←前頁]  [RED文庫]  [「WILD BLOOD」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→

 



WILD BLOOD

第13話 学園の支配者

−8−

 琳昭館高校校舎地下、《秘密結社 悪の科学同好会》アジト。
 その薄暗がりの中に、早乙女蜂子がコスプレ――もとい、変身した悪の女幹部、《ビューティー・ビー》が片膝をつくようにして控えていた。やがて首領の座に気配が現われるのを待って、《ビューティー・ビー》は顔を伏せたまま声をかける。
「《悪魔大使》さま、大変でございます」
「何事だ、《ビューティー・ビー》。余は怪人試作第二号を造るのに忙しいのだぞ」
 仰々しいマントをつけたナチスの軍服にアイパッチという姿の田隈太志こと《悪魔大使》は、不機嫌さを隠さずに言った。このところ、試作一号である《ワニ童子》――その正体は、アキトの妹、美夜のペットであるアリゲーター、ゴエモンなのだが――に逃げられて以来、《悪魔大使》は次の怪人を造るのに余念がない。今度こそは世界制服の先兵を使って、この学園を支配するつもりだった。
 《ビューティー・ビー》は、《悪魔大使》の不興を買うのを恐れながら、報告を行った。
「実は、生徒会長の伊達修造がリコールされまして――」
「なに?」
 《悪魔大使》のアイパッチをしていない方の右眼が、スッと細められた。
「これは《悪魔大使》さまにとって、チャンスではないかと思った次第です」
「余にとってチャンスだと? 何故、そのように思う?」
 《悪魔大使》は、たった一人の部下にして、たった一人の同胞である《ビューティー・ビー》に尋ねた。《ビューティー・ビー》はようやく表を上げる。
「《悪魔大使》さまが生徒会長選挙に出馬し、見事、当選なされば、堂々と学園を支配することも容易いではありませんか。我々の世界征服もそれだけ早まるというものです」
「なるほどな」
 《悪魔大使》は笑いに唇を歪めた。サディスティックな眼が光る。
「まったく、お前らしい浅知恵だな、《ビューティー・ビー》!」
 まさか《悪魔大使》にけなされるとは思っていなかった《ビューティー・ビー》は、驚きに顔をこわばらせた。
「なぜでございますか、《悪魔大使》さま!?」
「分からぬか、《ビューティー・ビー》! 余は悪の組織の首領だ! それが表舞台に立ってなんとする!? 正体が最初からわかっている悪の首領など、誰が恐れようか!」
 ガバッとマントをはねのけながら、《悪魔大使》は反対意見を述べた。
 確かに、正々堂々と正面切って世界の指導者となるつもりなら、こうして地下に潜り、悪の組織などというものを立ち上げたりはしなかっただろう。《悪魔大使》である田隈太志は、あくまでもネガティブ思考の持ち主で、普通に人の上に立つことはできない。だから屈折し、歪んだ方法によって、野望を成就させようとしているのだ。
 太志に服従を誓っている蜂子は、無論、よかれと思って提案を行ったのだが、それは失敗だった。悪の大首領《悪魔大使》の御心を完全に理解できておらず、《ビューティー・ビー》は自らを恥じいる。
 だが、《悪魔大使》はそれ以上、《ビューティー・ビー》を責めなかった。そのかわり、
「《ビューティー・ビー》よ!」
「はっ!」
「余の出馬はともかくとして、生徒会長選挙の行方は、気にしておかなくてはなるまい。これから、この学園で余と対することになる者だ。誰がなるかによって、こちらも出方を考えなくてはならん。今から敵情を知っておくことも必要だ」
「御意!」
「貴様は選挙戦の内情を探れ! 余が表舞台に立つことはなくとも、それを裏から操るというのも一興だからな」
「ははぁ!」
 《悪魔大使》からの命令を受け、《ビューティー・ビー》は平伏した。



 つかさたちは、また放課後に生徒会室に集まり、選挙戦へ向けての作戦会議を練ることにし、一旦、それぞれの教室へと散った。
 予想されたとおり、伊達のリコールを受け、教室は昨日にも増してざわついていた。しかし、転校生の嵯峨サトルが新しい生徒会長に推薦されたと知れば、もっと大きな騒ぎになるだろう。今は沙也加から話を聞いたつかさたちしか知らされていないが、一両日の間には、このセンセーショナルな話題が全校生徒の耳に入るに違いない。
「大変なことになっちゃったわね」
 つかさの後ろにある自分の席に座りながら薫が言った。しかし、つかさは上の空といった感じで、反応は返ってこない。
 つかさは、沙也加が生徒会長に立候補すると言ったとき、自分から応援を申し出た。なにしろ、沙也加の一大事。ここで手を挙げなければ、――つかさとしては珍しく――男がすたると思った。
 そのとき、あこがれの沙也加に「ありがとう」と微笑まれ、つかさは完全に舞い上がってしまった。これから選挙戦の間、沙也加と一緒になる時間が増えるだろう。いや、もしも沙也加が生徒会長になったら、生徒会の役員に誘われるかもしれない。そうすれば、もっと沙也加と接することが。そんな妄想を働かせると、つかさは胸は自然と高鳴った。
 そんな呆けたようなつかさの横顔を見て、薫は少しイラッとした。なぜかは分からない。つかさが一年上の沙也加にあこがれを抱いているのは前々から知っている。薫から見ても、沙也加は同性として尊敬できるほど素敵だし、薫が遠く及ばないものを多く持っていると思う。だから、つかさが好意を抱くのも当然だと頭では分かっているのだが、なぜか感情の方はそれを承知しないものがあった。
 とはいえ、沙也加以外に生徒会長にふさわしい人間はいないだろう。美人で聡明、おまけに誰に対しても人当たりが柔らかい。学園のマドンナは、まさしく聖母だ。
「なーんか、面白いことになってきたみてぇだな」
 昨日のことなどまるでなかったかのように、アキトがいつもと変わらぬ様子で登校してきた。これには、気づいたつかさも腰を浮かす。
「アキト!」
「よお、つかさ。どうした、そんな死人でも見たような顔をして」
 不敵な笑みを浮かべたまま、アキトは自分の席についた。つかさの隣、窓際だ。
「どうした、もないでしょ! つかさはアンタを心配して――」
 薫がつかさの代わりに言おうとしたが、ニヤッとしたアキトに遮られた。
「おやぁ? もしかして、お前もオレのことを心配してくれたとか?」
 アキトは下卑た笑みを見せながら、薫をからかった。薫はハリセンでひっぱたいてやろうかと思う。
 つかさが真顔で尋ねた。
「ホントに、昨日はあれからどうしたの?」
「はあ? 別に。ただ、授業がかったるくなったからフケただけだよ」
 アキトの応答は不真面目にも思えた。それでいて普段がそうだから、いつもどおりとも取れる。
「それよりも、あの伊達が生徒会長を辞めさせられたんだって?」
 他人の不幸を喜ぶように、アキトはタイムリーな話題を口にした。
「正式には、まだ辞任したわけじゃないよ」
 伊達が気の毒なお人好しなつかさは、アキトの発言を訂正する。
「どっちみち、同じだろ? 次の生徒会長はどうすんだ?」
「それは――、生徒会長に立候補したり、推薦された人たちで選挙をやって、全校生徒で決めるんだよ」
 一瞬、嵯峨サトルのことをアキトに教えていいものか悩み、つかさは口ごもった。
「へえ、選挙か。それはこの学校の生徒なら、誰でもなれるのか?」
「まあ、一応」
「そうかい。じゃあ、オレも立候補とやらをしてみようかな」
 何気ないアキトの言葉に、つかさも薫も目を大きく見開いた。
「アキトが!?」
「アンタ、それ、マジ!?」
「ああ。誰でもいいんだろ? なら、オレでもいいじゃないか」
 二人は開いた口が塞がらなかった。
「いくら誰でもいいったって、アンタがなれっこないでしょ!」
 薫はハナっから決めつけていた。アキトはせせら笑う。
「何でだよ? そんなのやってみなきゃ分からねえだろ? ――なあ、つかさ。お前はオレを応援してくれるよな?」
「えっ、ボク!?」
 つかさは言葉に詰まった。薫の言い草じゃないが、アキトが生徒会長になるのはどうかと思う。
「ぼ、ボクはダメだよ! もう待田先輩の応援を手伝うって決めたんだから!」
 つかさは、やや顔を赤くしながら拒否した。アキトの目が意地悪そうに細められる。
「なんだぁ、つかさ。親友よりもあこがれの先輩を取るって言うのか?」
「う、うん。悪いけど、先に待田先輩と約束したから……」
 いささか声を震わせながら、つかさは言い訳をした。アキトは舌打ちしたが、目は笑っている。そんなことは最初から分かっていたかのように。
「しょうがねえな。じゃあ――おい、お前はオレの応援をしてくれるんだろうな?」
 今度は薫に話を振った。薫は即座に嫌悪を露わにする。
「はあ!? 冗談も休み休みに言って!」
「じょ……う……だ……ん……。ほれ、休み休みに言ってやったぞ」
 アキトは茶化した。薫のこめかみがピクピクと痙攣する。
「バカ! 誰がアンタなんかを応援するもんですか! 例え、大金を積まれてもゴメンだわ!」
「百万でもか? 一千万でも? なら、百億ならどうだ? ――出世払いで」
「イヤよ」
「そんなつれないこと言うなよ。オレとお前の仲じゃねえか」
 この馴れ馴れしいやり取りは、クラス中の注目となっていた。薫はクラスメイトたちの視線を感じて、カッと顔が熱くなる。ついに伝家の宝刀たるハリセンを抜いた。スパーン、という小気味いい音が教室にこだます。
「どんな仲なのよ!? ふざけないで! 第一、アンタなんかが当選するもんですか!」
 薫は頭から二本の角を出しながら、アキトに言い放った。アキトは叩かれた頭を撫でさすりながら、口を尖らせる。
「言ったなぁ! よし! こうなったら、オレの人気の高さを証明してやる!」
 こうして、アキトは正式に生徒会長への立候補を決めた。

<次頁へ>


←前頁]  [RED文庫]  [「WILD BLOOD」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→