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WILD BLOOD

第13話 学園の支配者

−6−

 寧音が掲示物の内容を見て、驚きの声をあげているとき、伸びてきた一本の腕によって襟首をつかまれ、路地裏に引っ張り込まれた大神は、その相手の顔を見て、顔面を恐怖にひきつらせた。
「あ、兄貴……!」
 それは誰あろう、つかさが心配していた当人、アキトだった。
 アキトの顔は明らかに機嫌が悪く、声を出した大神の顎を強い力でつかみ、握りつぶそうとする。大神は唇がタコのように歪み、喋れなくなった。
「あまり、大声を出すんじゃねえ! つかさたちに気づかれたら面倒だ」
 それでわざわざ大神一人を路地裏の連れ込んだのだ。大神は意図を察して、慌てて何度もうなずく。アキトに逆らうのは賢いことではない。
 アキトは、一度、後ろの様子を窺ってから、大神に尋ねた。
「イヌ、お前のクラスに転校生が来たろ? ありゃ、何者だ?」
「何者って言われても……」
 大神はつかさたちに話したのと同様、やけに女子生徒たちからちやほやされていることを、やっかみ半分、説明した。アキトは機嫌の悪そうな顔のまま聞く。
「オレが訊きたいのは、そういうことじゃねえ。あの野郎、只者じゃねえだろってことだ」
「ええっ!? そうなんですか!?」
 何しろ、女の子たちの人気を一身にさらっていった憎き転校生である。おもしろくないとは思っていても、それ以上はまったく気にかけていない。これが可愛い女の子であれば、大神もいろいろと関心を持てたことだろう。だが、生憎と野郎に興味はなかった。
 まったく何も感じていない大神に、アキトは幻滅し、舌打ちした。どうやら、役立たずと思ったようだ。
 そんなアキトの様子に、大神は慌てた。利用価値のない子分をアキトが冷遇することは自明の理。大神の立場どころか、命にまで危険が及ぶ可能性がある。仙月アキトは吸血鬼<ヴァンパイア>。狼男である大神へ向けられる残忍性は身にしみていた。
「あいつが只者じゃないってのは、何か確証があるんですかい?」
 大神は反対にアキトへ尋ねた。アキトは全身がうずき、顔をしかめる。
「昨日、えらい目に遭った。あの野郎の仕業とは言い切れねえが、偶然にしちゃ、出来すぎている」
 昨日の放課後、サトルをシメようとしたアキトは、そのとき暴走してきたダンプカーによって邪魔された。ダンプカーの運転手は昏睡しており、一歩間違えれば大惨事になっていただろう。
 ダンプカーを止めたあと、アキトは運転手を叩き起こして問い詰めたのだが、どうやら琳昭館高校の近くまで来たところで、急に意識を失ってしまったらしい。ほんの二時間前には、たっぷりと昼休みを取ったというのに。
「これは、あくまでもオレの勘だが、あの野郎は相当に怪しい。何かがある。オレは、そう睨んでいるんだ」
 アキトは塀の向こうの琳昭館高校に目を向けた。この学園では、あまりにもいろいろな事件が起こりすぎる。もっとも、その渦中にいるのは、ほとんどがアキトだが。
 大神はそんな兄貴の言葉を汲んだ。アキトは勘だと言っているが、それが正しいことを疑わない。何しろ、自分の敵かどうかを嗅ぎ分ける能力に関しては天下一品である。だから大神は異を唱えるようなことはしなかった。
「了解です。自分はそれとなく、あの転校生を見張ればいいんですね?」
「同じクラスだからな。何かあったら、どんなことでも報告してくれ。特にあの野郎の近くで、誰かが異常な行動を取るようなことがあったら」
「はい」
「それにしても――」
 アキトはさっきから気になっていたことを口にした。それはきっと、大神も同様だったろう。
「なんか、学校が騒がしくねえか?」



 伊達の足取りは重かった。
 無理もないだろう。昨日は転校生・嵯峨サトルに彼のグルーピーたちを奪われたばかりか、百パーセントの必勝を期してテニス対決を挑んでおきながら、悪夢のようなよもやの敗北を喫してしまったのだ。伊達のプライドは十八年間の人生の中でも最も傷つけられ、屈辱にまみれたのである。
 それでも伊達は学校を休むことなく、ちゃんと登校してきた。自分をよく見せることに対し、人一倍、努力する伊達にとって、学校こそが自分の居場所なのだ。優等生であるところを誰かに認めてもらう。それこそが筋金入りのナルシストとして、伊達の虚栄心を何よりもくすぐるのだった。
 伊達が学校に到着すると、何やら掲示板の前に生徒たちが群がり、騒がしかった。その後方に、武藤つかさの背中を見つけて、伊達の胸が高鳴る。何気ない風を装いながら、伊達はつかさの後ろに立った。
「やあ、武藤くん」
 伊達はつかさの肩に触れ、声をかけた。途端につかさは総毛立ったように、身をぶるっと震わせる。
「あっ、だ、伊達さん……」
 これまで数多くの女性たちを魅了してきた伊達の微笑み。それは誰が名付けたか、《ベルベット・スマイル》と呼ばれており、万人を優しく包み込んでしまう。しかし、つかさは今すぐにも逃げ出したい衝動に駆られた。
 先日、伊達が強引にもつかさを男から女にしてしまおうと、本人にも無許可の性転換手術を企んで手術台にまで乗せた事件があり、それ以来、お互いに顔を合わせていなかったのだ(詳細は「WILD BLOOD」第11話にて)。はっきり言って、犯罪に近い行為だが、今のところ、つかさは警察に訴えたりはしていない。それでも、なるべく避けようとしていたのはつかさの方で、伊達はといえば、まだあきらめていないようだった。
「やあ、武藤くん。先日は悪かったね。僕も、もう少しキミの気持ちを確かめてからにすればよかったと反省しているよ」
 そう言いながら、肩に置かれた伊達の手は、二の腕に沿って、優しく、すーっと滑っていった。つかさは怖気立つ。伊達はまるで恋人に言い寄るかのように、つかさの耳元に唇を近づけようとさえした。  ところが、伊達の登場に薫も気がついた。
「ああ、伊達先輩」
「はっ! お、忍足くん……!」
 伊達は慌てて、つかさから手を離した。伊達が男であるつかさに惹かれていることは秘密である。なんたって、伊達は琳昭館高校女子のアイドルなのだから。
 それが、いくらつかさが女の子のようだといっても、男が男を好きになってしまうというのは、やはりスキャンダラスなことに他ならない。これが学園の女子たちに知れ渡れば、これまで築き上げてきた伊達の地位と名誉が、一気に奪われてしまうことは明らかだった。
 しかし、薫は先日の事件の顛末をつかさから聞いており、すでに伊達の性癖については知っている。つかさは男のくせに、彼の保護者を自称している薫の後ろに身を隠すようにした。そんなつかさの様子に、薫は意味ありげな視線を伊達に送る。他言はしていないが、すべてを知っているぞ、というメッセージを込めて。伊達は瞬時にそれを読み取り、たじろいだ。
「い、いや、あははははは……」
 薫は学園でも数少ない、伊達のモーションにも動じない美少女の一人だ。なんとか愛すべき女の子のリストに加えたいと思っていたのだが、その彼女からこれまで以上に信頼も尊敬も失うのは痛手だった。これでもう、薫が伊達になびくことは一生あるまい。
 薫の他にも、学園で名高い美少女たちがいた。女子バスケットボール部のホープ、桐野晶に、ロリータ・フェイスの妖精、伏見ありす。彼女たちは、伊達の性癖については知らされていないので、何やら気まずそうな三人の雰囲気に怪訝な顔をする。
「どぉしたのぉ〜?」
 ありすが真顔で尋ねた。すると伊達は笑ってごまかす。
「な、なんでもない、なんでもない! ハッハッハッハッハッ! ――それよりも、この騒ぎはいったい何かね?」
 伊達はうまく話題をすり替えた。
 そこへ、またしも群衆の足の間を縫いながら、掲示板を見てきた寧音が帰還した。
「どうだった、寧音?」
 うずうずとした様子の晶が寧音を急かした。とにかく、掲示板を見て、素っ頓狂な声をあげた理由が気になって仕方がない。
 寧音はいささかショックを受けたような顔をしていた。
「実はな――」
 寧音は注目する友人たちの顔をひとつひとつ見渡した。その中に、新たに伊達の顔が加わっていることに気づく。
「ひ、ひーっ! 生徒会長はん!」
 寧音は思わず大きな声をあげていた。
 その驚き方は、あまりにも大げさに思えたが、それに応じるように、掲示板の前の野次馬も反応した。一斉につかさたちを振り返り、驚愕の表情を浮かべる。全員が見つめていたのは、寧音でもつかさでもなく、生徒会長の伊達だった。
「ん? どうしたのかね、諸君?」
 注目を浴びることに馴れっこの伊達だが、今回はいささか違っているように思えた。伊達を見つめる視線が痛々しさをともなっている。伊達はその原因が、問題の掲示物にあるらしいと睨んだ。
「何が貼ってあるのかな……?」
 伊達は努めて平静を装った。そして、掲示板に近づこうとする。群がっていた生徒たちは、沈黙を守りながら、道を開けるように左右にどいた。
 そして、伊達は掲示物を見た。
『ここに伊達修造くんの生徒会長職のリコールを請求する』

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