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WILD BLOOD

第12話 ゴエモンの逆襲

−6−

「あっぢ〜ぃ!」
 まるでイヌのように舌を出しながら、開襟シャツの胸元を押し広げ、手の平で大してそよぎもしない風をアキトは送り込んでいた。横で見ているつかさの方が、よっぽど暑苦しい気持ちになってくる。
「地球温暖化とやらで、年々、気温が上昇してんだから、この際、七月から九月まで学校を夏休みにしちまうべきだよな? まったく、こんなんじゃ勉強する気にもなんねえ」
 とアキトがぼやくのをつかさは冷ややかな目で見つめた。さっきまで、ずっと授業中にぐーすか寝ていた男の言葉とは思えない。勉強しないのなら、登校してもしなくても同じではないか。
「こういう暑い日は、帰りにラーメン食うのが一番だな」
「ええっ!? 昨日も食べたじゃない?」
 昨日も二人に加え、薫と美夜を連れて、学校近くのラーメン屋《末羽軒》に行ったばかりだというのに、アキトは決めつけた。つかさは呆れ返る。
「別にいいじゃねえか。ハンバーガーなんぞ食うより、よっぽど腹にたまるぜ」
 それはそうなのだが、アキトが転校して以来、三日と置かずに《末羽軒》通いが続いている。さすがに付き合わされるつかさは辟易していた。それに懐具合だって厳しい。
 しかし、食い意地の張ったアキトに、今、何を言ってもムダだろう。つかさは半ばあきらめた。
 校舎から校門へと二人が歩いていると、それとは逆へ向かって、多くの生徒たちが走っていくのに出くわした。どうやら、校舎の方で何かあったらしい。
「何だぁ?」
「さあ?」
 その中に学園のマドンナ、待田沙也加の姿を見つけた。つかさの憧れの存在だ。
「待田先輩?」
 だが、沙也加は急いでいたのか、つかさたちに気づかなかったようで、他の生徒たちと一緒に校舎裏の方へ行ってしまった。つかさは何があったのか心配になる。
「オレたちも行ってみっか?」
「うん!」
 アキトに促され、つかさは駆け出した。
 どうやら現場は校舎の裏にある屋外プールのようだった。すでに黒山の人だかりが出来ている。その中で聞き慣れた声がした。
「こら、押すんやない言うてるやろ!? ウチの邪魔せんてくれる!?」
 それは一年C組の新聞部、徳田寧音<ねね>だった。事件あるところ、必ず寧音<ねね>ありだ。アキトたちは寧音<ねね>に何事が起きたのか訊こうと思ったが、なにしろ野次馬の数が尋常じゃなくて近づくこともできない。
 そのうち、プールから教職員と抱きかかえられるようにジャージ姿の女子生徒たちが出てきた。女子生徒たちは、なぜか皆、泣いている様子だ。
 すかさず寧音<ねね>がカメラのシャッターを切った。するといかつい体育教師が寧音<ねね>を遮ろうとする。
「写真はやめろ!」
「先生、何があったんでっか?」
 さすがは新聞部、簡単には引き下がらなかった。取材根性たくましい。
「うるさい! あっちへ行ってろ!」
 体育教師は寧音<ねね>を邪険に扱った。プールから出てきた女子生徒たちは、教職員たちに保護されながら、校舎の方へと連れて行かれる。沙也加も副生徒会長として、それに付き添った。
「どうしたんだろう?」
 とりあえず、ジャージ姿の女子生徒たちは水泳部の部員らしいことはつかさにも察せられたが、彼女たちに何があったかまでは分からなかった。ただ、女子生徒たちの様子を見る限り、ひどくショックな出来事があったのだろう。
 野次馬が女子生徒たちの後に続いて移動しようとしたとき、アキトはいきなり地面にかがみ込んだ。そして、落ちていたソフトボール大の石を拾うと、それを二、三度、まるで重さを確かめるように軽くお手玉し、やおら近くに生えていた木の上目がけて投げつけた。
 ごっ!
「あたっ!」
 ずざざざざざざざざざっ! どすん!
 鈍い音と短い悲鳴の後に、何かが木の上から落ちてくる音がした。地面の上に叩きつけられたものの正体を見て、つかさは目を丸くする。それは一年B組の大神憲だった。
「お前もあのメガネと同じく、こういう騒ぎには目がないよな?」
 アキトは仰向けに落ちた大神を見下ろしながら、唾棄するように言った。大神の胸の上にはカメラが乗っている。落下しながらも、カメラは守ったのだ。
 大神は痛みに顔をしかめた。
「ひどいですよ、兄貴。いるって分かっているなら、石を投げつけるんでなく、声をかけてくれればいいものを」
「うるせえ。こそこそと嗅ぎ回りやがって。第一、昨日、オレが頼んだことは調べ終わったのか?」
 大神はアキトに学校の地下室のことを調べるよう言われていた。大神は倒れた格好のまま、顔を引きつらせる。
「そ、それは、そのー……まだでして」
「だろうと思ったぜ!」
「ギャッ!」
 アキトにお腹を踏みつぶされ、大神は呻いた。つかさは慌ててアキトを止める。
「あ、アキト! やめなよ!」
「このぉ、イヌの分際で!」
「ひいいいいっ、許してくださいよぉ! 一応、学校の中は調べてみたんですが、そんな地下への階段なんてどこにもなかったんですから!」
「でも、美夜のヤツは行ったってんだろ?」
「そうらしいんですけど……」
 アキトが再び大神を虐待しようとする前に、つかさは二人の間に割って入った。
「まあまあ。──それより大神くん、ここで何が起きたのか知らない?」
 木の上で事の次第を眺めていた大神なら何か知っているだろうと思い、つかさは尋ねた。すると大神はうなずく。
「知ってるよ。女子水泳部の連中が襲われたんだ」
「襲われた!?」
 つかさは二週間ほど前に起きた怪物騒動を思い出した(「WILD BLOOD」第5話を参照)。大神はさらに説明する。
「それも人間じゃないらしいんだ。プールの中にワニがいたらしい」
「ワニ?」
 あまりにも突拍子もない話だった。プールにワニ。もし本当なら、前代未聞の出来事だ。
「それで誰かケガしたの?」
「いや、ケガ人はいなかったらしんだけど、ただ女子部員たち全員が……」
「全員が?」
「うん、水着を剥ぎ取られたらしいんだよ」
「ぶっ!」
 横で話を聞いていたアキトが吹き出した。当然だろう。水着を剥ぎ取っていくワニなんて。
「それ、本当なの?」
 つかさはにわかに信じられなかった。無理もない。
 しかし、大神は大真面目だった。
「本当さ。だからこうして駆けつけたのに、一足遅かった! ああ、素っ裸にされた水泳部員たちをこのカメラにおさめたかったなあ!」
「………」
 結局、大神の関心はそれかと、つかさは情けなくなった。
 それにしても、こういう話になると、いつもなら食いついてくるはずのアキトが、今日に限っては真面目腐った顔つきをしていた。何やら真剣に考え込んでいる様子だ。
「学校にワニ……? まさか……?」
 ふと、アキトが視線を転じると、プールを挟んだ反対側のフェンスに、こちらの様子を窺っている人物を見つけた。たちまちアキトの目が見開かれる。
「美夜っ!」
 それはアキトの妹、美夜だった。昨日に引き続き、今日も琳昭館高校へやって来ていたのだ。
 そのとき、アキトにはプールに現れたワニと、ここへ足を運ぶ美夜の両者が結びついた。血相を変える。
「おい、美夜!」
「え? 美夜ちゃん?」
 アキトは大きな声を出した。美夜はそれにビクンと反応し、その場から逃げ出そうとする。やっぱり、とアキトは自分の睨んだ通りだと確信した。
「待て、美夜!」
 逃げ出す妹をアキトは追いかけた。つかさと大神は、一体、何が起きたのか分からない。とりあえず、アキトの背中を追うことにした。
 屋外プールから誰もいなくなると、そこへ一人の女子生徒が姿を現した。早乙女蜂子だ。
「まずいことになったわ」
 どうやら逃げ出した《ワニ童》が女子水泳部員を襲ったらしいと分かり、蜂子は青ざめた。まだ、学校の人間に太志が造り上げた《ワニ童》の存在を知られるわけにはいかない。誰かに見つかる前に、早く回収しないと。
「それにしても……」
 ひとつ腑に落ちない点があった。どうして《ワニ童》は女子水泳部員の水着などを剥ぎ取っていったのだろうか。太志がそんな行動パターンを入力するとは思えないし。
「とにかく、捜さないと」
 蜂子はプールの近くに《ワニ童》の足跡が残っていないか、地面を丹念に調べ始めた。

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