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二十分後、蜂子は巨大な段ボール箱を載せた台車を押しながらT研究所に戻ってきた。太志は待ちかねたように、運ばれてきた段ボール箱に抱きつくようにかかえる。しかし、とてもではないが太志一人で持ち上げられるような代物ではなかった。
「どうやら“荷物”は無事だったみたいだな?」
内心、宛先不明の荷物で中身を確かめられていたらどうしようと心配していた太志であった。
蜂子はニコリともせずに首肯する。
「はい。運良く毒島先生が保管していてくれて」
「毒島先生が?」
《秘密組織 悪の科学同好会》の顧問である毒島カレンが保管していたとは、果たして偶然なのか。一瞬、太志は校内の新任カウンセラーに過ぎないカレンがわざわざ顧問に名乗り出た経緯を思い出して警戒の念を強めたが、今はそれよりもサイボーグ手術の素材を、無事、手に入れたことに満足しておく。カレンの件は後回しだ。
いそいそと梱包を開け始める太志であったが、蜂子はいつの間にか室内に美夜の姿がないことに気づいた。
「彼女はどこへ?」
「ああ、五分ほど前にトイレに行くと言っていた」
「大丈夫なのですか?」
「心配ない。彼女は微塵も我々を疑ってはいないよ。それに彼女の大切なものは、こちらの手の中にある。必ず戻って──どわっ!」
段ボールの蓋を開いた太志は、中に入っていたものを見て腰を抜かした。蜂子も反射的に覗いて、目を丸くする。
「こ、これは!?」
「てっきり、大型犬か何かと思っていたが、まさかこれがあの娘の言っていた“ゴエモン”とはな……」
一時のショックからすぐに立ち直って、太志は邪悪の笑みを浮かべた。
段ボールに入っていたもの──それこそが美夜のペット“ゴエモン”ことアリゲーターであった。先日、つかさたちが美夜のマンションに泊まったとき、浴室にいたゴエモンが兄のアキトと取っ組み合いになり、あえなく昇天してしまったのである(「WILD BLOOD」第9話参照)。美夜は、そのゴエモンを復活させようというのだ。
太志と蜂子にとっては、願ってもない素材だった。ありふれた大型犬よりは、アリゲーターの方が改造したとき、怪人としての箔がつく(笑)。太志の悪の頭脳は、すぐさま、どのようなサイボーグ手術を施すべきか、設計図を思い描いた。
「いいぞ! これは思ってもみなかった幸運だ! 早乙女くん、すぐに改造手術を行うぞ!」
「はっ!」
太志はアリゲーター“ゴエモン”の死体を手術台まで運ぶと、早速、サイボーグ手術に取りかかった。
パシャッ!
トイレから出てきたところでシャッター音が聞こえ、美夜はそちらへ顔を上げた。するとカメラを構えた男子生徒が一人。その顔はだらしないほどやにさがっていた。
「やあ、キミ、可愛いねえ。まだ中学生? こんなところに何の用? あっ、学校見学かな? よかったら、このボクが校内を案内してあげるよ」
いかにも下心がありそうな雰囲気で美夜に声をかけたのは、写真部所属の一年生、大神憲だった。可愛い女の子に目がない大神は、美夜を見つけてヨダレを垂れ流さんばかりだ。
美夜は不思議そうに大神を眺めた。そして、特に警戒心もなく、大神に近づく。その際、小鼻をひくつかせた。
「イヌ臭い……」
「えっ……!?」
呟いた美夜の言葉に、大神は絶句した。かつて同じことをある苦手な男に言われたことがある。
すると美夜は微笑を浮かべた。小悪魔的な笑み。口許の歪み方は、その男のものとそっくりだった。
「へえ、この学校、お兄ちゃん以外にも人間じゃないのが紛れ込んでいるんだ」
唐突な一言。それは大神を震え上がらせるのに充分だった。
「お、お兄ちゃんって……?」
「知ってる? 一年A組の仙月アキト」
「やっぱり……!」
大神は目の前の美少女がアキトの妹だと分かり、ショックに打ちひしがれた。せっかく、写真のモデルにでも口説いて、いたいけな女子中学生をたらし込もうと思ったのに。いや、もし、そんなことがアキトにバレたら、八つ裂きにされるかもしれない。それを考えると、大神は背筋に氷が押し当てられたような気分になった。
「あは、あは、あはははは、兄貴の妹さんでありましたか。いや〜、もお、あまり似てないらっしゃらないから驚いちゃいましたよ、はっはっはっ。──では、私はこの辺で」
吸血鬼<ヴァンパイア>の妹などに関わり合いになりたくないと、狼男である大神は、無味乾燥な言葉を並べながら、早々にこの場から立ち去ろうとした。が、そうは問屋が卸さない。
「ちょっと待って。帰り道、分からなくなっちゃった。せっかくだから案内してよ」
「………」
吸血鬼<ヴァンパイア>に対する狼男の悲しい習性か、断ろうにも断りきれない大神であった。ギクシャクと足が止まる。振り返ると、やはり美夜は愛くるしい笑みをたたえて見つめていた。アキトの妹だと知った以上、それすらも恐ろしく思える。大神は天を仰いで観念した。
「どちらへ案内しましょうか?」
「うん。学校の地下室」
「学校の地下室?」
大神は訝った。学校の地下室の噂は大神も聞いている。しかし、それは怪談めいた話で、誰も地下室の存在を知らない。大神もその場所を知らなかった。
とりあえず大神は校舎の一階を回ってみた。だが、当然のことながら地下への階段はない。すると美夜はじれったそうに声を上げた。
「もう、違うわよ。外から地下へ入るのよ」
「外から?」
美夜の言葉がさっぱり分からない大神は、言われたとおり外へ出てみた。
するとそこへちょうど、アキト、つかさ、薫の三人がやって来た。美夜がなかなか戻ってこないので、しびれを切らして、様子を見に来たのだ。
「美夜ちゃん、用事は終わったの?」
「えっ? う、うん、まあ」
美夜は言い淀んだ。ゴエモンのサイボーグ手術はこれからだ。しかし、それが完了するには、まだ、かなりの時間が必要となるだろう。このまま待っていても仕方がないし、美夜はまた明日にでも来ようと思い直した。
「じゃあ、今日のところは帰ることにする」
「そうしろ。お前を待っていて、こっちは腹が減っちまったぜ。──おい、つかさ。帰りに《末羽軒》でラーメンでも食って行こうぜ」
アキトが不機嫌そうに提案した。そもそも美夜が学校をうろつくこと自体、気に入らない。
「そうしようか。美夜ちゃんもおいでよ」
いつの間にか、アキトと絶交していたことも忘れて、つかさはうなずいた。元々、怒りのエネルギーを持続していられるタイプではないが。
つかさに誘われ、美夜は嬉しそうに賛同した。早速、デート気分でつかさに腕を絡ませる。
そんな一行から、大神はそろーりそろりとフェードアウトしようとした。このままアキトや美夜と一緒にいたら、命がいくつあっても足りない。
しかし、不運な狼男を好色で残忍な吸血鬼<ヴァンパイア>、アキトが簡単に見逃すわけがなかった。
「──ところで、イヌよぉ」
「ひぃ!」
大神はすくみ上がった。ダッシュで逃げたいところだが、まるでヘビに睨まれたカエルのように金縛りに遭う。そんな大神の肩をアキトは抱いた。
「どうして、お前が美夜と一緒なんだ? あぁ?」
アキトにひと睨みされ、大神はぶるった。まさか、妹さんをナンパしかけたとは口が裂けても言えない。
「ぐ、偶然ですよ。校舎で迷子になっているところをお助けして差し上げたんです」
美夜には聞かれないよう、大神は声を潜めた。すると、なぜかアキトも声を小さくして喋る。
「じゃあ、お前、何か知らねえか? あいつが何しにこの学校へ来たのか?」
単純につかさへ会いに来たのなら、アキトも納得できる。しかし、どうやら美夜の目的は他にあるらしく、アキトはそれが気になって仕方なかった。
とはいえ、さっき会ったばかりの大神が、それを知っているはずもなかった。一言、気になったことだけを教えておく。
「学校の地下室がどうとか……」
「地下室?」
「ええ。この学校にあるそうなんですよ、誰も知らない地下室が。単なる噂なのか、本当に存在するかは分かりませんけどね」
「ふーん」
アキトは思案した。
「よし、イヌ。お前、調べておけ。美夜がそこで何をするつもりだったのか、分かったらオレに報告しろ」
イヤだ、とは、とても大神は言えなかった。
アキトたちが《末羽軒》へ繰り出すのを見送りながら、結局こういう役回りかよ、と大神は肩を落とした。
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