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WILD BLOOD

第12話 ゴエモンの逆襲

−10−

 アキトの反攻が始まった。
「むぅん!」
 ワニガメのパックンをつかみながら、両足に力が込められた。そのパックンが噛みついているアリゲーターのゴエモンがじわりと浮きかける。ゴエモンは尻尾の力で、それを阻止しようとした。
「抵抗するなよ!」
 アキトはなおも力を入れた。とうとうゴエモンの後ろ脚が浮く。野次馬たちから、おおっ、という感嘆が洩れた。
 なんという馬鹿力か。アキトはパックンに加えて、ゴエモンの後ろ半分を持ち上げた。そのまま身をひねる。ゴエモンは抗ったが、前脚がリノリウムの床を滑った。
「お前ら、離れてろ! 巻き添え食ってもしらねえぞ!」
 周りに群れている野次馬たち向かって、アキトは忠告した。その迫力に、多くの者たちが気圧される。それでも動かなかったのは、ゴエモンの飼い主である美夜と、写真を撮るのに夢中な寧音<ねね>くらいのものだった。
「そりゃ!」
 アキトは徐々にゴエモンとパックンを振り回し始めた。遠心力も手伝って、ゴエモンの躯まで浮かび上がる。次第に加速がついた。
 学校の廊下で繰り出されたジャイアント・スイングは、見る者を慌てさせた。アキトの手からゴエモンたちが素っ飛んできたらお陀仏だ。もっと離れようと、野次馬たちは後退した。
「せ、先輩、危ないですよ!」
 美夜、寧音<ねね>の他にも、まだ、元の場所に留まっている者がいた。理科準備室にいる波多と富良野だ。もっとも彼らの場合、他に逃げ場などなかったのだが。
 しかし、こんなときにも関わらず、波多はゲテモノ・バカぶりを捨てなかった。
「コラッ! オレのパックンに乱暴なマネをするな!」
 波多はアキトに向かって怒りを露わにした。この瞬間、富良野はすべてが終わったと目をつむる。勢いとはいえ、波多がワニガメの飼い主であることを認めてしまったのだ。きっと後で、それを聞き咎めた教師に追求されるだろう。万事休す。
 そんな二人に構わず、アキトの回転は最高点へと達した。
「どらぁ、フィニッシュだぁ!」
 アキトはおもむろに、パックンから手を離した。誰もいない外に面した窓側にゴエモンとパックンが叩きつけられる。窓ガラスが派手に砕け、女子生徒の悲鳴が響き渡った。
 幸運というべきか、ゴエモンもパックンも外へは飛び出さなかった。あまりに図体が大きかったので、どちらも窓枠が邪魔になったのである。その代わり、ジャイアント・スイングの威力は凄まじく、アルミ製の窓枠は飴細工のようにグニャリと歪んだ。
 窓枠に叩きつけられた二体は、廊下の上に仰向けとなって倒れた。いかにダメージを喰らったかを物語るように、あの執拗に食いついてはずのパックンが、ゴエモンの尻尾から離れている。おまけにグロッキー状態のようだった。
「ふーっ、やれやれ。──おい、イヌ」
 アキトは他生徒同様に茫然としている大神を呼んだ。大神はギクリとする。
「何ですか、兄貴?」
「こっちはお前に任せるわ」
 そう言うや否や、アキトはパックンを持ち上げると、それを大神へと投げた。
「うわっ、ちょ、ちょっとぉ!?」
 時すでに遅し。大神はズシリと重いワニガメのパックンを受け取るはめになった。
「おおっ、これが暴れていた怪獣の片割れやな」
 すかさず寧音<ねね>が大神へと近づき、パックンの近影を撮ろうとした。ところが──
 ぱくっ!
 気絶していたはずのパックンは、突如、意識を取り戻し、あろうことか目の前に突き出された寧音<ねね>のカメラに噛みついたのであった。
「な、ななな、何すんねん!?」
 泡を食ったのは寧音<ねね>だ。反射的にカメラを取り返そうとする。しかし、ワニガメは、一度食いついたら離れない。
「ぬぬぬぬぬぬっ……キーッ!」
 寧音<ねね>とパックンのせめぎ合いは、一進一退を極めた。
 とまあ、そんな番外編はほっといて(爆)、ようやくアキトはゴエモンと一対一になれた。ゴエモンから向けられる敵愾心に満ちた目。挑まれれば、それを受けないわけにはいかない。例えそれが人間ではなく、爬虫類であっても。仙月アキトとは、そういう男だ。
「風呂場でのリターン・マッチというわけか。いいぜ。来なよ。相手になるぜ」
 ワニ相手に話しかけるというのも奇妙なものだった。だが、ゴエモンはアキトの言うことが分かるらしく、いつでも飛びかかれるよう、四肢に力を込める。アキトもわずかに腰を落とした。
 次の刹那、ゴエモンの目から赤い光線が走った。アキトはギョッとし、慌てて避ける。しかし、思いもしなかった攻撃に反応が遅れ、少し髪の毛を焦がした。
「なっ……!?」
 アキトは絶句した。なにしろゴエモンの目から発射されたのはビームだ。驚くのも無理はない。
 それを騒動の輪の外から眺めていた毒島カレンはほくそ笑んだ。
「田隈くんもなかなかやるじゃない」
 一度は死んだゴエモンをサイボーグ手術で再生させたのは、悪の大首領を自認する田隈太志だ。このビーム攻撃という装備から見ても、世界征服の先兵として造られた怪人《ワニ童》の完成度は、非常に高いという裏付けになる。
 アキトは焼け焦げた髪に手をやった。
「こいつ、一体……!?」
 何が起きたのか、まだ呑み込めていないアキトに対し、ゴエモンはなおも攻め込んだ。今度は本来のワニ同様、巨大な口を開けてアキトにかぶりつこうとする。
「──っと!」
 アキトも、いつまでも驚いてはいられなかった。襲いかかってきたゴエモンの動きに応じ、素早く身をかわす。鋭い牙は空を噛み砕いた。
 前回も一度戦っている相手。組み易しと安直に考えていたアキトだが、早くもそれを改めなければならなかった。このゴエモンは、ただのアリゲーターではない。
 しかし、それは目からビームというSFじみた攻撃だけではなかった。
 ガバッ!
 一度は攻撃を回避したはずのアキトであったが、そのそばからゴエモンの二撃目が襲い、たたらを踏んだ。鼻先でゴエモンの大口が閉じられる。制止をかけていなければ、頭から噛みつかれていただろう。
 今のゴエモンが以前と違うところは、反応スピードにも表れていた。まるでアキトの動きを予測していたかのような正確な攻撃。ビームもそうだが、アキトに冷や汗をかかせるのに充分であった。
「お前……!」
 アキトは数段パワーアップしたゴエモンをねめつけた。相手を見くびっていたら、やられるのはこちらだ。アキトは気を引き締めた。
 だが、これまでの攻撃すら、ゴエモンには序の口であったらしい。戦慄しているアキトに向かって、ゴエモンの口が笑みを形作ったように見えた。
「なろォ!」
 挑発されて黙っていられるアキトではない。劣勢から攻勢へ転じようとした。
 アキトのロー・キックが閃いた。ゴエモンの頭を蹴飛ばそうという目論見だ。もちろん、手加減はなし。
 ところが、ゴエモンはそれを難なく回避した。いや、そればかりか、アキトの頭の高さにまで跳び上がり、身をひねりざま、弾力性に富んだ尻尾を叩きつけてくる。これが足なら、ローリング・ソバットだ。
 瞬間、本能的に両腕で顔面を守ったのは僥倖だった。尻尾の重い一撃がアキトを襲う。ガードしていても、脳震盪を起こしそうな痛打だった。
 アキトは吹き飛ばされ、廊下を転がった。退避していた薫のところまで弾かれる。アキトは呻いたきり動かなくなり、薫は慌てた。
「ちょ、ちょっと、しっかりしてよ!」
 野放しにされたアリゲーターを取り押さえることなど、人間離れしたアキトにしか出来ない芸当だ(事実、人間じゃなく、吸血鬼<ヴァンパイア>なのだが)。その頼みの綱がボロ雑巾にされたとなると、お手上げである。薫はアキトを揺さぶろうとした。
「ねえ! ねえっ!」
「では、眠れる白馬の王子に、熱烈なる口づけを……」
 アキトは仰向けになるや、薫に向かって唇をタコのように突き出した。次の刹那、薫はバッと離れ、顔を真っ赤にさせながら、アキトの顔に竹刀の切っ先を抉り込む。
「やっぱり、バカは殺されても死なないか」
「お前には怪我人を労ろうという優しい気持ちはないのか?」
「ない! 少なくとも、アンタには!」
「あっ、そ」
 ほっぺに穴を開けられる前に、アキトは立ち上がった。まったく、どこまでふざけていて、どこからが本気なのか。アキトが転校してきてから一ヶ月が経過しようとしているが、未だに薫はこの男のことをつかみかねていた。その一方で、大したことがなかったことにホッと胸を撫で下ろしている自分に気づき、毒づく。
 だが、立ち上がったアキトは、一瞬、膝から力が抜けそうになって、血の気が引きそうになった。
(ヤベえ、意外と効いてやがる)
 誰にも気づかれないよう、ふらつく足下を抑えるのが精一杯だった。アキトは正面のゴエモンを見据える。視界はぼやけ、ゴエモンが二体に見えた。明らかにダメージが残っているのだ。
「つっ、こりゃ、いけねえや」
 アキトの表情から余裕が消えた。

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