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WILD BLOOD

第13話 学園の支配者

−11−

 アキトに手を引っ張られながら歩く蜂子は、態度こそイヤイヤながらも、根っからのマゾの血がそうさせるのか、その強引さに抗うことはできなかった。
 田隈太志こと、《悪魔大使》に命じられたとおり、三人の生徒会長候補の動向を探っていた蜂子であったが、本命と目される沙也加や女子に人気の高いサトルよりも、誰が見たって当選の見込みがないアキトをわざわざターゲットとしたのは、何よりも先日のゴエモン騒動(恒例の「WILD BLOOD」第12話を参照されたし)にて、どさくさにまぎれてHカップのバストに顔を埋めてきた、この厚顔無恥な男のことが気になって仕方なかったからである。
 普通のうら若き乙女ならば、見も知らぬ男にそんなことをされたら、嫌悪感を抱きそうなものだが、蜂子の場合、羞恥心を煽られるほど興奮と愉悦感を覚え、それが病みつきになってしまうという、厄介な性癖を持っているのだった。それゆえに、悪の組織を率いて世界を征服しようという歪んだ人格の太志に惹かれ、絶対的な忠誠を誓っているのだった。
「ど、どこへ連れて行くんですか?」
 不安そうな声を出しながらも、蜂子の胸は興奮に高鳴っていた。何をされるか分からない、このゾクゾク感が蜂子にとってはたまらない。アキトに何かされるのではないかという妄想が彼女の豊かな胸以上にふくらむ。
「なーに、簡単なことさ。オレの選挙公約は口で言うよりも、直接、見てもらった方が効果があるからな」
 何を企んでいるのか、アキトは下卑た笑顔を蜂子に見せた。蜂子は怯えるよりも、ドキドキするような期待感を抱いてしまう。
 そんなアキトが引っ張ってきたのは女子更衣室だった。体育の授業のとき、女子生徒が着替える場所だ。鍵は防犯を兼ねて体育教官が管理しており、授業のときに貸し出される。もちろん、今は放課後なので、誰も使っていないはずであった。
「ひっひっひっ」
 誰も来ないことを確かめてから、アキトはポケットから一本の針金を取り出すと、口の中でねぶるようにして湿らせ、それを鍵穴に差し込んだ。
 カチャカチャ ガチャ!
 格闘すること、ほんの十秒足らず。アキトは女子更衣室の鍵をいとも簡単に開けてしまった。その早技に蜂子は目を丸くする。
「さあ、中に入れ」
「い、いやっ……!」
「いいから入れ!」
 アキトに半ば力ずくで、蜂子は女子更衣室の中に押し込められた。ああ、きっとこの中で手籠めにされてしまうのね、とおののきながら、どんな辱めを受けるのか期待してしまう。蜂子はあくまでも変態なのだった。
 ――その数分後。
 女子更衣室のドアから、にゅっとアキトの頭が突き出された。入ったときと同じように、廊下に誰もいないことを確認すると、そっと足音にまで気をつけて外に出る。そして、中にいる蜂子を手招きした。
「行くぞ」
「でも……」
 中からは蜂子の弱々しい声。一向に外へ出てこようとする様子はなかった。アキトが苛立つ。
「早くしろ!」
 アキトは鋭く叱咤した。



 それから、さらに数分後。下校時刻を回った校門の内側では、右と左に陣営が分かれた二人の次期生徒会長候補、待田沙也加と嵯峨サトルによる、壮絶なアピール合戦が行われていた。
「次期生徒会長に立候補の待田沙也加、待田沙也加、待田沙也加を、どうぞ、よろしくお願いいたします!」
 職員室から拡声機まで持ち出して、伊達が名前を連呼した。前生徒会長公認候補である。その力の入れようは半端ではなかった。
 一方――
「ワン……ツー……ワン、ツー、スリー、フォー! ファイト、ファイト、サトル! ラブリー、ラブリー、サトル! ウィナー、ウィナー、サトル! イェイ!」
 ド派手なパフォーマンスで応援をしているのは、全国大会で常連となっている女子チア・リーディング部だった。組み体操からジャンプまで、見事な連携で下校途中の生徒たちを引き止める。その後ろには、マン研お手製の横断幕が掲げられていた。
「これは強烈やなぁ」
 両陣営の選挙運動を取材していた寧音が、立て続けにシャッターを切った。その隣で、サトルに懐柔された大神も同じく撮影に没頭している。もっとも、こちらは個人的な趣味を満喫するためのもので、必要以上にローアングルだったが。
 サトル陣営の華々しさに比べれば、沙也加陣営は従来通りのやり方で地味に見えてしまいがちだった。生徒たちが注目するのもサトル陣営側。次第に拡声機を持った伊達もたじたじとなった。
「まさか、女子チア・リーディング部まで味方に引き入れるとはね」
 配布用のチラシを手にしながら、薫は唇を噛んだ。旗色の悪さは明らかだ。
「あ、あきらめちゃダメだよ。選挙は投票箱を開けるまで分からないんだから」
 つかさ一人が懸命に闘争心を持ち続けていた。なにしろ、憧れの沙也加のためだ。簡単にはギブアップできない。
 すると沙也加は、つかさに向って微笑んでくれた。
「ええ、そのとおりよ。――このたび、立候補した待田沙也加です。よろしくお願いします」
 紗也加は笑顔を絶やすことなく、チラシの配布を続けた。その姿につかさはもちろん、薫や伊達、脇屋が、もう一度、奮い立つ。
「お願いします!」
「二年E組の待田沙也加です!」
 かくして、両陣営のアピール合戦は熱を帯びた。何としても一票をもぎ取ろうと。
 そこへ砂煙をあげて、猛烈に突っ込んでくるものがあった。それが校庭にあった、朝礼のときなどに使うお立ち台であると分かり、大半の者たちが目を剥く。それを後ろから押しているのは、たった一人の生徒だった。
「待ぁーて待て待て待てぇぇぇぇぇぇいっ!」
 もうもうと立ち込める砂煙の中、その生徒はお立ち台の上に飛び乗った。そのとき、つかさと薫が悪い予感を覚えたのは言うまでもない。
 校門前でたむろしている生徒たちを睥睨したのは、第三の候補者、仙月アキトであった。
「あ、アキト……」
 つかさと薫の悪い予感は、見事、的中した。
 アキトはどこから持ち出したのやら、スタンド・マイクを用意していた。
「アー、アー」
 手始めにマイク・テストをすると、校内のスピーカーから耳をつんざくハウリングが発せられた。生徒たちは、一斉に耳を塞ぐ。アキトは乱暴にマイクを叩いた。
「テス、テス、マイク・テス。アー、アー。本日は晴天なり、本日は晴天なり。アメンボ赤いな、あいうえお。――OK?」
 放送部の誰かを脅しつけたのだろうか。アキトは校舎の方を振り返ってマイクの調子を確かめると、改めて勢い込んだ。
「はい、注〜目ッ! 生徒諸君、オレは一年A組の仙月アキト! 次期生徒会長だ!」
「まだ候補でしょ」
 薫が頭痛を覚えながら、ぼそっと突っ込んだ。無論、アキトには届かない。
「ここで諸君に、オレの改革案の一端をご披露したい! よろしいか!? よろしいな!? では、発表する!」
 アキトが指を鳴らすのを合図に、スピーカーからグランプリの発表を待つようなドラム・ロールが流れた。念の入った演出だ。さすがに、その場にいた全員が注目した。
 やがて、ドラム・ロールが止んだ。
「ここにオレ、仙月アキトは、新しい制服の導入を提案する! それは――これだぁ!」
 アキトは大々的に宣言し、後ろを振り返った。ところが、誰も現れない。
 しばし、周囲は水を打ったような静けさになった。
「ありっ?」
 予定が狂ったアキトは、キョロキョロと辺りを見回した。
「お、おいっ! 何をしている!? 早く、ここに上がれ!」
 アキトは校舎の陰に身を隠すようにしている人物を見つけて急かした。ところが、その人物はイヤイヤをする。
「む、無理です……」
 弱々しい抵抗と蚊の鳴くような声。アキトの形相が般若面になった。
「黙れ! とっとと壇上へ来い!」
「は、はい……」
 強い口調の命令に仕方なく姿を現したのは、アキトに捕まった早乙女蜂子だった。おずおずとお立ち台に上がる。
 すると、蜂子の姿を見た生徒たちから、どよめきが起きた。ただし、男子生徒に限る。女子生徒たちからは短い悲鳴があがった。
 その反応に、アキトは喜色満面になった。
「どうかね、諸君! これがオレの提案する女子の新しい制服だぁぁぁぁぁっ!」
 それは見るからに破廉恥なものだった。ベースは今まで通りのセーラー服なのだが、上も下も極端に裾が短くなっているのだ。スカートは超ミニスカート。ちょっと屈んだだけでもスカートの中が見えてしまいそうな短さだ。さらに上はヘソ丸出しで、バストの近くまで肌を露出するデザインである。モデルになっている蜂子の豊かなバストがカットされたセーラー服の胸を押し上げ、下から見上げる男子生徒たちからは、そのHカップのブラジャーを取り去ったノーブラ状態をわずかに拝むことができた。
「いやんっ!」
 公衆の面前で裸よりも恥ずかしい格好をさせられ、蜂子は体をくねらさせるように身悶えた。その煽情的なポーズが、余計に男子生徒たちの興奮を増長させる。確実に何人かは鼻血を噴き、多くの者がまともに立っていられなくなった(わぁー、こんなことまで書いちゃって、大丈夫なんだろうか、私)。大神などは、まるでカメラ小僧のように写真を撮りまくっている。
 それに対し、女子の反応はこれまた過激だった。批難と怒号、それに侮蔑。そんな恥ずかしい制服を誰が着られるものかと、猛抗議した。確かに、女子には最悪、男子には目の保養になること間違いない。そもそも、こんな破廉恥な制服が学校で認められるとも思えないが。
 このセンセーショナルな新しい制服の発表は、露出度の高さから多くの男子生徒に支持された。誰からともなく、アキトを讃える仙月コールが湧き起こる。
「いいぞ、新生徒会長!」
「ぜひ、実現させてくれ!」
「仙月! 仙月! 仙月!」
 アキトは両手を上げながら声援に応えた。そして、こちらを見上げているサトルに、挑戦的な笑みを見せつける。
 大混乱となった校門前は収拾がつかなくなった。

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