは、それを楽しそうに見守る。
「ここはやっぱ、いただくものはいただかんと。なあ、ミサはん?」
ミサは無表情のままだった。否定も肯定もしない。
「ぐぬっ……!」
アキトは唇を噛んだ。いつもなら、「冗談じゃない!」と突っぱねるところだが──
「しょうがねえ……いくらだよ?」
と、寧音<ねね>の言いなりになった。すかさず寧音<ねね>のビン底メガネが鋭く光る。
「そうやなあ……これを……こうしてっと!」
寧音<ねね>はそろばんを弾きながら、何やら計算を始めた。そして、導き出された値段は──
「しめて三千円でどないや? これでも勉強させてもらってますねんで」
すっかりミサのマネージャーにでもなったつもりか、寧音<ねね>は金額を提示した。アキトの顔が屈辱に歪む。だが、背に腹は代えられない。
「……そら、三千円だ」
アキトはなけなしの三千円を支払った。それもなぜかミサにではなく、寧音<ねね>に(苦笑)。
「毎度あり〜! ──さあ、ミサはん。武藤はんを捜したってくれまっか」
寧音<ねね>は指をナメナメ、金勘定しながら、出番をミサに譲った。ミサはアキトに向かってスッと手を差し出す。
「捜したい人の物を何か持っている?」
「え? ああ」
ちょうど、学校からつかさの上履きを持って来たままだった(──って、持ってくんなよ!)。アキトはそれをミサに手渡す。
ミサはポケットから赤い糸のようなものを取り出すと、それをつかさの上履きに結びつけた。そして、そのままアキトに返す。アキトはつかさの上履きを吊り下げるようにして、赤い糸をつまんだ。
「……これでどうしろと?」
「ダウジングって知ってる?」
「ダウジング?」
ミサに訊かれて、アキトは眉根を寄せた。
「そう。こういう振り子とか、L字形の棒などを使って、地下水脈や貴金属の鉱脈なんかを捜し当てる方法よ。これは失せもの探しにも役立ってね。特に、対象者の所有物があれば、その人を捜すこともできるわ」
ミサは淡々と説明した。アキトはまじまじとダウジングとなったつかさの上履きを見つめる。
「こんなもので捜せるのかよ……」
「今から呪文をかけるから。エコエコアザラク、エコエコアザラク……」
信じられないというアキトを無視し、ミサは怪しげな呪文を唱えた。すると、つかさの上履きが変化を見せる。
ぴくっ!
「動いた!」
思わず声を上げたのは、興味津々だったありすだ。ありすの言うとおり、つかさの上履きは勝手に揺れ、次第に振幅が大きくなっていく。これがミサの呪文の力なのか。
「この靴の爪先が向いている方角──そこにあなたの捜している人がいるわ」
「向こうにつかさが……」
アキトはダウジングをもう一度見て、行く先を確認した。
「よーし! 待ってろよ、つかさ!」
アキトはダウジングを手にしたまま、ミサに礼も言わず、つかさ救出に走り出した。そんなアキトを見て、ホッと息を吐いた人物が一人。
「た、助かったぁ……」
追跡失敗の責任を免れることができ、大神はその場にへたり込むほど、脱力しきっていた。
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