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WILD BLOOD

第13話 学園の支配者

−17−

 ぷつん ざーっ!
 《ワニガメ童子》の目を通してモニターにしていた《悪魔大使》は、その映像が途絶えたのを見て愕然とした。
 一体、何があったのか。しばらく《悪魔大使》は声も出せぬまま、モニターの前で動けなかった。
 最後の映像はアキトの形相とその後ろに映った体育館の様子だけ。かろうじて《ワニガメ童子》の最後の攻撃がアキトに届かなかったことは分かったが、そのあとはカメラの死角に入ってしまったため肝心なところを見ることができず、閑散とした体育館しか映さなかった。考えられることは、アキトが何らかの方法で《ワニガメ童子》を破壊したということだろう。
「むううっ、バカな!」
 《悪魔大使》は拳をコンソールパネルに叩きつけた。そして、忌々しそうに歯噛みする。
 怪人第二号として造り上げた《ワニガメ童子》は、急ごしらえにしてはなかなかの戦闘力と防御力を持たせることに成功した。それだけに、ただの人間であるはずの――と、《悪魔大使》は思い込んでいる――アキトに斃されたことは自分のアイデンティティを崩壊させるほどのショックだ。おそらく、《ワニガメ童子》が活動を停止したことによって自爆装置が働いただろうが、それはあくまでも証拠隠滅のためのもので殺傷目的のものではない。確認するまでもなく仙月アキトは生きているはずだ。
「あやつ、本当に人間なのか!?」
 そんな疑念を持つのも当然だった。おそらく小銃などの火器を用いても、《ワニガメ童子》はやられなかったはずだ。それが武器らしいものを何一つ持たぬ一介の高校生によって斃されるとは。これは製作者であり、自らを天才と信じて疑わない《悪魔大使》への屈辱でしかない。
 《悪魔大使》は乱暴に衣裳を脱ぎ捨てると、高校生の田隈太志に戻った。誰にも見られていないか警戒しながら、旧校舎地下のアジトから外へと出る。体育館の方を見ると、ボヤ騒ぎになっていた。《ワニガメ童子》が自爆したせいだ。
 様子を見に行くと、黒々とした煙が蔓延する体育館より、一人の男子生徒を背負い、一人の女子生徒を抱えたアキトがちょうど出てくるところだった。頭部を負傷したせいで顔は血だらけだが、その足取りはしっかりとしている。どうやら自分のためというよりも、助けた生徒のために保健室へ向かうようだった。
 どうしてくれようか、と太志は考えた。今の手傷を負った状態を見逃さず、自ら手を下すべきか。いや、手駒となる怪人がいない以上、悪魔的頭脳以外はただの人間以下にすぎない太志(おいおい、ただの人間以下、なのか?)に、化け物じみた敵の相手が務まるとも思えない。太志はほぞを噛んだ。
 こういうとき部下である《ビューティー・ビー》がいればいいのだが、その早乙女蜂子には件の失敗により罰を与えている最中である。その罰とは、アキトが呼び出された女子更衣室のロッカーの中に押し込まれ、しばらく出られないようにされていることだった。
「仕方ない、またの機会にしよう」
 そう呟いて、太志が教室へ引き返そうとしたとき、目の前に一人の男子生徒が立っていることに気づいた。太志の顔を見て馴れ馴れしくも微笑む。元より人間不信の塊である太志は眉をひそめた。
「キミは?」
「嵯峨サトル。今回の生徒会長選挙の候補者です」
 相手の男子生徒は、初対面である太志に慇懃な態度で挨拶した。太志は思い出す。
「ああ、そうか。『琳昭館月報』で見たことがある。まだ一年生なんだって? それも転校生だとか」
「先輩にまで顔を知られているようで光栄です」
「その“次期生徒会長”さんが何の用だ? 私は教室へ戻りたいのだが」
 不機嫌さを隠さずに太志は言った。そうすれば向こうも引き下がるかと期待して。しかし、サトルは平然としたものだった。
「あの男についてです。今、凄い目で睨んでおられましたよね?」
 サトルは校舎の中に消えるアキトの背中を振り返った。太志の口がへの字に曲がる。
「……それがどうした?」
「その理由をお聞かせ願いたいと思いまして」
「断る」
「おや、何か不都合なことでも?」
「そんなものはない!」
「じゃあ、いいじゃないですか」
「おい、こっちは上級生だぞ! 邪魔するな!」
 行く手をサトルに遮られ、太志は憤りを覚えた。ただでさえ機嫌が悪いのだ。腕力はからっきしのタイプだが、それでも生意気な一年坊主を殴りたくなる。
 しかし、サトルは意に介した様子はなく、むしろ顔を近づけてきた。
「教えてもらえませんか、仙月アキトを憎む理由を」
「しつこいぞ!」
「ひょっとして、さっきの騒ぎと関係あるのでは?」
「知るか!」
「話してもらうまでは、ここを通しませんよ」
 サトルの口調は柔らかかったが、有無を言わせぬものがあった。
 そのとき、太志はサトルの目を見てしまった。黒い瞳に吸い込まれそうになる。
(なんだ、こいつは……?)
 太志は徐々に怒りの感情が消えていくのを覚えた。焦燥と不安が薄れ、心にぽっかりと穴が開くような気持ちになる。思考が止まっていく。
(あ、れ……私は……何をして……)
「さあ、どうして仙月アキトを恨んでいるのですか?」
 聞こえてくるサトルの声が、目の前にいるはずなのにどこか遠くから聞こえてくるような気がした。その質問につい答えたくなる。太志の唇が動きかけた。
「あ、あいつは……」
「不吉だわ」
「――っ!?」
 太志が夢うつつのような状態で答えかけた刹那、どこか茫洋とした女の声が遮った。ギクリとしたのはサトルだ。声が聞こえた方向を振り返る。
 そこに立っていたのは一人の女子生徒だった。とても整った顔立ちの美少女だが、全体的に暗い翳を引きづっている。どことなく近づき難い雰囲気を漂わせていた。
「キミは……?」
 サトルは不思議な気配を持つ少女に名を尋ねた。今の今まで存在に気づかなかったことに戦慄を覚えつつ。まるでそこへ、突然、現れたかのようだった。
 少女は無表情に名乗った。
「私は一年C組の黒井ミサ。初めまして、嵯峨サトルくん」
 その瞬間、サトルの背筋に冷たいものが走った。と同時に、目の前のミサという少女に恐れを抱いた自分に許せぬものを感じ、不快になる。常に笑みを絶やさないこの美少年にしては珍しいことだった。
 サトルはミサを睨みつけた。まるで相手を目で殺そうとでもいうように。しかし、ミサはそれを涼しげに受け止めた。
「邪眼ね。でも、私には効かないわ」
「――っ!?」
 難なくミサに看破され、サトルはうろたえた。動揺はふらつく足下に表れる。
「な、何者だ!?」
「もう名乗ったはずだけど」
「違う! ボクが言いたいのは――」
「あまりこの学園で無茶はしないことね。ここ、普通の学校とは違うから」
「そんなことは分かって――」
「忠告はさせてもらったわ。それを無視すれば、あなたは破滅する。悪いけど、私の占いはよく当たるの。特に悪いことはね。――さあ、こっちへ」
 最後の言葉はサトルに対してではなく、ぼーっと突っ立っている太志へのものだった。それに従うように太志が歩き出す。まるで夢遊病患者のようだ。サトルは止めようとするのを一瞬忘れた。
「! ――ま、待て! そいつには訊きたいことがあるんだ!」
 立ち去ろうとしたミサの肩をサトルはつかもうとした。その瞬間、目に見えない障壁がサトルを吹き飛ばす。サトルはもんどり打って倒れた。
「な、なにぃ……!? バカな……!」
 自分の身に何が起きたのか、サトルは理解できなかった。目の前に立つ少女が得体のしれない化け物に思えてくる。
「残念だけど、あなたの相手は私じゃないの。カードがそう言っている」
「カードだと? 何のことだ?」
「それを知る必要はないわ。あなたは明日の投票で生徒会長に選出されるでしょう。そうしたら、この学園を思いのままにしようとする。でも、それは長続きしないわ。あなたの野望は必ず打ち砕かれる。そして、もう二度と立ち上がれなくなるでしょう」
「お、お前……予言者のつもりか!?」
「いいえ」
 ミサは太志とともに去ろうとした。ところが、ふと思い出したように振り返る。
「そうだわ。私が何者か尋ねたわね? みんなは私のことをこう呼ぶのよ。――“魔女”って」
「魔女……」
 それきりミサは振り返らなかった。サトルは敗北感にまみれる。
「くそっ! 邪魔者はあの仙月アキトだけじゃないのか!? ――黒井ミサ。その名、忘れないぞ!」
 サトルは奥歯をぎりりと鳴らした。

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