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WILD BLOOD

第13話 学園の支配者

−12−

 アキトが提案した新しい制服の写真は、寧音の『琳昭館月報』号外によって、翌日には全校生徒に知れ渡ることとなった。
 その号外には、蜂子の肢体が惜しげもなくデカデカとさらされており、しかもカラーなので、男子生徒の間では、ぜひともお宝にしようと、あさましい争奪戦が勃発。中には貴重な号外を即席のオークションにかける者まで現われた。
 手をふるふるとわななかせ、号外をくしゃくしゃにしたのは、悪の大首領《悪魔大使》こと田隈太志であった。彼のアジトでは、目の前に当の蜂子が直立している。さすがに、あの煽情的な制服を着てくるわけにはいかなかったので、今は野暮ったい臙脂色のジャージ姿だ。
「なんたる破廉恥な!」
 くしゃくしゃに丸めた号外を太志は投げつけた。蜂子の眼鏡に当たり、身を強張らせる。太志の叱責を甘んじて受けた。
「一体どういうわけで、こんな格好をし、写真にまで撮られたんだ!? お前はこのオレの右腕だぞ! 悪の軍団を率いる幹部だ! それがいつからグラビアアイドルになり下がった!?」
 自分だって《ビューティー・ビー》の、決して上品とは言えない色もの衣裳の着用を強要しておきながら、それを棚に上げて太志は怒りまくった。蜂子は謝罪する。
「申し訳ございません、《悪魔大使》さま。あの仙月アキトという男に捕まり、強引に……」
 そう言って、蜂子は頬を染めた。あの制服姿は、アキトが手にしたハサミによって切られたものである。そのときのマゾヒズムを思い出し、興奮がよみがえったのだ。
 その様子を見て、太志は手元にあったムチでテーブルをぴしゃりと叩いた。ムチといっても、長いロープ状のものではない。競馬の騎手が使うような、長さ七十センチくらいのスティック状のものだ。あれでお尻を叩かれたら……。蜂子はすぐにそんなことを連想し、ぶるっと震えた。
「またしても仙月アキトか! あの男、前回も私の計画を邪魔してくれたな!」
 計画を邪魔したといっても、改造手術を施したワニに逃げられただけの話なのだが。
「どうやら、ヤツが我々の目指す世界征服の野望の前に立ちはだかるつもりらしい!」
 いや、そんなに勝手に決めつけなくても(苦笑)。
「もしも、ヤツが生徒会長にでもなれば、この《悪の科学同好会》に対抗する組織を設立するかもしれぬ!」
 ですから、それは先走った思い込みであって――
「こうなったら、一刻の猶予もならん! ヤツが大いなる敵になる前に始末してくれる!」
 太志は、もう一度、ムチを鳴らした。
 はあ、もう好きにしちゃってください(嘆息)。



 一方、沙也加の選挙対策本部――生徒会室――でも、この号外のことが話題に上っていた。
「まったく、何を考えてんのよ、あのバカ!」
 辛辣な言葉を吐いたのは、誰あろう薫だった。感情を爆発させているせいで、顔が真っ赤だ。
「アキトらしいといえば、アキトらしいけど……」
 つかさは、いくらあこがれの沙也加のためとはいえ、友人であるアキトの応援をできないことに心苦しさを感じていた。従って、批判は控える。隣の薫に睨まれた。
「これで形勢が傾いたようね」
 決して降参したわけではないが、沙也加は冷静に分析していた。
 これまで女子生徒の票は、人気の高いサトルへ流れるという予想があった。だから沙也加陣営としては、男子生徒の票をいかに獲得できるかが勝敗のカギだったのだが、昨日のアキトによるパフォーマンスのせいで、完全に男子の支持率は持って行かれてしまった感じだ。当初、一番、当選が目されていたはずの沙也加が、今では最も苦戦を強いられることになってしまった。
「にしても――」
「こんな制服があったら、毎日が楽しいでしょうねえ」
 伊達と脇屋が入手した号外を眺めながら、鼻の下を伸ばしていた。目はもう蜂子の写真に釘づけである。
「せーんーぱーいー!?」
 不機嫌さ全開に、薫が二人の先輩に冷やかな視線を送る。年下の一年生の剣幕に、伊達と脇屋はたじたじとなった。
「あっ、いや、その……脇屋くん、ダメじゃないか!」
「す、すみません、つ、つい煩悩が……」
 バン! と目を吊り上げた薫の手が号外の上に広げられた。そのまま、それを手元に引き寄せて回収する。伊達と脇屋は首を伸ばしながら、ああっ、と未練がましく惜しんだ。
「とにかく、投票前日に行われる全校集会が、最大にして最後のアピールの場になるわ。そのときに、もう一度、私のことを知ってもらう。あとは投票するみんなに決めてもらうしかないんだから。それまで精一杯やるだけよ」
 すでに沙也加の決意は固まっているようだった。そんな、ただ、たおやかさだけではない芯の強さを見せられて、つかさをはじめ、みんなが真顔でうなづく。
「そうだね。ボクらには、まだ時間がある。最後まで待田くんを支えようじゃないか」
 と、伊達が言えば、
「よし! 今日は放課後だけじゃなく、昼休みも集まって、各教室にチラシを配ろう!」
 と、脇屋も立ち上がった。
「そうですね。我々の武器は一致団結!」
 薫が右手をテーブルの上にかざす。すかさず伊達が、脇屋が、そして、つかさが同じように右手を重ねた。最後に沙也加が。
「ファイト〜ッ、おぉーっ!」
 掛け声とともに結束を固め、生徒会長室を出た一同であったが、そこに余裕のポーズで壁に身体を預けたアキトが待ち構えていた。よおっ、と人差し指と中指をキザに振る。全員の顔が強張った。
「アキト……」
「あんた、何のつもりよ!? 敵情視察!?」
 敵意丸出しで薫がねめつけた。アキトはせせら笑う。
「んなんじゃねえよ。ちょっとそちらの現副会長さんに話があってな」
「私に?」
 沙也加は眉をひそめた。その間に薫が割り込む。
「ダメですよ、待田先輩。こんなヤツの言葉を真に受けてちゃ」
「お前は引っ込んでろ。――ここは立候補者同士、サシで話し合おうや」
 アキトはニヤニヤと面白そうに沙也加の返答を待った。つかさたちも沙也加に注目する。すると沙也加はうなずいた。
「ええ、構いません。ただし、もうすぐ授業の時間です。手短に願えますか?」
「時間は取らせねえよ」
 アキトは先に立って廊下を歩き始めた。ついて来いということだろう。つかさも心配になって一緒に行こうとしたが、それは沙也加に止められた。
「大丈夫です」
 つかさを安心させるように言い、沙也加はアキトのあとについて行った。
 アキトが連れ出したのは、校舎と体育館を橋渡しした短い通路だった。ここなら誰も来ないだろう。
「それで、お話とは?」
 ちらりと左手首の腕時計に目をやりながら、沙也加は尋ねた。アキトは通路の欄干に両肘を乗せるようにして外を眺める。
「簡単なことさ。オレと手を組まないか?」
「あなたと?」
 それほど沙也加は驚いた表情を見せなかった。
「ああ。あの嵯峨サトルってヤツは油断がならねえ。そもそも転校してきたばかりの一年生が生徒会長に名乗りを上げるたあ、どういうことだ? これには何か裏があるぜ。なあ、ヤツを生徒会長にするのは危険だと思わねえか? ここはオレとお前、力を合わせて共通の敵を倒すのが最善の策だと思うんだが」
「あなたのおっしゃっている意味が分かりません」
 沙也加はアキトの横に並んだ。同じような格好で同じような方向を眺める。
「敵だとか、倒すだとか、この生徒会長選挙は、そういうものではありません。誰が一番この学校のことを考え、それを実行に移せるのか、そういう人を本校生徒全員で選ぶのが目的です。個人の勝ち負けなど意味がありません。公平に選んでもらうことこそが大切なんです」
 いかにも優等生らしい沙也加の美辞麗句を聞き、アキトは苦虫を噛み潰したような顔で髪をクシャクシャと掻いた。
「おいおいおいおい、マジでそんなことを言っているのか? 選挙に出た以上、勝たなきゃしょうがねえだろ? まともな候補者が必ずしも選ばれるという保証はないんだぜ?」
 とても、まともな候補とは思えない本人が言うのだから、説得力に欠けるんだかなんだか。
 しかし、沙也加の視線は真っ直ぐを向いたままだった。
「例え、生徒会長にふさわしくない人が選ばれても、その責任は票を入れた一人一人にあります。その自覚がないのなら、面白半分に投票すべきではありません。みんなが一票の重みを知るべきなのです。――これまで本校では、ほとんどの場合が立候補者一人という状況で生徒会長が決められてきました。これでは選択の余地がありません。でも、今回は三人の候補者が立ちました。私はあなたが選ばれても、嵯峨くんが選ばれても、それがみんなの投票結果であるなら納得できます」
「………」
「勘違いされているようですけれど、生徒会長は私利私欲のためになるものではありません。みんなの声を聞いて、それを形にしてあげるのが役割です。私には、その仕事が出来ると自負していますし、最大限の努力を惜しまないつもりでいますが、今のことさえ履き違えなければ、誰にでも務まります。だから、勝ち負けなど無意味だと言っているのです」
 アキトは開いた口が塞がらなかった。本当にそんなことを信じているのかと。
「そんなの……きれいごとだ!」
「ええ、そうかもしれません。でも、それが私の考え方です」
 どちらからともなく顔を見合わせた。そこでちょうど鳴った予鈴のチャイム。話し合いは決裂に終わった。

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