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WILD BLOOD

第12話 ゴエモンの逆襲

−7−

 毒島カレンは、女子水泳部員たちの事件で騒ぎとなっている学園を二階のカウンセラー室から微笑みを浮かべながら見下ろしていた。
 そこへちょうどドアをノックする音が。カレンはカウンセラーを受けに来た生徒かと思い、自分の席へ戻ると、スラリと長く伸びた美脚を優雅に組んだ。
「どうぞ」
「失礼するわ、毒島先生」
「理事長……」
 やって来たのは、この琳昭館高校の理事長、玉石梓<たまいし・あずさ>だった。年齢不詳、ややキツネ目の妖艶な美女は、黒いスーツに身を固めた寡黙な一人の男を従えながら、カウンセラー室へと足を踏み入れる。梓の影となっているのは、彼女の秘書兼ボディガードである不知火だ。不知火は梓に代わってドアを閉めると、そのまま入口を塞ぐようにして立つ。一分の隙もない男だ。
「学園が騒がしくなってきたようですね。どうやら毒島先生が絡んでいらっしゃると、お見受けしましたけれども」
「さすがは理事長。すべてお見通しのようですわね。──どうぞ、お座りください。今、お茶をお出ししますわ」
 カウンセリング用の椅子を勧めながらカレンが立ち上がろうとすると、梓は座りながら、それをやんわりと制した。
「お構いなく。私もすぐに出掛けなくてはならないので。来週、また新しい転校生をこの学園に迎えるためにね」
「そうですか」
 それ以上、カレンは深く訊こうとしなかった。だが、転校生一人のために理事長である梓が動くとは、普通では考えられないことだ。その転校生には何かある。カレンは、そう直感した。
「で、毒島先生。この騒ぎの目的は、やはり仙月アキトですか?」
 カレンはアキトの正体が吸血鬼<ヴァンパイア>だと知っており、その能力がどれほどのものか、非常に興味を持っている。赴任した当初、木暮春紀という生徒から怪物を呼び覚まし、アキトにぶつけてみたほどだ(詳しくは「WILD BLOOD」第4話、第5話を参照してください)。
 梓に尋ねられたカレンは、隠しもせずにうなずいた。
「はい。私が顧問になった科学部の子が面白いものを造ったので、それに細工をしてみました」
「ほう。面白いものとは?」
「アリゲーターのサイボーグです」
「まあ」
 梓は驚くよりも、つい笑ってしまったという感じだった。まるでたわいもない子供の悪戯を眺めたかのように。とても多くの生徒を預かる学園の理事長の反応とは思えない。
 しかし、それはカレンも同様だった。
「なかなかうまく造っていますのよ。決してオモチャなんかじゃありません。立派な兵器として通用すると思います」
「他の一般生徒に危険はないのでしょうね?」
 梓は一応、念のために尋ねた。
「大丈夫です。思考プログラムは私が作ったものをインストールしてありますから、攻撃を仕掛けられた場合の反撃はともかく、無差別に襲うようなことはありません。ただ一人の生徒を除いては」
「それが仙月アキト、というわけですね?」
「ええ」
 カレンは再び椅子から立ち上がると、パソコンが置いてある事務机に近づいた。そして、ディスプレイを回し、自作のプログラムを梓に見せる。それは膨大なデータだった。カレンはカウンセラーをやっている片手間に、これを完成させたのだ。
「前回の戦闘やこれまでの観察から私が導き出した、仙月アキトの“思考パターン・プログラム”です。彼が日頃、何を考え、何を基準に行動するのか。このプログラムによって再現できるというわけです」
「なるほど。仙月アキトに対し、擬似“仙月アキト”をぶつけてみるというのですね」
「その通りです。もっとも、これでもまだ、仙月アキトの思考パターンをすべて解析できたわけではありません。中には私の個人的な見解も含まれているので、あくまでも似て非なるものという代物です。おかげでプールにいた女子生徒たちの水着を奪っていくという、珍妙な行動を取っている有様で」
「そうですか、分かりました」
 話を聞き終えた梓は、スッと立ち上がった。どうやら時間らしい。その顔には相変わらず妖しげな笑みが。
「どういう結果が出るか、楽しみですわ。──それでは私はこれで」
 梓はカレンに会釈すると、不知火が開けたドアをくぐって退室した。不知火もそれに続いて消える。カウンセラー室には、再びカレンだけになった。
 カレンは一人呟く。
「私も楽しみですわ。これでまた仙月アキトの新しいデータが取れる」
 美しいカレンの微笑は、悪徳に満ちていた。



「おい、美夜! 待て! 待ちやがれってんだよ!」
 怒声を発しつつ、アキトは逃げる妹の美夜を追いかけていた。その後ろには、屋外プールからくっついてきたつかさと大神もいる。この四人の中で、唯一、人間であるつかさは、吸血鬼<ヴァンパイア>二名とオオカミ男一名のスピードに、ギブアップ寸前だった。
 美夜は悪漢に追われるヒロインよろしく、ときたま後ろを振り返りながら、泣きそうな顔で逃げ回っていた。だが、純粋な身体能力ではアキトの方が高いらしく、その差は次第に埋められていく。体育館隣にある武道場の近くまで来たときは、三メートルにまで迫っていた。
「あっ、薫おねえちゃん!」
 美夜は前方に剣道着を着た薫を見つけ、天の助けとばかりにすがりついた。薫は突然の美夜の登場にビックリ顔だ。
「み、美夜ちゃん!?」
「薫おねえちゃん、助けて!」
 美夜は薫の腰に抱きつくようにして、さっとその後ろに隠れた。薫が美夜の逃げてきた方角を見ると、そちらから凄い形相のアキトが。薫は反射的に持っていた竹刀の切っ先をアキトに向けた。
「何よ、また可愛い妹いじめ!?」
「おっととととっ!」
 自分から竹刀に突っ込みそうになり、アキトは慌ててブレーキをかけた。どうやら追跡劇もここまでらしいと、つかさ、大神も足を止める。ただし、つかさは精根尽き果て、その場に突っ伏した。祖父から学んだ古武道のおかげで瞬発的な体力は持っているが、小柄な体格だけに持久力には大いに欠けるのだ。
 そんなつかさに気遣う暇もなく、アキトは顎を突き出すようにして、薫の後ろに隠れた美夜を睨んだ。
「やい、美夜! ちゃんと話を聞かせてもらおうか? お前がこの学校へ来たワケってヤツを!」
「なに? どういうこと?」
 薫は美夜をかばいながらも、事情の説明を求めた。美夜がやって来るのは、単純に慕っている薫やつかさへ会いに来るだけかと思っていたが、確かに中学生である彼女が、この高校へ頻繁に訪れていいものではない。
 美夜は首をすくめながらも、薫から離れまいとした。
 アキトは今すぐにでも引っ捕らえたいところを、薫の牽制もあって自重しながら、忌々しげに唸った。
「さっき、プールでワニが出たっていう騒ぎがあった」
「ワニ!?」
 これから部活に行こうとしていた薫は、屋外プールでの一件を知らなかった。初耳である。アキトはうなずいた。
「ああ。しかもそのワニは、パクリと食いついてくる代わりに、女子生徒の水着ばかりを奪っていったそうだ」
「水着ばかりを……? まるで、どっかの誰かみたいね」
 もちろん、薫が言わんとしているのは、好色なアキトのことだ。アキトはそれに気づいたが、あえて薫に突っかからないでおく。この一大事に、話を逸らしたくない。アキトは無視して続けた。
「どう考えたって、この学校にワニなんておかしいだろ? アマゾンの奥地じゃあるまいし。そのとき、オレはピンと来たのさ」
 アキトがそう言って流し目を送ると、美夜の視線が泳いだ。胸の前でギュッと拳を握りしめる。
「おい、美夜。お前は昨日に引き続き、今日もこの学校へ来たな? 一体、何をしに?」
「そ、それは……」
 美夜は答えかけて口ごもった。皆の注目を浴びる。余計に言えなくなった。
 ジリッとアキトは一歩にじり寄った。
「お前──アリゲーターをペットにしていたよな? あのワニはどうした?」
 核心を突かれた。美夜は顔面を蒼白にし、唇を噛む。その表情の変化に、彼女をかばっていた薫も顔色を変えた。
「まさか、美夜ちゃん……」
「……多分、プールにいたってのは、私のゴエモンよ」
 美夜はポツリと吐露した。それを聞いた薫は、貧血を起こしたかのように卒倒しそうになる。
「どうして、ここにワニなんかを……?」
「それは──お兄ちゃんがゴエモンを釜茹でにしちゃったからよ!」
 薫に尋ねられ、美夜は涙目で兄のアキトに訴えた。アキトは目を丸くする。
「えっ!? ──あっ! あのときか!? つかさたちがウチへ泊まった日……」
「そうよ! あのとき、お兄ちゃんがゴエモンを殺しちゃったんじゃない!」
 美夜はとうとう感情を抑えきれず、爆発した。アキトを非難する。
 妹のペットを兄が手をかけた。その事実を知らされ、薫の目は再びアキトを極悪人として映し出し、手にしていた竹刀に怒りを込めた。正義の天誅を下そうと、竹刀が上段へ振り上げられる。
 アキトは身の危険を感じ、ブルブルとかぶりを振った。
「ば、バカ野郎! あれは正当防衛だ! 抵抗しなかったら、こっちが食われていたんだぞ!」
「ゴエモンはそんな子じゃないモン!」
「アホかぁ! ワニはワニだろうがぁ! どんだけ飼い慣らしたか知らねえが、おいそれと信用できるか!」
 妹の理不尽さに、アキトはブチ切れ寸前だった。
 ここで冷静に話を聞いていた大神が、あることに気づく。
「でも、そのワニって兄貴が殺しちゃったんでしょ? どうして、それが学校に出没しているの?」
「それは──」
 美夜がT氏の研究を説明しようとした刹那である。本校舎の方でワーッという悲鳴にも似た騒ぎが持ち上がった。アキト、美夜、薫、大神の顔に緊張が走る(ちなみにつかさはダウン中)。
「おい、これ以上、大事になったら大変だぞ」
「ゴエモン……!」
「ちょっと、アンタ、なんとかしてあげなさいよ!」
「オレが!?」
 無責任にも薫に言われ、アキトは渋い顔をする。しかし、妹の不始末が発覚すれば、とばっちりを食うのは兄であるアキトだ。ここは事態の収拾に努めておくべきか。
「しゃあねえな」
 アキトはぼやきながらも、意を決して、校舎へと走り出した。

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