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「こっちか!」
ミサがつかさの上履きで即席に作ったダウジングに従って、アキトは全力疾走を続けた。この先に伊達によって拉致された(?)つかさがいる(はず)。アキトは一刻も早く駆けつけるべく急いだ。
多くの人々が、何事かとアキトを振り返った。しかし、気づいたときにはすでに後ろ姿。まるでつむじ風のように街中を駆け抜けた。
それにしても、上履き製のダウジングは異常なまでの振り子運動を繰り返していた。まるで目に見えない何かに引っ張られるように大きく揺れる様は、上履きそのものが宙を駆けているように見える。実際、ダウジングに案内させているというより、むしろアキトの身体の方が引っ張られていた。
ダウジングは最短距離でつかさと結ぼうとしているようだった。おかげでアキトは、再三、方向を修正しなくてはいけないはめに陥り、言うことを聞かない飼い犬の手綱を必死で引き締めるように、ダウジングの制御に苦労させられる。そうでもしないと建物の壁やガラスに衝突しそうな勢いだった。
軌道修正に骨を折りながら、やがて正面に、一軒の雑居ビルが見えてきた。二階に喫茶店が入っている他、いろいろな看板が連なっている。どうやらダウジングは、その雑居ビルを目指しているようだった。その証拠に上履きの爪先が、これまで以上に上へと蹴り上げられている。
「ここか!?」
アキトは雑居ビルの入口に突入した。すぐ正面に上へ登る階段がある。その横にはエレベーターもあったのだが、融通の利かないダウジングは階段を選択。やむなくアキトは階段を上がった。
二階、三階、四階……。ダウジングは、さらなる上を示していた。五階、六階……。これならエレベーターを使うんだったとアキトは息を切らせながら後悔する。七階、八階……とうとう最上階の九階まで駆け登ってしまった。
そこには『藪美容整形外科』とあった。不可抗力とはいえ、ネーミング的に三流のイメージがつきまとう。なんとなく利用したくない感じがするが。
そんなことはお構いなしに、ダウジングはここにつかさがいると言っていた。そのままアキトは突っ込む。
「うおおおおおおっ!」
ガラガラガッシャーン!
ガラス製のドアを開ける暇もなく、アキトはぶち破って中に転がり込んだ。ダウジングに引っ張られたせいで、勢いがよすぎたのである。アキトはガラス片を浴びながら、床に倒れ込んだ。
上履き製のダウジングは、その拍子にアキトの手からするりと逃げ、勝手に主の元へと向かった。その様は、まるで透明人間が片足でピョンピョン跳ねているように見え、マンガみたいだ。
「うああ、つうっ……」
アキトは腕をさすりながら、痛みに顔をしかめ、身を起こした。周りを見渡してみると、今は休診中なのか、受付も待合室も誰もいない。ダウジングはさらに奥の部屋へ行こうと扉に体当たりを繰り返していた。
「クソ、あのオカルト女め。もう少しマシな方法はなかったのかよ?」
強力すぎたダウジングに悪態をつきながら、アキトは奥の扉を開けた。上履きはその隙に中へと飛び込む。そこにいたのは──
「誰だ!? ──うわっぷ!」
振り返った男の顔に上履きがぶつかった。男は顔を押さえながら、それを振り払う。アキトは、その男の正体を確認した。
「伊達ェ!」
「キミは……」
伊達はアキトの顔を見て驚いた。ただし、例によって、また名前を忘れていたのだが(爆)。
代わりに名前を呼ぶ者がいた。
「アキトぉ!」
「つかさぁ、助けに来たぜ!」
アキトは颯爽とつかさを助け出そうとした。だが、つかさの姿を見た途端、その動きが固まったように止まる。
「つか……さ?」
アキトの目の前にいたつかさは、手術台のような上に拘束されていた。しかも、なぜかセーラー服姿で。アキトはつかさの衣裳に目を丸くする。
「な、何だよ、その格好?」
茫然とした様子のアキトに、伊達がしゃしゃり出て、説明しようとポーズを決めた。
「頭の悪そうなキミに答えてあげよう。これから武藤くんには本来の姿──つまり、女の子になってもらうのさ」
「女の子だって?」
「そうとも! 性転換手術によって、正真正銘の女の子にね!」
そんな伊達の言葉を聞いて、つかさは手術台の上で暴れた。
「イヤだ! ボクは男だ! 女の子になんてなりたくない!」
つかさは懸命に身体を揺すってみたが、手足を締めつける拘束具は一向に外れない。そんなつかさの足下で、アキトをここへ導いたダウジングの上履きが、まるで仔犬のようにすりすりと擦り寄っている。伊達はつかさを振り返ると、琳昭館高校の女子生徒たちのハートを射抜くキラー・スマイルを浮かべた。
「安心したまえ。キミが女の子になってからのことは、すべてこのボクが面倒を見てあげるから」
「そういう問題じゃないです! ──アキト! 早く、助けてよ!」
セーラー服姿のつかさを前にしてすっかりビックリしていたアキトは、半ば放心状態で、よたよたと手術台に近づいた。それを伊達が阻もうとする。
「待て! キミはこのボクの一大計画を邪魔するというのかね!?」
「伊達……オレは……オレは……」
アキトは身体をわななかせていた。伊達はてっきり殴り飛ばされると思い、目をつむって奥歯を噛みしめる。その伊達にアキトがパッと手を出した。
「オレは、今、猛烈に感動しているっ!」
アキトは鉄拳を繰り出すのではなく、伊達の手を包み込むようにしてつかんだ。そして、ねぎらうように腕を揺する。おまけに目からは滂沱の涙を流していた。
「はあ!?」
拍子抜けだったのは伊達だ。てっきり、実力行使でつかさを取り返されるものとばかり思っていたのだから無理もない。
しかし、アキトはつかさのセーラー服姿に、完全に萌えていた(爆)。
「いいっ! 実にいいっ! つかさがここまでセーラー服の似合うヤツだとは思わなかった!」
「ちょ、ちょっと、アキトーぉ、何を言っているんだよぉ! そういうことじゃないだろ!? 早くこれをほどいて!」
助けてもらえるとばかり期待していたつかさは、アキトの豹変ぶりに焦りまくった。どうやら、つかさのセーラー服姿が、アキトの変態趣味を刺激してしまったらしい。
アキトはだらしなく、好色そうな笑みをつかさに向けた。
「まあ、待て、待て。とりあえず、性転換手術を受けたあとでも遅くないだろう」
「もお、バカ! 何を考えているんだよ!」
つかさは顔を真っ赤にして怒った。だが、そんなのは今のアキトにはまったく効果がない。
「もちろん、正真正銘の女の子になったつかさの処女を、このオレ様が……へっへっへっ、じゅるっ」
アキトは口からあふれそうになるヨダレを拭った。伊達もアキトも、考えていることは一緒だ(苦笑)。
つかさは手術台の上で暴れた。
「アキトのバカ、バカ、バカ、バカ、バカ! そんなことをしたら、絶交してやる!」
「ぐふふふふ、何とでも言え、つかさ。『イヤよ、イヤよも好きのうち』ってな」
アキトはつかさが動けないことをいいことに、スカートから伸びた内腿に指を這わせた。つかさはゾッとする。冗談じゃない。
「おっと、武藤くんに気安く触れないでもらおうか?」
横合いから見かねた伊達が、つかさの脚に触れるアキトの手首をつかんだ。じろり、とアキト。二人の目から火花が散った。
「手術費を出すのはボクなんだ。キミは引っ込んでいたまえ」
「何を!? 言っておくが、つかさはオレのモンだ。地球がひっくり返ったって、お前を選びはしねえ」
「そりゃ、アキトも同じだよ」
つかさがぼそっと反論をつけ加えた。
しかし伊達は、フッと、さわやかな微笑を作る。
「面白い。二千人以上の女の子を虜にしてきたこのボクと勝負というワケか」
「ああ」
アキトと伊達は不敵な自信を見せて対峙した。
つかさは、ここで二人がいがみ合ってくれないものかと思った。そうすれば、手術は先延ばしされるし、そのうちに脱出のチャンスも生まれるかも知れない。
だが、つかさの淡い期待も空振りに終わった。
「とにかく、武藤くんの性転換手術が先だ」
「おう、そうだな。それにはオレも異存はねえぜ」
「よし。──じゃあ、先生、よろしくお願いします」
「うむ」
アキトが飛び込んできてから、すっかり脇へ追いやられた格好の藪医師がうなずいた。手には麻酔の注射器を持ち、患者であるつかさへと近づく。
「イヤだ! やめてよ! ボクを放して!」
いよいよ手術が開始されようとされ、つかさは恐怖に震え、絶叫した。
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