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WILD BLOOD

第12話 ゴエモンの逆襲

−3−

 黒井ミサの予言のことなど知らない美夜は、あらかじめ電話で聞いていた待ち合わせ場所を訪れた。そこは校舎裏にあるゴミ集積場。すでに放課後のため、生徒の姿は皆無だった。
「あのぉ……」
 不意に後ろから女の声がして、美夜は振り返った。そこに立っていたのは、大きな丸メガネをかけたセーラー服姿の女子校生だ。身長は百五十五センチくらいと、決して高くはないが、とてもグラマラスな体型で、セーラー服の裾が自然と持ち上がるほど、豊満なバストが突き出している。同じ女性として、対照的に胸がぺったんこの美夜は、ついつい女生徒のバストに目が引き寄せられてしまった。
「失礼ですが、依頼人の方ですか?」
 女生徒はおずおずと尋ねた。美夜は相手のバストばかりを凝視していたのにハッとし、顔を赤らめる。
「あっ、ごめんなさい。えっと……そうです、今朝、電話した仙月美夜と申します」
 美夜は焦りつつ、名乗った。すると女生徒は、わずかに微笑みを見せる。
「そうですか。よく、いらっしゃいました」
「あなたが『T』さん?」
「いえ、私は『T』の助手のようなもので、お客様をお迎えに上がっただけです。こらから『T』のところへご案内します。どうぞ、こちらへ」
 女生徒はそう言うと、先に立って歩き始めた。美夜は次の質問をする間もなく、その背中を追いかける。
 美夜を出迎えた女生徒──早乙女蜂子は、まんまと獲物がやってきたことにほくそ笑んだ。もちろん、美夜にはそんな表情を見せない。今は《秘密結社 悪の科学同好会》の女幹部ではなく、琳昭館高校の一生徒、早乙女蜂子なのだ。宅間太志こと《悪魔大使》の元へ美夜を連れて行くまでは、その正体を明かすわけにはいかなかった。
 いかにも普通の女子校生な蜂子に、美夜も警戒心を持つことはなかった。年頃も美夜と似たようなものだ(実際は吸血鬼<ヴァンパイア>である美夜の方が、蜂子の何十倍も生きているのだが)。そんな蜂子が何かを企んでいるとは、とても思えない。
 ゴミ集積場からさらに奥の方へと蜂子が案内したのは、校舎裏にぽっかりと口を開けた、地下への階段だった。ここには他にめぼしいものがないため、誰もこの入口の存在を知らないのだ。学校の地下室といえば、校舎内のどこかから行けるのではないかという先入観もうまく盲点を突いていた。
「足下にお気をつけください」
 蜂子が階段を降りると、美夜もそれに続いた。角度が急なので、一歩一歩が危なっかしい。なんとか一番下まで降りきった。
 古く重そうな鉄扉を押し開けると、荒れ果てた廊下が現れた。天井に蛍光灯はあるが、電気が来ていないのか、真っ暗だ。ただし、廊下の先だけが明るい。蜂子は入口の傍らに置いておいた懐中電灯を手にすると、明かりを灯した。
「危ないですから、私からあまり離れないように」
 美夜に注意を与え、蜂子は躊躇なく奥へと進んだ。左側には教室の入口らしきものが並んでいるが、どこも廊下と同様に使われていないようで、ひっそりと闇に沈んでいる。まるで廃墟のようだ。
 うらぶれた地下室へ案内されて、美夜は少しずつ不安を覚え始めていた。こんなところに居を構えていること自体、いかがわしさが感じられる。どうして、人目を避けるように、こんなところを使っているのか。
 つかさたちには内緒にしておいたが、美夜が謎のT氏を訪れようと思ったのは、簡単な蘇生手術でペットを生き返らせてくれるという新聞広告をたまたま見つけたからだ。しかし、よくよく考えてみれば、そんなことが本当に出来るのか怪しい。新聞広告には『T』というイニシャルしかなかったし。今さらながら騙されているんじゃないかと、美夜は思い始めていた。
 とはいえ、ここまで来た以上、ちゃんと確かめもしないで帰るのももったいない話だ。真偽のほどを見極めたい。美夜はそのまま蜂子に案内してもらった。もしウソなら、そのときはそのとき。なにしろ、美夜はただの女子校生などではなく、れっきとした吸血鬼<ヴァンパイア>なのだから。
 やがて廊下の先に見えていた光が近づいてきた。どうやら、そこだけ電気が来ているらしい。何かが放電しているような低いブーンという音やバチバチッという音も聞こえてきた。
「ここです」
 蜂子が足を止めた。入口にある看板には、毛筆で殴り書きされた『T研究所』の文字が。さすがに美夜も言葉を呑んだ。
「ささ、どうぞ、中へ。まだ、ここに研究所を造ったばかりなので、少し散らかっていますが」
 立て付けの悪い扉をなんとかこじ開け、蜂子は美夜に入るよう促した。美夜は恐る恐る入室する。
「失礼しま〜す」
 おどけたような口調を出したのは、少しでも不安を紛らわすため。中に入った美夜は室内を見渡した。
 やはり、かつては教室として使われていたのだろう。広さとしても、美夜が知っている教室と一緒だ。ただし、机や椅子などは片づけられ、代わりに手術室にあるような機材が置かれ、小型の発電器まである。唯一、教室の名残を残しているのは黒板で、難しい公式やら数値が全面を埋め尽くしていた。
「ようこそ、我が研究所へ。あなたが記念すべき最初のお客様です」
 演出がかった口調で、白衣の人物が機材の蔭から登場した。美夜は、彼が『T』だと思ったが、想像していたよりも若いことに驚く。案内をしてくれた蜂子同様、どう見ても高校生だったからだ。
「あなたが『T』さん?」
 美夜は、つい訊いてしまった。しかし、学生は気分を害した様子もなく、そうだという風に深くうなずく。
「初めまして、仙月美夜さん。私が『T』です」
『T』こと田隈太志──その正体は《悪魔大使》!──は、つかつかと歩み寄ると、美夜と握手をした。そのとき一瞬だけ、そばにいた蜂子が剣呑な目つきになる。美夜も太志も、それには気づかなかった。
 握手し終わった美夜は、改めて地下の研究所をキョロキョロと見回した。
「なかなか、設備が整っていますね」
「おや? お分かりですか?」
 太志は愛想良くしながらも、少し警戒心を抱いたようだった。あどけない中学生の反応にしては意外だったからだろう。
「ええ。私もちょっと、機械をいじるので」
 美夜はこう見えてもトラップ作りの名人だ(そのトラップの数々は、「WILD BLOOD」第9話にてご覧いただけます)。機械には強い。室内にある機材のほとんどが何に使われるものか理解していた。
 太志は、やや緊張した面持ちになりながらも、なんとか笑顔を作ろうと努力した。
「そうですか。それなら、こちらの説明も早く済ませられるかもしれませんね。──私がしている研究とは、ズバリ、サイボーグ手術です。家族同然だったペットが死んでしまうのは悲しいこと。そこで私は亡くなったペットをサイボーグ手術で甦らせ、かつての愛情を飼い主の方に取り戻していただければと思ったのです。サイボーグならば、もう二度と死ぬこともありませんしね」
「なるほど。もし、それが実現すれば、ずっとペットと一緒に暮らすことも可能になるということですね?」
「その通りです。私たちは、そのお手伝いができればと」
 パッと顔を輝かせた美夜に、太志は白々しく言った。この太志──《悪魔大使》が行おうとしているのは、確かにペットをサイボーグ手術で甦らせることだが、それは飼い主のためではない。世界征服の先兵たる怪人として改造するつもりなのだ。そして、そうとは知らない飼い主さえも。
 だが、そんなことは知らない美夜は、太志が語るビジョンに、すっかり心酔した様子だった。ペットが甦るということはもちろんのこと、そんな形で科学の力が証明されることを喜んでいるのだ。
「でも、そんなに素晴らしいことなのに、どうしてこんな学校の地下でひっそりと行い、しかも小さな新聞広告にちょこっとしか載せないんですか? もっと大々的にやれば、世間の注目も浴びますし、スポンサーも名乗り出るんじゃないですか?」
 美夜は、ふと思った疑問を口にした。太志はメガネのズレを直す。
「おっしゃるとおり、もっとオープンにすれば、サイボーグ技術は加速度的に進歩するでしょう。しかし、中にはペットを機械化することを嫌悪する人もいるでしょうし、何より、この私が持つサイボーグ技術を悪用しようという輩が出てこないとも限らない」
 悪用しようとしているのは自分のクセに、よく言う(苦笑)。
「私は真にペットを愛する人だけ助けたいのですよ」
 太志は歯の浮くようなセリフを喋った。だが、美夜は完全に太志を信用してしまったようだ。
「なるほど、分かりました。ぜひとも、私のゴエモンを甦らせてください!」
「ゴエモン? あなたの死んでしまったペットですね? 分かりました。微力を尽くします。──して、そのゴエモンはいずこに?」
 内心、小鳥やハムスターだったらサイボーグ化のし甲斐がないなぁ、と思っていた太志は、美夜が学生鞄以外に何も持っていないことを不審に感じた。すると、美夜は、
「あっ、忘れていました! 詳しい場所が分からなかったので、この学校宛てに運んでもらうよう頼んだんだった! 即日便にしたので、もう、そろそろ届くはずなんですが」
「即日便?」
「ええ。私が運ぶのは大変なので、宅急便さんに頼んだんです」
 太志は顔色を青ざめさせた。学校宛てに送ったということは、受取は学校側ということになる。悪の秘密組織という手前、このことを先生たちに知られてしまうのはマズイ。最悪、中身を確認されて問いつめられでもしたら、《秘密結社 悪の科学同好会》が露見してしまう。
 太志は目配せで、《ビューティー・ビー》こと早乙女蜂子を差し向けた。
「わ、分かりました。こちらに運び次第、サイボーグ手術を開始しましょう」

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