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WILD BLOOD

第13話 学園の支配者

−20−

「やっぱり、怪しいとなると、ここだよな」
 アキトは前日の闘いの疲れを癒すべく、わざと大幅に朝寝坊をしてから、昼頃になって、以前、美夜に案内されて訪れたことのある琳昭館高校校舎の地下室入口へ、直接、来ていた。
 あのときも調べようと思ったのだが、ちょうどそこへ校内カウンセラーの毒島カレンが現われて、この地下室が、長年、使われていないことを教えられ、引き下がったのだ。確かに、鉄扉は固く閉ざされ、誰かが出入りしたような痕跡はなかったが、美夜はあくまでもゴエモンの手術をそこで行ったと言い張っている。とすれば、あのワニガメの怪物もここで生まれた可能性が高かった。
 もしも、この校内であんな化け物を生み出している輩がいるとすれば、アキトは容赦しないつもりだった。自分が狙われるのは構わない。元々、争いごとは望むところである。だが、大事なものを傷つけられた怒りは抑えきれなかった。
 今度は誰にも邪魔されないだろうと、アキトは周囲を窺いながら地下室の扉に手をかけた。ノブを回そうとすると、やはり施錠されているらしく、びくともしない。
「ダメか」
 他に入れそうなところはないか、アキトは校舎を回ってみることにした。すると、明かり取りの窓らしきものが、地面すれすれにあるのを発見する。ここを叩き壊して侵入することも考えたが、残念ながら窓は小さすぎた。アキトの頭すらも入らないだろう。
 結局、校舎を一周して、アキトは元の場所に戻った。入口が見つからない。
「おっかしいなあ」
 アキトは首をひねった。美夜はここから入ったと言う。しかし、鉄扉は開かない。では、校舎の中に地下への入口があるのかといえば、大神に命じて調べさせたこともあるが、そんなものはどこにもないと報告されている。八方塞がりだ。
「しょうがねえ。このドアをぶち破るか」
 短絡的な結論に至ったアキトは、数メートル後ろに下がった。
 そこへ――
「あら、今は授業中でしょう?」
 妖艶な女の声がアキトを驚かせた。
 振り返ると、真っ赤なスーツを着た妙齢の女性と、黒いスーツに身を固めた男が立っていた。女は悪戯っ子を見るような目でアキトに微笑んでいる。
 アキトは一瞬、表情を強張らせた。なぜならば、この二人はアキトにまったく気配を感じさせなかったからである。いつの間にやって来たのか。アキトは戦慄を覚えた。
 しかし、それも束の間、すぐにいつもの不敵さに戻った。誰であっても弱みは見せない。それがアキトの真骨頂である。たとえ虚勢であろうとも、空威張りであろうともだ。
 二人とも教師にしては見かけたことのない顔だった。もっとも、授業などまともに受ける気のないアキトに、教師の顔を憶えようなどという殊勝さはないが。
「誰、おばさんたち?」
 アキトはわざと幼そうな声色を使った。おばさんと呼ばれて、女は怒り出すかと思ったが、その妖艶な媚笑を崩さない。自分の挑発に乗らなかったことを、アキトは内心、へえ、と思った。
「初めまして、だったかしら? そんな気がしないのだけれど。――私は玉石梓<たまいし・あずさ>。この学校の理事長よ」
「理事長?」
「そう。よろしくね、仙月アキトくん」
「………」
 アキトは理事長を名乗る梓を警戒した。気配を気取らせなかっただけではない。こうして立って喋っていても、まったく隙がないのだ。インテリっぽい四角いメガネ・フレームの向こうから見つめるキツネ目は、まるでアキトの心の内まで見透かそうとしているかのようだった。そして、相手は初対面のはずなのに、なぜかアキトの名前を知っている。
 それにも増して薄気味悪いのは、梓の隣にいる男だった。まるで格闘家のような立派な肉体であることがスーツの上からも分かり、相当な手練れであることは疑いようもない。だが、何よりも奇妙なのは、そういう手合いなら普段から発散している《氣》が、どういうわけかまるで感じられぬことだ。人間とは思えない。例えるなら、まるで死人。
 珍しくアキトは二人に気圧された。
「理事長直々にオレの名前を知っていてくれているなんて嬉しいねえ」
 アキトは冷や汗が出そうになるのを堪えながら、軽口を言うのが精一杯だった。梓は赤いルージュの唇を歪める。
「理事長ですもの。生徒全員のことくらい知っているわ。特に仙月くんのことは、よく耳に入るのよ」
「それはそれは」
「ところで、授業をサボって、何をしているのかしら? 教室に戻った方がいいと思うけれど」
「オレは出来の悪い生徒でね。勉強が嫌いなのさ。こうしてブラブラしている方が性に合う」
「学生の本分は勉学よ。すべては将来のため、ひいてはあなたのためになるの」
「うわ。いかにも学校の先生っぽいお言葉」
「そうよ。私は教育者。あなたたち生徒に正しい道を教えるのが役目。――不知火」
 梓に名を呼ばれ、男――不知火はゆっくりと動いた。まるで山が迫ってくるような威圧感をアキトに与える。
 アキトは飛び退った。
「おっと! オレを力ずくで教室へ戻す気か? 暴力反対」
「時には愛のムチも必要、ってとこかしら」
「愛のムチね。SMはオレの趣味じゃないんだけど」
 不知火はアキトの目の前に立った。ガッ、とアキトの両肩をつかみにかかる。アキトはそれをはねのけた。
「何っ!?」
 驚いたのはアキトの方だった。不知火に触れた瞬間、肉体は血が通っていないかのように冷たかったからである。死人というアキトの第一印象は正しかったのか。
 しかし、その程度のことでひるむようなアキトではない。伸ばされた腕をかいくぐるようにして、アキトは不知火の後ろへ回ろうとした。図体がデカいせいか、動きはさほど俊敏ではない。易々と背後を取ることにアキトは成功した。そのまま不知火の腰に手を回して抱きつく。右手で左手首をつかみ、がっちりとロックした。
「うおおっ……おりゃああああああああっ!」
 アキトは不知火を持ち上げた。体格差はあるが、吸血鬼<ヴァンパイア>であるアキトにとっては簡単なことだ。そのまま岩石落とし――バックドロップに持っていく。
 ずーん!
 技は呆気なく決まった。不知火の頭が地面に叩きつけられ、ぴくりとも動かない。脳天からの直撃だ。どんなタフな格闘家であろうと、脳震とうは必至。アキトが手を離すと、そのまま倒れ込んだ。
「どうやら、相手が悪かったみてえだな」
「そのようね」
 不知火がやられたというのに、梓は平然としたものだった。いや、むしろ面白くて仕方がないといった感じだ。その反応が、アキトには気に食わない。
「おい。まさか校内での暴力沙汰で停学、とか言わねえだろうな?」
 不意に思い浮かんだ不安を口にした。なにしろ、理事長の前で公然と大男をのしたのだ。それを逆手にどんな処分が下されるか分かったものではない。
 しかし、梓が笑っているのは、そういうことではなかった。
「相手が悪かったと言ったのは、あなたにとってよ」
「何だと?」
 その梓の言葉を裏付けるかのように、気絶したかに見えた不知火が、おもむろに立ち上がった。その顔は相変わらず無表情。さしたるダメージも負ったように見えない。
 さすがのアキトもギョッとした。
「おい、ウソだろ?」
 不知火の不死身ぶりに、アキトは後ずさった。今のバックドロップは手加減などしていない。完全に相手をノックアウトするつもりだった。それがまったく通用していないとは。
「これで分かったでしょ。あなたじゃ、不知火の相手にならないわ」
「へっ、言ってくれるな。こうなっちゃ、オレも引き下がれねえぜ」
 梓の挑発にアキトは乗った。不死身の大男に対し、恐怖よりも闘争心が掻き立てられる。そういう男なのだ。
 不知火が動いた。また、懲りもせず、アキトにつかみかかろうとする。
「遅せえよ!」
 アキトは不知火の腕をひょいと躱した。そして、また死角へ回り込もうとする。
「甘いわね」
 梓の嘲笑。
 次の刹那、アキトは左から何かが迫ってくるのに気づいた。それは真横に払われた不知火の手刀。そのスピードはとても人間のものではなかった。
「――くっ!?」
 間一髪、不知火の手刀が頭上をかすめた。喰らっていたら首が飛んでいたかもしれない。大袈裟な表現ではなく、それほどの恐怖を味あわせる鋭さだった。
 だが、不知火の攻撃はそれだけに留まらなかった。危うく身をかがめたアキトに、今度は膝蹴りが見舞う。真正面。これは避けられない。
 アキトは不知火の膝蹴りを両手で受け止めた。と同時に、地を蹴る。アキトの身体が宙を飛んだ。素人目にはアキトが蹴られて、吹き飛ばされたように見えただろう。しかし、実際にはアキトが瞬時の機転を利かせて、相手のキックを利用し、ひとまず距離を取ることに成功したのだった。
「ひゅーっ、危ねえ」
 着地したアキトは口笛を吹いて、額に滲んだ冷や汗を拭った。
 一方、不知火の攻撃を凌いだアキトに、梓も賛嘆の視線を惜しまない。
「なるほど、やるものね。さすがは仙月アキト」
 そのとき、勝負に水を差すように学校のチャイムが鳴った。アキトはやや青ざめた表情ながらもニヤリとする。
「どうやら、授業は終わったみてえだぜ。それでも、あくまでオレを教室に戻そうっていうつもりか?」
 アキトに問われ、梓は肩をすくめた。
「しょうがないわね。今日のところは見逃してあげる。でも、今後はちゃんと授業を受けること。いいわね? ――行くわよ、不知火」
 梓はあっさり背を向けると、護衛の不知火をともなって去っていった。それを見送りながら、アキトは大きく息を吐き出す。
「くはーっ、あれ以上はヤバかったぜ。殺されるかと思った」
 極度の緊張から解放されたアキトは、尻もちをつくように、その場に座り込んだ。今のは掛け値なしの本音だ。
 そこへ間延びしたような校内放送が聞こえてきた。
『これより生徒会長選挙の投票を行います。投票する生徒は、体育館隣、武道場までお越しください』

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