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WILD BLOOD

第13話 学園の支配者

−7−

 伊達の生徒会長職のリコール請求は、瞬く間に学園中に知れ渡ることとなり、全生徒は口々に様々な憶測を交わし合った。なにしろ、琳昭館高校では開校以来、生徒会長がリコールされるなんてことは、これまでに一度もなかったことだ。ほとんどの生徒が、そんな規則が定められていたことすら知らなかっただろう。前代未聞の珍事だった。
「大丈夫ですか、伊達さん?」
 表の掲示板でリコール請求を知った伊達は、その場で卒倒しそうになった。それを介抱したのがつかさたちである。つかさ、薫、寧音、晶、ありすの五人は、伊達を支えるようにしながら、とりあえず落ち着けるところを探した。多分、今頃、教室はハチの巣をつついたような騒ぎになっているだろう。仕方なく、ここは薫の提案で、生徒会室に行こうということになった。
 足元をふらつかせている伊達は椅子に座らされた。伊達は明らかにショックを受けている様子で、いささか目の焦点が合っていない。そのくせ、ここまで連れてきてくれたつかさの手を離そうとせず、すがりつくようにしている。つかさは困り果てたが、今の伊達を無碍にもできない。とりあえず、そのままにしておいた。
「それにしても、誰がリコール請求なんて……」
 いの一番に、薫が誰もが思っていた疑問を口にした。そのとき、寧音のビン底メガネが妖しく光る。
「やっぱり、あのことがバレたんちゃうかな」
 その視線の先には、つかさの腕をつかんで離さない伊達がいた。
「あのことって?」
 寧音の言葉を聞き咎めた晶が尋ねた。
「それはやなぁ、伊達はんはこともあろうに――」
「わーっ、わぁーわぁー! い、今はそういうことよりも、薫が言ったように、リコールを誰がしたのかが重要でしょ!」
 寧音が伊達の秘密を暴露しようとするのを、つかさは慌てて遮った。
 さすがは学園一の情報通、新聞部の泣く子も黙る天下のパパラッチ、徳田寧音。伊達が同性であるはずのつかさに入れ込んでいるという情報をすでに握っている。にもかかわらず、こんなにおいしいネタをこれまで記事にしなかったのは、それよりも伊達を金づるとして付きまとった方がうまい汁を吸えると判断したからだ。そういう損得勘定は素早い。
 だが、そのネタを誰か他の人間が知って、伊達を生徒会長にふさわしくないと思ったとなれば、なるほど筋が通る気がする。その場合、予想される人物像は、やはり伊達に心酔していて、裏切られたとひどいショックを受けた女子生徒という線が濃厚だろう。
 他の生徒たちを避けて生徒会室に身を潜めていたつかさたちだったが、誰が嗅ぎつけてきたものか、いきなりドアが開き、六人は飛び上がりそうになるくらい驚いた。
「やっぱり、ここにいたんですね」
 やってきたのは、二年生の待田沙也加だった。伊達の姿を見つけて、ホッとしたような顔になる。安堵したのは、つかさたちも同様だった。
「よかった。あなたたちが伊達さんをここへ?」
「はい」
 うなずいたのは薫だった。沙也加に憧れを抱いているつかさは、その急な登場に緊張してしまったようで、いくらか頬を赤らめながら硬直している。
「大丈夫ですか、先輩?」
 沙也加はドアを閉めると、抜け殻になったような伊達をいたわった。
「あ、ああ……待田くん……」
 伊達は紗也加を認識したようだったが、どこか上の空といった感じだった。ただし、すがりついたつかさの手だけは離さない。つかさは沙也加の手前、なんとか逃れようと試みたがムダだった。
「先輩、元気出してください。どの道、もうすぐ任期が終わる予定だったじゃないですか」
 現生徒会役員は、文化祭が終了する二週間後に任期満了となるはずだった。
「ふむ。その任期を待たずして、わざわざリコール請求をしたっちゅうわけやな。これは、なんや作為的な気がするで」
 沙也加は副生徒会長として伊達を気遣って言ったつもりだったが、それを寧音が陰謀説に展開した。伊達はさらに落ち込む。
「誰がそんなことを……」
 伊達の声は蚊が鳴くように小さくなっていた。
「それなんですが、私の机の中に、生徒会長のリコールを要求する文書と、新しい生徒会長候補として推薦状が入れられていました」
 そう言って沙也加は、二通の封筒を取り出した。
「副生徒会長の席に……?」
「きっと、リコール請求を生徒会長本人に提出しても、もみ消されると思ったんやろな」
 解説してみせる寧音は、どこまでも意地悪な見方だった。
「それにはリコールの理由とか書いてあるんですか?」
 薫は気になって尋ねてみた。その瞬間、つかさの腕越しに、伊達がぎくりとしたような感覚が伝わってくる。一応、見た限りでは未だに茫然自失といった様子だが、なんとなく聞き耳を立てているようにも思えた。なにしろ、どうして生徒会長職を解任させられなくてはならないのか、伊達本人に心当たりがない。
「こう見えても、伊達さん、ちゃんと生徒会長の仕事をやっていたと思うんですけど」
 性癖にいささか問題はあるかもしれないが、薫としては伊達が生徒会長であることに何の異論もなかった。それが突然のリコールである。納得できる理由があるなら、それを見せてほしかった。
「私も同じ生徒会役員として、先輩は立派に生徒会長の仕事を全うしていたと証言してもいいわ」
 副生徒会長の沙也加も太鼓判を押した。
「だったら、なぜ――」
「リコール請求の文章には、こう書かれていたわ。生徒会長職には、先輩よりも、もっとふさわしい人物がいる。よって、先輩の解任を求めたい、と」
 沙也加はリコール請求の中身を薫たちに見せた。沙也加の言ったとおりに書かれている。しかし、生徒会長を解任させるには、理由としてあまりにも弱い気がした。
「こんなことで……?」
 薫は呆れた。
「でも、生徒会にリコール請求が出された以上、動議にかけないわけにはいかないわ。それが規則だから。特にこういったものは緊急動議と見なされるの」
「全校生徒で、このリコール請求に対する決議が取られるわけですよね?」
「そう。多数決で、このリコール請求が妥当か不当か、判断されるわ」
「じゃあ、リコールが出されたといっても、伊達先輩が必ずしも解任されるとは限らないんじゃ?」
「ええ。先輩を生徒会長として認める人が多ければ、このまま残り少ない任期を務めてもらうことになるわ」
「なら、大げさに心配する必要はないんじゃないですか? こんな幼稚なリコール請求に賛同する人なんていないと思いますし」
「ところで、推薦状って、誰を推薦しているのぉ〜?」
 一人、緊迫感のないありすが、のんびりと尋ねた。
「それが――」
 沙也加は推薦状の封筒を開けてみた。みんなの目の前に見せる。
「一年B組の嵯峨サトルくんを推薦すると書かれているわ」
「嵯峨……!」
「サトル……!?」
 沙也加を除いた全員が驚愕した。言葉を失って、推薦状の名前を見る。確かに、一番上にサトルの名前があり、その下には推薦者の名前が、大勢、並んでいた。付け加えておくならば、推薦者の名前は全員が女子だ。
「候補者への立候補は、本人の意思さえあれば認められるけど、推薦は我が校の生徒三十名以上による推薦者が必要という規則になっているの。それに照らし合わせてみるなら、これはちゃんと条件を満たしているわ。三十名以上の名前があるし。でも、一年生だなんて……。ねえ、嵯峨サトルってコ、誰だか知っている?」
 聞き覚えのない名前に、沙也加は一年生であるつかさたちに尋ねた。うなずいたのは、すぐに正気に戻った薫だ。
「昨日、転校してきたばかりの男子生徒です。とにかく、女子の間では人気があるようで……」
「そりゃ、無理ないわ。まるでアイドル並のルックスの良さに、どことなくノーブルな品性も窺えるよってな。ちょっとミーハーな女子高生なら、コロッと参ってまうわ」
「えー、そうかぁ? 私は別にタイプじゃないけど」
「晶ちゃんの場合、普通の人とは好みが違うもんねぇ。もっと、おじさん臭い人がいいんでしょ〜?」
「ば、バカ、ありす! てめえ、何言ってやがんだ!」
「フッ、図星やな」
「へえ〜、桐野さんって、そういうタイプが好みなんだぁ。意外……」
「ちょっと、ちょっと! 今はそういう話をしている場合じゃないでしょ!」
 段々と女子高生らしいガールズ・トークに脱線しかけ、つかさはストップをかけた。薫と晶が、ハッと思いとどまる。こういう話に元から目がない寧音とありすはニヤニヤした。
「それにしても、転校してきたばかりの一年生を生徒会長に推薦するなんて、やっぱり普通じゃないわね」
 一年生女子の会話などお構いなしに、沙也加は一人で考え込んだ。その知的で端正な美貌に、つかさは見とれてしまう。
 そのとき、ガバッと伊達がおもむろに立ち上がった。
「チクショウ! ヤツか! ボクの女の子たちばかりか、今度は生徒会長の職も奪おうって言うんだな!」
「痛い! 痛いです、伊達さん」
 憤慨した伊達に強く腕をつかまれ、つかさは顔をしかめた。しかし、伊達は怒りのせいで、つかさの懇願も耳に入らない様子だ。
「つまり、こういうこっちゃな。伊達はんよりも生徒会長にふさわしいんは、転校生の嵯峨サトルやと、この連名の連中は言うとるわけや」
「そんな……転校してきたばかりの一年生を生徒会長にしようだなんて……」
「まあ、これも人気がなせるワザや。きっと女子生徒の支持、めっちゃ高いと思うで」
 寧音が不敵な笑みを見せた。すると途端に、サトルに反して人気急落の伊達はしょげかえり、へなへなと再び椅子に座りこむ。おかげでつかさは腕を放してもらうことができた。
「だ、ダメだぁ〜……このリコールは、きっと成立してしまう……ボクはもう終わりだ……」
「そんな! 先輩、あきらめちゃダメです! 投票してみなければ分からないじゃないですか!」
「いいや、薫はん。この勝負、伊達はんに分が悪いことは決まっとるで」
「どうして!?」
 勝負はゲタを履くまで分からない、というのが剣道をやっている薫の信念だが、それよりも寧音の分析は冷静だった。
「ええか? サトルはんには多くの女子生徒がついた。今、伊達はんとサトルはんの人気は逆転してるっちゅうこっちゃ。ここで肝要になってくるのが、残りの男子生徒の票なわけやけど、生憎と伊達はんをよく思っとる男はおらへん。今までの女子の人気独り占め状態で、むしろ、この地位と名誉を剥奪できる絶好の機会の訪れを喜んどるやろ。なあ? 男子がサトルはんに票を投じないまでも、棄権することはできる。そうなれば伊達はんの敗北は決定的やで」
「………」
 寧音の選挙戦予測に、薫は言葉もなかった。伊達自身、それを分かっているのか、うなだれたまま反論すらしない。皆、黙り込んだ。
 しばらくの沈黙ののち、伊達がようやく口を開いた。
「分かった……リコール請求は受け入れよう。決議を取る必要もない。ボクは潔く生徒会長を辞めるよ」
「先輩!」
 全員がハッとして、伊達の顔を見た。苦渋の決断がうかがえたが、その目はまだ敗北を認めたわけではない。
「でも、転校してきたばかりの一年生を生徒会長にするわけにはいかない。ボクには、彼よりもこの学校のことを考え、行動してくれると信じる、もっとふさわしい候補者がいるからね。――待田くん」
「はい」
「次の生徒会長はキミだ」
 今度は、誰もが沙也加を見つめた。琳昭館高校の才女にしてマドンナの沙也加は、それをしっかりと受け止める。
「ボクが全面バックアップする。ボクの後継者はキミしかいない」
「先輩……」
「承知してくれるね?」
 沙也加は一度、長く目を閉じたあと、きっぱりと言った。
「分かりました。微力ながら、生徒会長に立候補させていただきます」

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